第64話「怖くない」

 絵菜の機嫌もよくなったところで、たこ焼きを食べ終わった僕たちは、また文化祭を色々と見て回ることにした。

 とりあえず一番近かった体育館に入ってみる。今は軽音楽部による演奏が行われているみたいだ。ライブのような盛り上がりで、先日行ったメロディスターズのライブを少し思い出していた。


「すごいね、盛り上がってるね」

「ああ、音楽っていいな」


 途中から聴いていた軽音楽部の演奏を最後まで聴き、僕たちは校舎の方へと戻って行く……のだが、絵菜がご機嫌なのか僕の左手をしっかりと握っている。学校の中ではちょっと恥ずかしいなと思ったが、絵菜が嬉しそうなのでそのまま行くことにした。

 2階の2年生と、3階の3年生の教室を色々と見て回る。なかなか来ることがないので新鮮だった。うちのクラスと同じようなカフェや、芸術作品の展示、物品の販売など、クラスによって全然違って面白かった。

 1階に戻り、1年生の他の教室も見て回る。1組を通った時に声をかけられた。


「おっ、日車くんと沢井さんじゃないか! どうだ、うちのクラスに寄っていかないか?」


 声の主は中川くんだった。そうだった中川くんは1組だ。


「あっ、中川くん、1組は何やってるの?」

「うちはストラックアウトや輪投げなどのミニゲームをやってるよ!」

「あ、そうなんだね、サッカー関連の何かかと思ったよ」

「あはは、もちろんサッカーボールを使うのもある! サッカーボウリングだ!」


 中川くんが指差す方向を見ると、ピンのようなものが立っていて、それに向かってサッカーボールを蹴る男子の姿があった。


「へぇ、なるほどね、絵菜、ちょっと寄っていかない?」

「う、うん、いいけど、何やるんだ?」

「せっかく中川くんもいるし、サッカーボウリングやってみようかな」

「おっ、いいぞ、俺のアドバイス通りやればうまくいくはずだ!」


 中川くんの案内で僕たちは1組の教室に入る。他のクラスに知り合いがあまりいない二人は、同じようにちょっと緊張してしまった。


「いいか日車くん、軸足はまっすぐピンの方向に向かって、なるべくインサイド、足の内側でボールを蹴るんだ。コントロールしやすいからね」

「なるほど、インサイドか……こんな感じかな」


 中川くんの教え通りに蹴ってみると、ボールはうまいこと転がったが、わずかに左にそれてしまい5本倒れた。続けて2回目も蹴ってみるが、1回目と同じようなところに行ってしまい、それ以上倒すことができなかった。


「なかなか難しいもんだな、絵菜もやってみる?」

「う、うん」

「おっ、沢井さんも挑戦だな、女の子だからちょっとだけ強めに蹴ってみてもいいかもしれない」

「な、なるほど……こうかな」


 パコーン!


「え?」


 勢いよく絵菜がボールを蹴ると、なんと一発で見事に全部のピンが倒れた。


「絵菜すごい、全部倒れたよ!」

「あ、ああ……びっくりした」

「すごいな沢井さん、これはストライク賞をプレゼントしないといけない! どれにしようかな……これかな」


 そう言って中川くんはトラゾーのぬいぐるみを絵菜に手渡した。ここでもトラゾーか。

 それにしても、絵菜ってけっこうスポーツできちゃう人なのかな? 球技大会の時もバスケがけっこう上手かったし……。



 * * *



 それからしばらく僕たちは1組のゲームを楽しんだ。

 ストラックアウトや輪投げでも好成績を収めた絵菜は、たくさんの景品をいただくことになった。


「絵菜すごいね、どれもよくできてたよ。実は運動得意なの?」

「ま、まぁ、嫌いじゃないけど、あそこまでできるとは自分でも思わなくて」

「そっかそっか、絵菜の新たな一面を見ることができて嬉しいよ」

「そ、そっか、なんか恥ずかしいけど、よかった……」


 絵菜はまたそっと僕の手を握ってきた。やっぱり学校ではちょっと恥ずかしいけど、手をつなぎたいのであれば仕方がない。

 二人で廊下を歩いて、第一理科室の前に差し掛かった時、絵菜が「ひっ!」と小さな声をあげた。見ると目の前には――


「あ、お化け屋敷か、なるほど、理科室という広い部屋でやってるんだね。なんか怖そうだな」


 心なしか絵菜がぎゅっと手を握ってきた気がする。やっぱり絵菜はお化けが怖いんだな……。


「さすがにここは見て回れないね、どこか違うところに――」

「――あら? 日車くんと、沢井さんじゃない」


 僕たちを呼ぶ声がしたので振り向くと、大島さんが立っていた。


「あ、大島さんも見て回ってるの?」

「そうよ、やっと自由になれたわ。けっこう面白いわね……って、あなたたちは学校でも随分と仲が良さそうね」


 僕と絵菜が手をつないでいるのを見て、大島さんは言った。一旦手を離そうかと思ったのだが、絵菜がぎゅっと握って離してくれなかった。


「あ、まぁ、これはその……あはは」

「……まぁいいわ、二人ともお化け屋敷に入るの?」

「いや、絵菜が嫌がるだろうから、どこか違うところに行こうかと思っていたところだよ」

「……へぇ、沢井さん、お化けが怖いんだ?」


 まるで面白いものを見つけたかのように、大島さんはニヤリと笑う。絵菜はちょっと焦った様子で話す。


「い、いや、別に……怖くないし」

「そう、じゃあ二人で入ってきたら? それとも、私と日車くんが行こうかしら」


 大島さんはそう言って僕の右腕に抱きついてきた。


「え、ちょ、大島さ――」

「沢井さんは怖いからお留守番ね、行きましょ日車くん」


 大島さんが僕の右手をぐいぐいと引っ張ったかと思うと、今度は絵菜が左腕に抱きついてきて離れない。

 な、なんですかこれは、両手に花ってこのことなのでしょうか!? 嬉しいような、そうでもないような。


「わ、私が……行く!」

「えっ!? 絵菜、無理しない方がいいんじゃ」

「いや、行く。だ、団吉、行こ……」

「……そう、じゃあ二人でごゆっくり」

「あ、う、うん……分かった」


 絵菜が覚悟を決めたような顔で僕の左手を引っ張る。大島さんが一瞬ニヤリと笑ったような気がしたけど、気のせいだったのだろうか。

 その後、第一理科室から「ぎゃーーー!!」という女の子の叫び声がたくさん聞こえたそうな……。

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