第67話「分からない」

 ツンツン。

 僕は背中を突然突かれた。今は数学の授業中で、ちょうど大島さんが解答を黒板に書いている。後ろを向くと絵菜が困ったような顔をしていた。


「団吉、さっきのとこ分かった?」

「ああ、うん、ちょっと難しかったけど、だいたいは理解できたかな」

「そっか、さすがだな、私さっぱり分からなくて」

「まぁ、難しかったから仕方ないよ、あそこはテストにも出るかもしれないな……後で教えようか?」

「うん、お願い。このままだとテストが悲惨なことになる……」


 そう、文化祭も終わったということは、定期テストが近づいているのであった。二学期は文化祭があることでみんな浮かれていたが、一気に現実に引き戻されたような気分だ。僕自身もバイトを継続したことで、成績が落ちるようなことがあってはならないと、密かに勉強も頑張っていた。次も一学期と同じくらいの成績を収めないといけない。


「なぁ団吉、さっきのとこ分かった? 俺さっぱり分かんなくてさ」


 隣から火野が話しかけてきた。火野、お前もか。


「ああ、だいたいは理解できたと思うけど」

「そっか、さすがだな。あそこテストにも出るよなぁ、このままだと手も足も出ないかもしれない」

「やっほー、ねえねえ、さっきのところ難しくない? 私さっぱりだよー」


 絵菜や火野と話しているのを見て、高梨さんも話しかけてきた。高梨さん、君もですか。


「なんだ、みんな分かってないのか、それはよくないな……今日の放課後残って勉強していくか?」

「おお、部活も今日からテスト前で休みになるし、頼むわ」

「あっ、私も部活休みだから、お願いー」

「分かった、絵菜も残れる?」

「うん、団吉お願い……教えて」


 一学期もこうやってみんなに教えていたなとなんだか懐かしい気持ちになっていたら、板書を終えた大島さんが戻ってきて何やらこちらを見ていた。


「ふふふ、私の完璧な答え、日車くんも見てくれた?」

「あ、ごめん、あんまり見てなかった、どれどれ……あ、ほんとだ、完璧に答えてるね」

「な、なんか上から目線でムカつくわね……ていうか、ちゃんと見ておきなさいよ!」

「ええ!? あ、ご、ごめん……」


 頬をふくらませて怒る大島さんも、どこか可愛らしいなと思った。


(来月の定期テスト、あなたには絶対に負けないから。覚悟しておくのね……ふふふ)


 文化祭の買い出しに行った時の大島さんの言葉をふと思い出した。そ、そういえばまた勝手にライバル視されてるんだった……。



 * * *



 その日の放課後、僕たちは4人で教室に残ることにした。ガタガタと机を動かしてくっつける。


「なんだか、一学期を思い出すな、あの時も団吉が色々教えてくれたな」

「そだねー、あの時もやばかったなぁ。そして今回も同じくらいに……」

「はいはい、赤点取りたくなかったら日々の復習をしっかりとな」


 僕がそう言うと、火野と高梨さんが「はーい」と力なく答えた。うちの高校は赤点は30点以下だ。一般的な高校と同じくらいだろうか。でも赤点を取ったから即留年ということはなく、課題や追試があると聞くので取ってしまっても大丈夫だが、避けられるものなら避けたいと思う。


「みんな、分からなくなったら遠慮なく聞いて」

「サンキュー、とりあえずみんなで問題集の同じところやるか」

「ありがとー、そだね、日車くんも教えやすいだろうし」

「分かった、絵菜も遠慮なく聞いてね」

「うん、ありがと……」

「ひ、日車先生の放課後課外が行われているのかな?」


 急に話しかけられたので振り向くと、木下くんが笑顔でこちらを見ていた。


「おー、よかったら木下も一緒にどうだ? 分からないところ団吉先生が教えてくれるぞ」

「え、い、いいのかな、お邪魔じゃないかな……」

「大丈夫だよ、席も近いし一緒にやろうよー。木下くんは前回のテスト何位だったの?」

「はひ!? な、夏休み明けのテストは72位だったよ、ちょ、ちょっと落ちちゃった」

「な、なんだってー!? お、俺らより頭いい奴が増えた……」

「で、でも、社会は自信あるけど、数学はあんまり自信ないんだ……いつも平均点あたりをうろうろしちゃう」

「そかそか、じゃあ日車先生の出番だね! いつも数学100点の日車先生が何でも教えてくれるよー」

「おーい、なんか僕のこと超人みたいな扱いしてない?」

「あら? みんなで残って勉強?」


 また話しかけられたので振り向くと、今度は大島さんが笑顔でこちらを見ていた。


「あっ、大島さん! ちょうどいいところに。みんな僕のこと超人扱いするんです……助けてくだしゃい……」

「な、なによ……なんか気持ち悪いわね、あなたが開いた勉強会じゃないの?」

「そ、そうなんだけど、だんだんこの人数見れるか自信がなくなってきた……」

「はぁ……なによそれ、自業自得じゃないの……と言いたいけど、仕方ないわね、私も参加してあげる」


 そう言って大島さんがガタガタと机を動かして僕の隣に来た。木下くんも動かして火野の隣に行く。

 ……あれ? ということは僕の左に絵菜がいて、右に大島さんがいることになる。


「で? 日車くんどこが分からないのよー?」

「え!? お、大島さん違う、僕じゃなくてみんなが……って、ち、近――」


 ツンツン!

 授業中よりも強めに突かれた。横を見ると、絵菜が頬をふくらませてこちらをじっと見ている。


「あ、え、絵菜、なんでもないから、その、あの……あはは」


 ぐいぐい近寄ってくる大島さんに、頬をふくらませて袖を引っ張る絵菜。なんですかこれは、ある意味地獄なのではないですか……。

 その後なんとか落ち着いて、僕たちはみっちりと復習をしていた。大島さんもみんなに教えてくれている。大島さんがいてくれてよかった。

 絵菜はちょっと面白くなさそうな顔をしていたので、後で謝っておこうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る