第61話「再接近」

 文化祭前日となった。

 これまで少しずつ準備を進めてきた我が3組だったが、最後の仕上げに入る段階までやってきた。

 僕は木下くんに「ひ、日車くん、ちょっとだけ手伝ってくれない?」と言われ、飾り付けを手伝っていた。なかなか「無理」と言えないこの性格もいいような、そうでもないような。でも、誰かに頼られるのはやっぱり嬉しかった。


「やっほー、制服とメイド服借りてきたよー! さあさあ、絵菜、着替えてみない?」


 高梨さんの元気な声が教室に響く。本当に借りてきたのか……って、どこから?


「ほ、ほんとにメイド服着る気なのか……!?」

「ふふふ、もちろーん。他の子の分も借りてきたからねー、ささ、みんなで行きましょ行きましょ」


 そう言って高梨さんは絵菜や他の子を連れて着替えに行ってしまった。


「ほ、ほんとに優子たち、メイド服着るつもりなんだな……」

「あ、ああ、ここ、ただのカフェじゃなかったのか……」


 もはやなんでもありの状態になってしまった我が3組のカフェだった。しばらくすると高梨さんや絵菜や他の女の子数人が制服やメイド服姿で現れた。こ、これは……。


「じゃーん、どうかなどうかな? これで『いらっしゃいませ、ご主人様』って言ったら完璧だよね」


 クラスのみんなが「おおー」と声を上げる。高梨さんがノリノリである。黒を基調として白いエプロンと短いスカートのメイド服に身を包んだ高梨さんは、スカートからスラっと伸びた足も長くてとても可愛かった。


「あっ、絵菜! そんなに恥ずかしがらないでー。ピンとしてていいんだよー可愛いんだから」

「うっ、は、恥ずかしい……穴があったら入りたいくらいだ……」


 高梨さんの後ろでもじもじしていた絵菜が僕の方へやって来た。金髪のメイドさんが妙に似合っていて、高梨さんとはまた違った可愛さがあった。


「だ、団吉、ど、どうかな……」

「あ、うん、すごく可愛いよ……びっくりした。ずっと見ていたいよ」

「……もう、は、恥ずかしいけど、頑張る……」

「はいはい、そこまでよ。さ、日車くん明日のために買い出しに行くわよ。おーい木下くんも」


 突然大島さんが割り込んできて、僕と木下くんを引きずるようにして連れて行く。絵菜は「あっ……」と小さな声を出して、ちょっと残念そうな、そしてどこか恨めしそうな目で見ていた。



 * * *



 僕と大島さんと木下くんは、学校近くのスーパーに来ていた。買い出しの量と買い出し担当の人数が若干合わないような気がしたが、文句を言うと大島さんが怒りそうな気がしたので、何も言わないでおこうと思った。


「オムライスと、焼きそばと、ホットケーキの材料はこんなものね……あとはジュースかしら」

「うん、そうだね。でも、メニューといいメイドさんといい、だんだんカフェっぽくなくなってきてるような……」

「文句言わないの。みんなの意見で決まったんだから、しょうがないでしょ。木下くん、そっちのカゴにジュースたくさん入れて」

「はひ!? う、うん、分かった、この紙に書いてある分入れてくるよ」


 そう言って木下くんは先にカートを押してジュースの売り場に行った。僕と大島さんもそちらに向かう。


「そういえば、あなたと沢井さん、付き合っているのね」


 急に大島さんがそんなことを言うので、僕はドキッとしてしまった。お、大島さんに言った覚えはないのだが、なぜ知っているんだろう……。


「え!? あ、まあ、うん……って、なんで知ってるの?」

「やっぱり……見てたらバレバレよ、一緒に帰ってるのも見たし、さっきだって沢井さんが誰よりも先にあなたのところへ行ったし。あれは恋をしている目よ」

「そ、そっか、見てたら分かるのか……」

「……私がもたもたしていたのがいけなかったのかしら」


 大島さんがぼそっとつぶやいた。あれ? 大島さんも今もたもたって言った? 東城さんをふと思い出した。


「……はい?」

「まあいいわ、二人ともお幸せに。でも、私は諦めたわけじゃないからね……」


 そう言って大島さんはカートを押している僕に近づく……って、え? ち、近――


「二人に何かあったら、私が奪っていくからね」


 大島さんが右手の人差し指を僕の唇にそっと当てた。あの時、教室で二人きりになったときと同じだ。目の前に美人の大島さんがいる。僕はドキドキして少しボーっとしてしまった。


「お、大島さん、ジュースこんなもんかな……とりあえず入れたけど」

「ああ、ごめんなさい、紙に書いてある分買っておきましょ。たぶんそれで大丈夫だと思う」


 大島さんは「ああ、それと……」と言って、僕の方を見た。


「来月の定期テスト、あなたには絶対に負けないから。覚悟しておくのね……ふふふ」


 大島さんのその言葉で、僕はハッとした。い、いかん、ついボーっとしてしまった。大島さんが近づいてくるから……って、絵菜がいるのに、僕は何をやっているんだろう。絵菜に見られたら怒られそうだなと思った。

 そして、大島さんが言うように文化祭が終わったら定期テストがある。また勝手にライバル視されているような気がするけど、文化祭やバイトで忙しいからと成績が落ちるようなことがあってはならない。頑張らなければいけないことを再認識した。


(大島さん、私が奪っていくって言っていたけど、僕のことを……そ、そんなまさかな)

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