第66話「誕生日」

「あ! 今日って11月10日だよね? 絵菜の誕生日じゃん、おめでとー!」


 昼休みにいつものように4人でご飯を食べていると、急に高梨さんが思い出したように言った。


「おお、そうなのか、沢井おめでとう!」

「あ、ありがと……なんか恥ずかしいな」

「ふふふ、実はプレゼント用意してたんだけど、日にち間違えちゃってて持ってくるの忘れちゃった、明日持ってくるねー」


 高梨さんがテヘッと舌を出した。


「絵菜、誕生日おめでとう」


 僕が絵菜の目を見て言うと、絵菜は顔を赤くして、


「あ、ありがと……嬉しい」


 と、ちょっともじもじしながら言った。


「そっか、沢井は今日だったか、いいなー俺は7月25日だから、その頃は夏休みなんだよなぁ」

「私も8月12日だから夏休みなんだよねぇ、なかなか祝ってもらえないよー。日車くんはいつ?」

「僕は5月5日。僕もゴールデンウィークだから休みなんだよね」

「そっかそっか、じゃあ一番祝ってもらえる可能性があるのは絵菜なのかー」


 絵菜の方を見ると、うんうんと頷きながら、


「そうだった、団吉は5月5日……」


 と、ブツブツとつぶやいていた。


「うん。あ、そうだ、絵菜、今日の帰りにうちに寄ってくれないかな?」

「ん? ああ、分かった……って、何かあるのか?」

「あ、いや、その……まだ秘密にしておきたくて」

「そ、そっか、分かった」


 ふと視線を感じて前を見ると、火野と高梨さんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「な、なんだよ……」

「いやいや、団吉からのサプライズがあるんじゃないかなーと思ってな」

「そそ、『絵菜、僕がプレゼントだよ……』とか言ってさー」

「なっ!? い、いや、それはないから……」


 絵菜は顔を赤くして少し俯いていた。僕もだんだん顔が熱くなってきた。やばい、真っ赤になっているかもしれない。は、早く昼休み終わらないかな……。



 * * *



 その日の放課後、僕は絵菜と一緒に僕の家へ帰ってきた。11月になって、風が冷たいと感じる日が多い。もう冬はやって来ているのだなと思う。


「ただいまー」


 玄関を開けると、靴が一足あった。日向はもう帰ってきているみたいだ。


「おかえりお兄ちゃん、あ、絵菜さんこんにちは!」


 パタパタと足音を立ててやって来た日向が、ニコニコで挨拶をする。


「あ、こんにちは、文化祭来てくれてありがと」

「いえいえ! メイドさんになってた絵菜さん、すっごく可愛かったです!」

「うっ……は、恥ずかしい……」


 絵菜は文化祭のことを思い出したのか、ちょっともじもじしていた。たしかにメイド服を着ていた絵菜は可愛かった。

 僕は日向にそっと耳打ちする。


「絵菜に、アレ渡してくるから」

「うん、お兄ちゃん頑張って、喜んでもらえるといいね」


 日向に話しかけた後、「絵菜、こっち来て」と言って、僕の部屋に案内した。そういえば絵菜が僕の部屋に入るのは、最初に一緒に勉強した時以来なのかもしれない。


「団吉の部屋、久しぶりに入ったかも」

「あ、やっぱりそうだよね、最初に勉強した時以来かな」

「ふふっ、なんだか懐かしいな、『エロ本とかあるんだろ?』とか聞いてたな」

「あはは、そんなこともあったね……って、な、ないからね!?」


 本棚をじっと見ている絵菜に僕が言うと、絵菜はクスクスと笑った。

 僕は机の上に置いてあったプレゼントを手に取り、絵菜にそっと差し出した。


「はい、絵菜……改めてになるけど、誕生日おめでとう。これ、僕からプレゼント。気に入ってもらえるといいけど」

「えっ!? も、もしかして、秘密って言ってたのって……」

「うん、これを渡したかったんだ。ちょっとびっくりさせたくて……よかったら、開けてみてくれないかな」


 絵菜は「う、うん」と頷いて、ゆっくりとプレゼントを開ける。


「ね、ネックレス……!? 可愛い……つ、つけてみていいかな?」

「あ、うん、ぜひぜひ」


 ネックレスをつけることに慣れていないのか、首の後ろで苦戦しているようだったので、僕が手伝ってあげた。絵菜の胸元で蝶のネックレスがきらりと光っている。


「す、すごく嬉しい……団吉、本当にありがと……」

「いえいえ、喜んでもらえたならよかったよ」

「うん、大事にする……それと」


 絵菜はそう言うと、横に座っていた僕に抱きついてきた。


「……もう一つだけ、プレゼントほしいな」


 絵菜は僕の目を少しの間見つめて笑顔になった後、ゆっくり目を閉じた。


(こ、これは……あの時と一緒だ……! だ、大丈夫、お、落ち着くんだ、ゆっくり、ゆっくりと……)


 心臓が口から飛び出しそうなくらいバクバクしている。落ち着け落ち着けと何度も言い聞かせて、僕は絵菜の唇にそっと近づいて――

 

 生まれて初めて、キスをした。

 

 初めてのキスはあの味がすると色々言われている気がするけど、緊張しすぎて味なんて全然分からなかった。絵菜の唇の柔らかさが伝わってきて、顔が一気に熱くなった。

 絵菜が目を開けて、僕を目を見てニコッと笑いかけた。


「団吉……どうしよう、嬉しすぎておかしくなってしまいそう……」

「えっ!? だ、大丈夫? ……って、大丈夫って聞くのもなんか変だな、ぼ、僕も嬉しくて、なんか混乱してる……」

「ふふっ、やっぱり団吉は優しいな、そんな団吉が大好きで、もうダメ……」


 絵菜はまたぎゅっと僕に抱きつく。そんな絵菜の綺麗な金色の髪をなでてあげた。

 絵菜の胸元で光るネックレスを見て、喜んでもらえてよかったなと思った。も、もう一つのプレゼントはめちゃくちゃ緊張したけど……そちらも喜んでもらえたようでよかった。

 絵菜の唇の感触を思い出して、また顔が熱くなった。

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