第55話「サッカー」

 ある日の昼休み、僕たち4人はまた一緒にご飯を食べていた。

 あれから日向は長谷川くんの告白を受けたらしいが、やっぱり異性として好きという気持ちになれなかったそうで、お断りしたとのこと。でも、お友達としてこれからもお話したいと伝えると、長谷川くんも分かってくれたそうで、今でも仲良く話したりできているそうだ。


「へぇー、日向ちゃん、ちゃんと言えたんだねー、うんうん、偉いよー」

「うん、あの日向が告白されるようになったんだなーって思うと、兄としても嬉しいというか」

「あはは、日車くんのこと大好きだもんねぇ。あーそんな日向ちゃんもまた可愛い、真菜ちゃんと一緒にやっぱり食べたくなっちゃう……じっくり味わいたい……ふふふふふ」

「た、高梨さん落ち着いて……食べるのはよくないんじゃないかな……」

「うん、食べるのはよくない……」


 僕と絵菜がそう言うと、高梨さんは「えー、そっかぁー……」と残念そうな声を出した。今頃日向と真菜ちゃん、身震いしてないかなと思った。

 その時ふと火野の方を見ると、なんかずっとニコニコして話を聞いているような聞いていないような、どこか変な感じがした。


「火野? どうかした?」

「…………」

「……ひ、火野?」

「……あ、ああ、わりーわりー、ちょっと考え事していたよ」

「考え事? なんか悩みでもあるのか?」

「い、いや、そうじゃねぇんだ……って、みんなには話してもいいかもしれねぇな」


 三人の頭の上にハテナが浮かぶ。火野は話を続ける。


「俺さ、サッカー部に入ろうと思ってな……実は、主治医がもう足は大丈夫だと言ってくれたんだ。サッカーやってもいいって」


 なるほど、サッカー部に入るつもりだったんですね。

 

 ……って、えええええ!?


「ええっ!? ほ、ほんとに!?」

「ああ、朝サッカー部の顧問の青木先生に入部届出してきたんだ。先生は『そうかそうか、歓迎する』って言ってくれたんだけど、ちょっと不安なところもあってな……それで色々考えちまった」

「そっかぁー、陽くん、よかったねぇー!」


 高梨さんが火野の手を取って喜んでいる。火野は「あ、ああ……」とちょっと恥ずかしそうにしていた。


「そっか、火野がついにサッカーできるんだな、僕も嬉しいよ」

「よ、よかったな……火野」

「ああ、みんなサンキュー、でも、トレーニングやってたとはいえ一年以上サッカーから離れてたから、正直うまくやれるか分かんなくてさ……」

「なんだよ、球技大会の時のすごさを見てしまったら、火野なら絶対大丈夫だと思うんだけどな」

「うんうん、私も久しぶりの部活で最初は不安だったけど、なんとかやれてるから、陽くんも大丈夫だよ」

「うん、火野すごかったから、大丈夫だと思う……」

「あ、ああ……なんか恥ずかしいな、そうだといいんだけどな」

「話は聞かせてもらったぞ! 火野!」


 急に大声が聞こえてきた。驚いてそちらの方を見ると、どこかで見たことのある男がズンズンとこちらに近づいてきた。


「え? な、中川……!?」


 そう、その男は中川悠馬なかがわゆうま。あの球技大会の時に火野に勝負を仕掛けてきた男だ。結局火野に負けてそれ以降は特に話すこともなかったが……。


「な、中川……!」


 僕が身構えると、火野がまたあの時のように僕を手で制した。


「青木先生に聞いたぞ、サッカー部に入るらしいな! 居ても立っても居られなくなって来てしまった! 足は大丈夫なのか?」

「あ、ああ、まぁ大丈夫だ、サッカーできるくらいには」

「そうかそうか、こんなに嬉しいことはない! あの西中の10番、火野が入ってくれたら我らがサッカー部はさらに強くなる! 全国も夢ではないぞ!」

「お、おう、なんか嬉しそうだな」

「当たり前じゃないか、早くみんなに紹介したい! 今日から来るのか?」

「ああ、青木先生には今日から来てもいいぞって言われたから、そのつもりだったが」

「そうかそうか、こんなに待ち遠しい放課後はなかったかもしれない! 放課後迎えに来るからな!」


 それと……と言って、中川は話を続ける。


「球技大会の時は、本当に申し訳なかった。火野だけでなく、高梨さんにも沢井さんにも失礼なことを言ってしまった」


 中川は深々と頭を下げた。


「え、あ、大丈夫だよ、私は気にしてないし……」

「う、うん、私も……」

「いや、ちゃんと謝っておかないと、俺の気が済まない。それと、火野と高梨さんが付き合ってるっていう話も聞いた! おめでとう、これも嬉しいことだ!」

「お、おう、サンキュー……」

「おっと、みんなで休憩しているところすまなかった、じゃあまた放課後に!」


 中川はニコニコしたまま教室を出て行った。


「な、なんだったんだ、中川の奴……」

「さ、さあ……でも、中川……いや、中川くん、思ってたよりも熱くていい人なのかも」

「ふふっ、中川にも『くん』を付けるなんて、やっぱり団吉は優しいな」

「ええっ!? い、いや、なんとなくいい人そうだし、なんか一人だけ呼び捨ても失礼かなって思って……」

「うんうん、日車くん優しいねぇ。でも、陽くんはあの中川くんとうまくやれるかどうか不安だったんじゃない?」

「ああ、それもあったけど、なんかうまくやれそうな気がするよ」


 その日の放課後、中川くんは本当にうちのクラスまでやって来て、引きずるように火野を連れて行った。

 なんだ、球技大会の時はめちゃくちゃ嫌な奴だなと思ったけど、本当は火野と同じくらい熱くていい人なんだな。火野も中川くんもイケメンだし、これはサッカー部がさらに人気になりそうだなと思った。

 それにしても、火野がサッカーできるようになって、僕は自分のことのように嬉しくなった。怪我には気をつけて、頑張ってほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る