第56話「出し物」
火野がサッカー部に入って一週間が経った。
最初は練習についていけるか不安だったらしいが、トレーニングしていたのがよかったのと、また中川くんもよく火野に付き合ってくれて、なんとか頑張っているらしい。
(やっぱり中川くんも悪い人じゃなかったんだな、おかげで火野も頑張れてるみたいだし、本当によかったな……)
「――日車くん? 聞いてる?」
「ひゃ、ひゃい!?」
急に名前を呼ばれる声がして慌てて返事をしたが、また変な声が出てしまった。
「なんかこっち見てボーっとしてたわよ、しっかり参加してよ。はい、それで文化祭についてですが――」
大島さんから注意されて僕は顔が熱くなった。しまった、今は今月末にある文化祭の出し物についての話し合いをしているんだった。学級委員の大島さんが中心となって、何にするかあれこれとみんな意見を出し合っている。でもやっぱりみんな自由で、まとめる大島さんは大変そうだなと思った。
……あれ? でもクラスのみんなの笑い声が聞こえてこなかった。おかしいな、だいたいこういう時は笑われると決まっているのだが……。
「文化祭かぁー、何がいいんだろ? カフェとか、劇とかが定番か?」
「そだねー、あ、お化け屋敷ってのも面白そうじゃない? なんか追いかけてくるお化けとかいてさ、いきなりうわぁぁぁ! って」
高梨さんが怖そうな声を出すと、後ろから「ひっ!」という声が聞こえてきた。
「あれ? 絵菜、もしかしてお化け怖いの? あ、そういえば小学校の林間学校の時、暗くてトイレに行けないって私に言って――」
「や、やめろ! こ、怖くないし……あ、あれは暗くてトイレがよく分かんなかっただけだし……」
「ははーん、暗いところが怖いんだねぇ、そんな絵菜の後ろに白い人影が……」
絵菜は顔を真っ赤にして高梨さんをグーで殴ろうとしている。高梨さんは「あはは、ごめん冗談だよー」と言って絵菜を止めている。
「え、絵菜落ち着いて……お化け屋敷にならないように祈っておこうか」
「あ、ああ……他のがいい……」
「うんうん、そうだなぁ、私はやっぱり今候補に挙がってるのだったらカフェがいいかなぁ」
「そうだなぁ、無難な感じするよな、俺もカフェかなぁ」
大島さんが黒板に書いている候補は、カフェ、演劇、お化け屋敷、展示物、迷路があった。め、迷路……?
「候補はこんなものかしら。この中から決めたいと思います。みんな一つ選んで挙手してください。じゃあ、カフェがいい人?」
大島さんが言い終わる前に、絵菜が素早く右手を挙げた。僕と火野と高梨さんも続けて挙げる。他の人もぽつぽつと挙げていて、けっこういるのではないかと思った。
「――じゃあ、全部聞いたところで結果は……3組はカフェになりました」
大島さんがそう言うと、パチパチパチと拍手が起こった。絵菜がほっとした表情で拍手している。
「じゃあ、時間もあるし、このまま役割分担まで決めたいんだけど、カフェとなると……接客、厨房、飾り付け、買い物、その他に何かあるかしら……とりあえずはそんなところかな、先生、どう思いますか?」
「んー、みんなの自主性に任せるぞー! 先生が口出しするのは危険なことがないようにするくらいかな!」
大西先生が笑顔でうんうんと頷きながら言う。じ、自主性なんていい言葉使っているけど、実はめんどくさいのでは? と思った。
「あ、ねえねえ、接客って面白そうじゃない? 制服とかメイド服とか着てさー、いらっしゃいませーって案内するの。絵菜やらない?」
「絶対嫌だ」
絵菜の否定の早さに僕が思わず吹き出すと、絵菜が顔を真っ赤にして俯いていた。
「だ、だいたいメイド喫茶でもないのに、メイド服っておかしいだろ……」
「えーいいじゃん、なんでもありってことにしてさー、ねえねえ、日車くんも見たいでしょ? 絵菜のメイド服姿」
「え!? う、うん、気になるといえば気になるかな……」
「団吉、そこは否定してくれ……」
絵菜がますます顔を赤くして俯く。そんな絵菜も可愛いなと思った。でも、絵菜が接客してるのってあまり想像できないな……。
「よっしゃ! 日車くんも見たいって言ってるし、やろうよやろうよ、はーい大島さん! 私と絵菜が接客やります!」
「なっ!? ちょ、そんな勝手に……!」
高梨さんの一言で、教室がざわついた。絵菜が接客ということにみんなびっくりしているようだ。
ま、まあ、みんなの気持ちはわかる気がする。絵菜は赤い顔のまま頭を抱えていた。
* * *
その日の放課後、僕と絵菜は一緒に帰っていた。今日はどちらからということもなく、自然に手をつないでいた。
「その……団吉は、やっぱりメイドとかが、す、好きなのか……?」
「え!? い、いや、そういうわけじゃないんだけど、でも、絵菜の制服姿やメイド服姿も見たいなーって」
「……もう、断りにくいじゃないか……ゆ、優子は可愛いから似合いそうだけど」
「えっ、その、絵菜も可愛いから似合うと思うよ?」
僕がそう言うと、絵菜は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……団吉のばか。い、いや、嬉しいけど……」
「でも、無理だったら断ってもいいんだよ? 無理しちゃいけないと思う」
「うっ……でも、団吉が見たいって言うなら、が、頑張る……」
「そ、そっか、うん、無理はしないでね」
「うん……団吉は何の係になったんだっけ?」
「僕は買い出しと、当日の厨房かな。料理は母さん遅い時とか日向と一緒にやってるから、まあまあ力になれるんじゃないかと」
「そっか、さすがだな。私料理はほんとダメで……恥ずかしい」
「あはは、たぶん練習すればできるようになるよ、大丈夫」
「でも、ほ、ほら、将来一緒に暮らしたら、わ、私が作らなきゃいけないし……」
絵菜の言葉を聞いて、僕も一気に顔が熱くなった。
「あ、ああ、そうだ、一緒に頑張ろうか……」
「うん……」
やばい、今顔が真っ赤になっているはず。は、恥ずかしい……。一緒に暮らすか、まだまだ先のことだろうけど、いつかそんな日が来たらいいなと思った。
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