第62話「青桜祭」

 文化祭の日になった。

 うちの高校、青桜高校の文化祭はなぜかサブタイトルがついている。それも伝統らしいのだが、今年は「青桜祭 ~文化と地域交流を胸に~」という、一体誰が決めたんだとツッコミたくなるような意味の分からないものだった。

 僕たち1年3組はカフェである……のだが、ウェイター姿の男子やメイド服姿の女子がいて、メニューもなぜかオムライス、焼きそば、ホットケーキがメインという、「カフェとは?」とこちらもツッコミたくなるような何でも屋が出来上がっていた。


「おーっす、お疲れ、けっこう人来るもんだな、なかなか忙しいぜ」


 ウェイター姿の火野が厨房の方へやって来た。背が高くてイケメンの火野はバッチリと決まっている。この火野を見に来る女子も多いのではないかと思うくらいだ。


「ああ、注文が多くて混乱しそうになったが、なんとかみんなでできてるよ」

「そうか、さすが団吉だな、俺は料理なんてできないからすげぇよ」

「やっほー、お疲れさま、ちょっとお客さん落ち着いてきたね、なかなか忙しいもんだねぇ」


 火野と話していると、メイド服姿の高梨さんと絵菜がやって来た。この二人もバッチリと決まっている。先程ちらっと見たが、メイド喫茶っぽくノリノリで接客している高梨さんと、恥ずかしそうに顔が真っ赤になりながらも、なんとか接客している絵菜は可愛かった。他にも可愛いエプロンをつけた女子もいて、この女子たちを見に来る男子も多いのではないかと思った。


「おっす、二人とも決まってるよな、めっちゃ可愛いよ」

「ふふふ、ありがとー、陽くんもカッコいいよ、女の子がニコニコして見てたもん、ちょっと悔しいな……」

「そ、そうか? その……俺には可愛い優子しか見えないんだが」

「そ、そっか、ありがとー……」

「……はいはい、君たちイチャイチャするのは僕たちがいないところでな」


 僕がそう言うと、火野と高梨さんは顔を赤くして頷いた。


「だ、団吉、お疲れ……忙しい?」

「お疲れさま、うん、忙しいけどなんかコツがつかめてきたみたい。絵菜も高梨さんに負けないくらい、か、可愛いね」

「あ、ありがと……恥ずかしいけど、なんとかできてる。料理してる団吉も見た……カッコいい……」

「あ、ありがとう……なんか、こんな僕でもクラスの力になれるんだって思うと、嬉しいよ」

「……はいはい、君たちイチャイチャするのは俺らがいないところでな」


 ニヤニヤしている火野に言われて、僕と絵菜は顔を赤くして頷いた。


「あはは、私たち似たようなもんだねぇ。まぁ、他の女の子に見られるのはちょっと悔しいけど頑張りますか……って、あっ!」


 急に大きな声を出した高梨さんが、教室の入り口の方へ行ってしまった。どうしたんだろうと思って見てみると、廊下からこちらを覗いている中学生くらいの女の子が二人……って、どこから見ても日向と真菜ちゃんだった。


「いらっしゃいませ、ご主人様♪ ……って、これ女の子に言うセリフじゃないな、なんて言えばいいんだろう?」

「わぁ! 高梨さんこんにちは! メイドさんなんですね、可愛いです!」

「優子さんこんにちは! メイドさんになってるなんて、すごくドキドキしてしまいます」

「あはは、ありがとー、さあさあ、二人とも入って入ってー、二名様でーす」


 高梨さんに案内されて日向と真菜ちゃんが席に座る。二人ともキョロキョロと辺りを見回していた。


「ねえねえ、絵菜ー、女の子を接客する時なんて言えばいいんだろう?」

「そ、それを私に聞くのか……お、お嬢様とかかな?」

「あーそっかそっか! ……って、絵菜も隠れてないで二人に挨拶しなよー」

「え、ちょっ!? やめ――」


 なぜか嫌がる絵菜を高梨さんがぐいぐいと引っ張って二人のところへ連れていく。


「い、いらっしゃいませ……」

「わぁ! 絵菜さんもメイドさんになってる! すごく可愛いです!」

「お、お姉ちゃん……! す、すごい……もう、なんで教えてくれなかったの!」

「い、いや、恥ずかしすぎるから……」

「あはは、沢井は真菜ちゃんに黙っていたのか、もしかして見られたくなかったのか?」

「なっ!? あ、うん、まぁ……そんなとこ」

「あっ、火野さんこんにちは! 火野さんもカッコいいです!」

「はわっ! 火野さんこんにちは……その、すごくカッコよくてドキドキしてしまいます」

「あはは、おっす、二人ともサンキュー、あっ、別のお客さん来たから案内してくるよ、二人ともゆっくりしていってね」


 そう言って火野はイケメンスマイルで接客しに行った。


「なんだ、二人で一緒に来たのか」

「あっ、お兄ちゃん! お兄ちゃんは火野さんとは違う格好なんだね」

「お兄様こんにちは! エプロン姿もすごくカッコいいです、できる男って感じで!」

「あはは、ありがとう、僕は厨房だからこの格好なんだよ。二人とも何か食べてく?」

「うん、そうだなぁ……焼きそばがいい!」

「私はホットケーキにしようかなぁ」

「分かった、ちょっと待っててね、作って来るから」


 そう言って僕は厨房の方へ戻る。すると同じ厨房担当の女子から話しかけられた。


「ねえねえ、あれ日車くんと沢井さんの妹さん? 可愛いねー」

「あ、うん、そうそう。家で文化祭のこと話してたから来たみたい。ごめん、ホットケーキ焼いてくれる? 僕は焼きそば作るんで」

「オッケー、それにしても日車くん料理上手だね、びっくりしたよ」

「ああ、母さんが遅い時とか作ってるからね、普通の男子よりはできるんじゃないかと」

「へぇー、家庭的なんだね。あっ、そういえばさっきトイレ行った時、途中で『日車団吉さんは何組かご存知ですか?』って女の子に聞かれたよ。5人くらいいたかなぁ」

「へ? ああ、そうなんだね、誰だろう……?」


 5人? そんな知り合いいたっけ? と思った僕だったが、どこからか冷たい視線を浴びていることに気がついた。ふと辺りを見ると絵菜が頬をふくらませて不満そうな顔でこちらをじっと見ていた。え? 何かしたかなと思っていると、絵菜がそっと僕のところに来た。


「ど、どうかした?」

「……女子と楽しそうに話してるから、ちょっと寂しくなって……」


 小さな声で話す絵菜は僕の袖をきゅっとつまんできた。


「あ、ご、ごめん、お仕事の話だからなんでもないよ、あ、後で一緒に見て回らない?」

「うん……」

「あ、あと、焼きそばとホットケーキできたから、二人に持って行ってくれる?」


 絵菜は小さく頷くと、二人のところへ焼きそばとホットケーキを持って行った。な、なるほど、寂しかったのか……やっぱり絵菜は寂しがりやなんだな。そんな絵菜も可愛いなと思った。

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