第59話「カレー」

 絵菜の部屋を出た後、今度は真菜ちゃんの部屋に招き入れられた。真菜ちゃんはトラゾーのぬいぐるみを僕に見せてくれた。うん、たしかにかわいい。トラゾーのシャツ着て来ればよかったかなと思った。

 真菜ちゃんの部屋で三人で色々話をしていると、お母さんが「みんなー、ご飯できましたよー」と言っているのが聞こえてきた。三人でリビングに戻ると、テーブルの上にカレーとから揚げとハンバーグとサラダが並んでいた。


「ごめんね団吉くん、もっと色々作りたかったんだけど、絵菜が『私がカレー作る』って言うからカレーがメインになっちゃいました」


 なんと、絵菜が作ってくれたのか。料理は苦手だと言っていたけど、もしかして僕のために……?


「ごめん、私カレーくらいしか作れなくて……」

「い、いや、カレー好きだから嬉しいよ、ありがとう、いただきます」


 そう言って僕はカレーを一口頬張る。うん、ピリッとしたスパイスの中に甘みがあって、いつも家で食べているカレーとはまた違って美味しい。


「ど、どう……?」


 心配そうに僕の顔を見ている絵菜。


「うん、美味しいよ、どちらかというとちょっと甘めなのかな?」

「そ、そっか……あ、隠し味のりんご入れすぎたのかな……」

「お姉ちゃん、りんごどれくらい入れたの?」

「い、一個……すりおろしたけど」

「えっ、一個? た、たしかにちょっと多いのかもしれないね……でも、美味しいよお姉ちゃん」

「そ、そっか、よかった……」

「ふふふ、まさか絵菜が料理するとはね、いつもやってと言ってもなかなかうんと言ってくれないのに。これから定期的に団吉くんに来てもらいましょうか」

「なっ!? あ、ああ、来てもらうのは嬉しいけど……」


 僕はさっき絵菜に抱きつかれたのを思い出して、また顔が熱くなった。も、もしかして毎回あのドキドキを味わうのか……? い、いや、嬉しいけど、本当に心臓がいくつあっても足りない。


「でも、私も嫌々言ってないで、ちゃんと料理できるようになりたい」

「お姉ちゃん、一緒に練習しよう! お兄様に喜んでもらいたいでしょ?」

「あ、ああ、そうだな……」

「ふふふ、絵菜がやる気になってよかった、団吉くん、これからも遠慮なく遊びに来てくださいね」

「あ、は、はい、ありがとうございます」


 やばい、顔が真っ赤になっているんだろうな、三人に見られるのがすごく恥ずかしい……。



 * * *



 夕食を食べ終わった後、テレビを見ながらみんなで色々と話していた。日向ほどの質問攻めはなかったが、真菜ちゃんに「お兄様は以前お付き合いした人はいましたか?」と聞かれたのは恥ずかしかった。以前お付き合いした人なんていないんだけどね……それどころか、女の子をちゃんと好きになったのも初めてと言ってもいいくらいで。


「まあまあ! じゃあお兄様にとってお姉ちゃんは初めての彼女というわけですね!」

「あ、うん、そういうことになる……ね」

「そうでしたか、お姉ちゃんも初めての彼氏がお兄様だし、初めて同士ということになりますね!」

「あ、そ、そうなんだね、嬉しいというか、なんというか……あはは」

「真菜、団吉困ってるから……あ、ごめん、ちょっとトイレ」


 絵菜が立ち上がりトイレへ向かうと、お母さんがニコニコしながら僕に話しかけてきた。


「ふふふ、絵菜ね、たぶん団吉くんに出会ってからだと思うけど、とっても柔らかくなったんです。それまではいつも一人でいて、あまり笑わない子だったけど、家でも笑顔が多くなってきました。本当にありがとうございます」


 そう言ってお母さんは深々と頭を下げた。大西先生も、高梨さんも、絵菜が柔らかくなったと言っていたのを思い出した。家でもやっぱり絵菜は変わったんだな。


「あ、いえいえ、僕も一人でいることが多かったのですが、絵菜さんと仲良くなれて、う、嬉しかった……です」

「ふふふ、そっか、団吉くんも一緒だったのですね、これからもずっと仲良くしてあげてくださいね」

「は、はい、もちろん……こちらこそ、よろしくお願いします」

「お兄様、私お兄様と日向ちゃんと、そしてみなさんとお知り合いになれて、とても嬉しいです! いつか私ともデートしてくださいね」

「え!? あ、うん、分かった……で、デートしようね」

「おい真菜……団吉また困ってる……って、何の話?」


 トイレから戻ってきた絵菜が不思議そうな顔をしている。真菜ちゃんとお母さんは顔を合わせて「ふふふ、なんでもないよー」と言った。


「あ、もうこんな時間か、そろそろ帰らないと……」

「あ、団吉、送る……」

「あはは、ダメだよ、それだと絵菜の帰りが一人になっちゃう。一人で帰るよ」

「そ、そっか……」


 絵菜はちょっと残念そうな顔をしている。二人で手をつないで歩きたいけど、夜だから女の子を一人にさせるわけにはいかない。


「お兄様、お姉ちゃんと料理の練習しておくので、また食べに来てくださいね!」

「うん、真菜ちゃんありがとう、また来させてもらうね」

「団吉くん、気をつけて帰ってくださいね、この辺りちょっと暗いところもあるので」

「はい、ありがとうございます、今日はごちそうさまでした」


 手を振る三人に見送られ、僕は家を出た……のだが、後ろから「だ、団吉……」と声がしたので振り向くと、絵菜が一人で僕の方へやって来て、そのまま抱きついてきた。


「え、絵菜……!?」

「ごめん、急に寂しくなって……明日も学校で会えるのに。でも、こんなことできないから……」

「う、うん、学校だとさすがに無理……だね、でも大丈夫、また一緒に帰ろう?」

「うん、ありがと……」


 僕は少しの間、絵菜の綺麗な金色の髪をなでてから、なんとか心を鬼にして絵菜から離れて帰る。暗い中絵菜が見送ってくれた。


(絵菜って、けっこう寂しがりやなのかな? そういえば通話した時も、声が聞きたいって言ってたな……)


 そんな絵菜も可愛いなと思いながら、夜道を歩く。ちょっと寂しいのは僕も一緒なのかもしれない。

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