第60話「隠してる」
「へ!? き、キス!?」
月曜日の放課後、偶然火野と二人きりになったので、僕は勇気を出してあのことを聞いてみた。やばい、顔が熱い。本当は絵菜と一緒に帰ろうと思っていたが、絵菜はいつの間にかいなくなっていた。もう帰ったのかなと思ったが、カバンがまだ机の上にある。どこに行ったんだろうか。
「し、しーっ、声が大きい……」
「あっ、す、すまん、それよりもお前、キスって……」
「あ、ああ……そ、その、火野はもう経験してるのかなって……」
「あ、ああ……一応。優子がうちに遊びに来た時に、部屋でいい雰囲気になって、ちょ、ちょっとだけ……って、俺は何を話しているんだ?」
「そ、そうなのか、うん、やっぱり部屋だよな……うんうん」
「な、なんだ、一人で納得してるな……そんなこと聞いてくるってことは、沢井と何かあったんだな?」
火野の言葉を聞いて、僕は昨日のことを思い出してさらに顔が熱くなった。絵菜の部屋に入って、絵菜が抱きついてきて、その後キスされるのを待ってた……たぶん。
「あ、ああ……昨日、絵菜の家に遊びに行って、部屋でいい雰囲気になって……でも、結局できなかったんだけど……って、僕も何を話しているんだろう?」
「お、おお、そうだったのか、そうか……団吉もキスをするお年頃になったわけだな」
「おいおい、同い年だよ。そ、そりゃ火野ほどモテるわけでもないし、これまで女の子と付き合ったこともないんだけど」
「大丈夫だよ、俺もそんなに付き合った経験はねぇ。まぁ、団吉は知ってると思うが」
「ああ、やっぱりそうだったのか、告白されてそうだなとは思っていたが」
「告白はされていたけど、断っていたからな。それにしても、沢井からか? 沢井もけっこう大胆なところあるんだな。いつもおとなしそうにしているから、もっと団吉が引っ張っていくのかと思ってたよ」
そういえば、名前で呼ぶことも、手をつないだことも、昨日のことも、ほとんどのことが絵菜からのアプローチで起きたことだった。僕は嫌だと思ったことはなく、素直に受け入れていたが、よく考えると男として受け身ばかりもどうなのかなと思った。
「なんだか、僕はいつも絵菜に引っ張ってもらってばかりで、それもどうなのかなって思えてきた……」
「大丈夫だよ、これから団吉が引っ張っていくシーンが絶対あるから。慌てることもないさ」
「そ、そっか、うん、慌てない慌てない……」
「……あれ? 団吉と火野がいる」
教室の入り口の方から声がして、僕と火野は同じようにビクッとした。見ると絵菜が不思議そうな顔をして教室に入ってきた。
「あ、ああ、沢井か、おっす」
「あ、え、絵菜、ど、どこに行ってたの?」
「ちょっとトイレ行った後に大西先生に呼ばれて。大した話じゃなかったんだけど……って、二人で何の話してたんだ?」
「あ、ああ、その、あの……火野、今日もサッカー日和だなぁって」
「お、おう、そ、そろそろ部活に行かねぇと中川に怒られそうだな、うん、そうだそうだ」
「そうだぞ火野! こんなところにいたのか!」
また教室の入り口の方から声がした。見ると中川くんがジャージ姿で立っていた。
「げっ、中川……!」
「どうした火野、そろそろ練習始まるぞ、おっと日車くんと沢井さんすまない、火野はもらっていくよ」
中川くんはそう言うと、火野を引きずるようにして連れて行った。結果、僕と絵菜が二人で教室に残る形となった。
「な、中川くん、練習熱心だね……」
「……団吉、何か隠してる?」
絵菜の言葉を聞いて、僕はまたビクッとしてしまった。絵菜がじっと僕の目を見てくる。や、やばい、これは疑ってる目だ……でも、火野とキスの話してたなんて言えるわけない……。
「あ、い、いや、男同士の大事な話をしてたというか……その、あの……」
「……そっか、分かった、大事な話なら仕方ない……でも」
そう言って絵菜はそっと僕の手を握ってきた。
「隠し事は、ちょっとやだ……」
「あ、うん、悪い話とかじゃないから……ごめん、うまく言えなくて」
「ううん、いいんだ、団吉だって火野とだから話せることもあるだろうし。ただ、ちょっと寂しくなった……」
絵菜がぎゅっと僕の手を握ってくる。そして僕の目を見つめてくる。絵菜の目を見た僕は――
「だ、団吉……!?」
絵菜に近づき、そっと絵菜を抱き寄せた。
「ご、ごめん、学校だけど、ちょっとだけ……」
「うん……色んな意味でドキドキするけど、嬉しい……」
ほんの少しの間だけ抱き寄せて、「一緒に帰ろうか」と僕が言うと、「うん」と絵菜は嬉しそうに頷いた。
でも、火野にしか話せないこととはいえ、絵菜に隠し事しているみたいで、本当に申し訳ない気持ちになった。話す内容も考えものだな……。
(大丈夫だよ、これから団吉が引っ張っていくシーンが絶対あるから。慌てることもないさ)
火野の言葉が頭に浮かぶ。そうだよな、まだまだこれからなんだ。絵菜が頼ってくれる男になりたいな。
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