第69話「左右の圧」

 みんなでカフェに行く土曜日。

 駅前に2時に集合ということになっている。朝に絵菜からRINEが来て、僕の家に行くから一緒に行こうと書いてあった。

 2時まであと30分となった頃にインターホンが鳴った。出ると絵菜が一人で来ていた。

 

「あ、けっこう早かったね」

「う、うん、その、早く団吉に会いたくて、つい」


 少し恥ずかしいのかもじもじしながらそう言う絵菜はとても可愛かった。


「そ、そっか、じゃあ早いけど行ってみようか」

「うん」


 駅まで歩いて15分くらいなので早く着いてしまうけど、僕たちは一緒に家を出て歩き出す。絵菜がそっと僕の左手を握ってきたので絵菜の方を見ると、分かりやすいくらいにニコニコしている。もしかしたらこれが狙いだったのかもしれない。


「こうやって手をつないで歩くのがとても好きになってしまった……」

「そっか、うん、僕も嬉しいよ」


 予定の時間より早く駅前に着くと、火野がこちらに気づいて手を振っていた。時間に遅れるのが嫌いな火野だが、一体何分前に来ているのだろうか。


「おーっす、相変わらずお二人は仲がいいねぇ、よきかなよきかな」


 火野が僕たちを見てケラケラと笑う。さすがに火野の前では手を離そうかと思ったのだが、絵菜がしっかりと握って離してくれなかった。


「あ、ああ、まぁなんというか、自然にこうなったというか」

「あはは、いいことじゃないか。団吉にいい人ができて俺は嬉しいよ、涙が出ちゃう」

「なんだそれ……他の人はまだか?」

「ああ、俺が最初だった。もうすぐ来ると思うけどな」


 僕たちが到着して5分後くらいに大島さんと木下くんがやって来て、さらに5分後に高梨さんがやって来た。


「やっほー、ごめーんまた最後になっちゃった。みんな揃ってるね、じゃあ行きますかー」


 火野と高梨さんを先頭にして、みんなでカフェまで歩き出した。歩いて5分くらいだし、歩道も広いのでとても歩きやすい……のだが、

 

「ねえ、日車くんはそのカフェ行ったことあるの?」

「あ、うん、前に一度だけね……って、ち、近――」


 そう、僕の右側にススっとやって来た大島さんの距離が近いのだ。これだけ歩道が広いのだからもう少し離れて歩いてもいいのでは……と思ったが、おかまいなしと言わんばかりに僕にくっついてくる。あ、今度は右腕をとられた。


「お、大島さん、歩きにくいからもう少し離れてもらえるとありがたいかな……あはは」

「え? いいじゃない友達と出かけるなんて久しぶりで浮かれているのよ」

「え? 大島さんってもしかして友達いないの?」

「そうそう、だいたい一人で出かけてるわね……って、う、うるさいわね、私だって友達くらいいるわよ」

「……」


 ダメだ、全然離れてくれない……と思っていると、左腕も誰かに掴まれた。ふと見ると絵菜が面白くなさそうな顔で僕を見ている。


「……団吉のばか」

「え!? い、いや、なぜか大島さんが離れてくれなくて……な、何もないからね!?」

「あら? 沢井さん、そんなにしがみつかなくてもいいんじゃない?」

「……大島が離れればいいだろ」


 前から思っていたけど、この二人相性が悪いというか仲良く話しているのを見たことがない。絵菜も高梨さんと話す時とは全然違うんだよな。


「あのー、二人とももう少し離れてもらえるとありがたいかな……あはは」

「ひ、日車くんモテモテだね」

「き、木下くん、助けて……」


 僕の声も二人には届かず、結局二人に腕をとられたまま歩くことになってしまった。僕の自由はないのでしょうか……。



 * * *



 カフェに着くと、前回と同じ6人席に案内された。奥に高梨さん、火野、木下くんの三人が座り、手前に絵菜、僕、大島さんの三人が座った。

 ……あれ? これって教室で勉強した時と同じ席になっているな。


「どれにしようかなー、この前パンケーキ食べたから、陽くんと真菜ちゃんが食べてた苺のケーキにしようかなー」

「ああ、あれ美味しかったぞ、俺は何にしようかな、パフェもいいなぁ」

「ねえ、日車くんは何にする?」

「そうだなぁ、パンケーキにしようかな……って、お、大島さん、近――」

「……」


 相変わらず距離が近い大島さん。でも近くで見ると大島さんも目が綺麗でけっこう美人……って、何を考えているんだ僕は。


「え、絵菜は何にする?」


 たまらず僕の左に座っている絵菜に聞く。絵菜は面白くなさそうな顔で僕の左手をテーブルの下でしっかりと握っている。あの、これずっと続くのでしょうか……。


「どうしようかな、この前パフェ食べたから、団吉と同じパンケーキにしようかな」

「あら? 沢井さんもパンケーキなの? 偶然ね、私もパンケーキにしようと思っていたのよ」

「……そっちが真似したんだろ」

「あのー、お願いだから二人とも仲良くしてくれないかな……き、木下くんは何にする?」

「ぼ、僕は苺のケーキにしようかな、ひ、日車くん大丈夫?」

「うん、大丈夫じゃないかもしれない……」


 みんな注文が決まり、綺麗な店員さんに伝える。しばらくして注文したパンケーキやケーキやパフェが運ばれてきた。


「よーし、みんな食べよー、いただきまーす」


 その時、僕はハッと思い出した。そうだ、こうして食べようとした時に東城さんと偶然会ったのだった。今日はいないよな……と辺りを見回してみる。お客さんは他にもいるが、東城さんらしき人は見当たらなかった。


「……団吉? どうかした?」

「あ、い、いや、なんでもない。よし、食べよっか」

「うん、いただきます」

「私も食べようかな、あ、日車くん、あーんしてあげようか?」

「え!? い、いや、それは遠慮しておく……」

「ふふふ、冗談よ、ちょっと本気にした? 日車くんがお望みならしてあげてもいいけど?」

「た、頼むから普通に食べてくれ……」


 美味しいパンケーキを食べているはずが、左右からの違う圧がすごくて途中から味が分からなくなってしまった。なんだろう、すごくもったいないことをしている気がする……。


「ふぅ、パンケーキ美味しかった、こんなお店があるなんて知らなかったわ」

「でしょー? 最近できたみたいなんだよね、よかったからまた行きたいなーと思ってたんだよねー。でも今日は日向ちゃんも真菜ちゃんもいないからなぁ、美味しくいただくつもりが……ブツブツ」

「た、高梨さん落ち着いて……木下くんはチーズケーキも食べてたね」

「う、うん、美味しくてあっという間だったから、つい追加で頼んでしまったよ」

「あはは、男はいっぱい食べねぇとな! パフェけっこうボリュームあって美味しかったなー」


 食べ終わってふと絵菜の方を見ると、また僕の左手をしっかりと握ってきた。もしかして大島さんに僕をとられるとか思っているのだろうか……って、そ、それは考えすぎか。最近どうも変なことを考えてしまう。


「日車くんも甘い物食べる人だったのね、『僕は日本人だから米しか興味ないよ』とか言うのかと思ってたわ」

「お、大島さんの中の僕のイメージって何なの……」


 まぁ、左右の圧がすごいのは気になったけど、みんな楽しそうだったからよかった……のかな。またみんなでお出かけできるといいなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る