第54話「手紙」

 ある日、僕はリビングでメロディスターズの曲を流しながら、本を読んでいた。木下くんに借りたラブコメ小説だ。

 あのライブ後もすっかりメロディスターズにハマっていた。日向も同じらしく、スマホケースとお守りを眺めてはニヤニヤしていた。その日向は今日はまだ帰って来ていない。母さんも今日はちょっと遅くなると言っていた。

 夕飯どうしようかな、日向が帰ってきたら相談して一緒に作るか……と思っていたその時、玄関が開いた音がしたと思ったら、「おおおお兄ちゃーーーん!!」という大きな声とともに日向が入ってきた。


「お、おう、おかえり、どうしたでかい声出して」

「お、お兄ちゃん、どどどどうしよう、こんなものもらった……」


 日向はそう言って、手紙のようなものを見せてきた。


「お? それは、手紙?」

「う、うん……どどどどうしよう……あわわわ」

「お、落ち着いて日向、誰からもらったんだ?」

「そ、その……一緒のクラスの男の子から……」


 日向が恥ずかしそうにもじもじしている。


「お、男の子? へぇ、男の子が手紙ってなんだかめずらしいような」

「う、うん……しかも、『今度ちゃんと告白させてね』って言われて……」


 へ? 告白? ということはこの手紙は……


「こ、告白? ということは……これって、ラブレターみたいなもの?」

「た、たぶん……」

「へぇ、ラブレターかぁ、すごいな日向、その男の子が日向のこと好きになったということか」

「な、なんて書いてあるんだろう……ちょっと読んでみる」

「ええ!? それを兄の前で読む気か……そういうのは一人で読んだ方が」

「だって、お兄ちゃんならいいかなと思って……それに一人で読めないよ」


 日向はまたもじもじしている。顔も赤くなっていた。


「そ、そうなのか……わ、分かった、聞いてあげるよ」

「ありがとう……えっと、『日車日向さん、こんにちは、長谷川です。いきなりごめんなさい、僕は日車さんのことが好きになりました。もしよかったら僕とお付き合いしてもらえませんか? この手紙だけでなく、またちゃんと告白します。お返事は急ぎません。日車さんの気持ちを聞かせてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします』だって……」

「お、おう、なんか、丁寧な文章だな……真面目な子なの?」

「う、うん、頭が良くて真面目で、クラスでも人気がある男の子……」


 ちょうど読んでいたラブコメ小説でも、ヒロインが主人公の男の子に手紙を渡していたような。でも逆のパターンというのはなかなかめずらしいのかもしれない。


「そっか、で、日向の気持ちはどうなんだ?」

「よ、よく分からなくて……その、いい子でよく話すんだけど、好きかどうかって考えたことがなくて……」

「そっか……僕も恋愛経験が少ないから的確なアドバイスができないな……あ、そうだ、みんなに聞いてみようか」

「へ? みんなに聞く?」

「うん、イケメンのお兄さんと美人のお姉さんが教えてくれるよ。それよりもまず夕飯どうにかしなきゃな」

「あ! 今日お母さん遅いんだった! あわわわ」


 これは、今日は僕が夕飯を作った方がよさそうだなと思った。



 * * *



 その日の夜、夕飯を食べ終わった後に僕はグループにRINEを送った。


『こんばんは、ごめん、日向がちょっと相談したいことがあるんだけど、グループで通話してもいいかな?』

『おーっす、俺は大丈夫だよ』

『やっほー、私も大丈夫だよー』

『あ、私も大丈夫』


 みんなから返事が来たのを見て、僕はグループに通話をかける。日向が聞こえるようにスピーカーにした。

 そういえば、絵菜って恋愛経験他にあるのだろうか? 聞いてみたいような、聞きたくないような……。


「もしもし、みんなごめん急に」

「おーっす、どうした?」

「日向、話せるか?」

「う、うまく話せない……お兄ちゃんお願い……」


 そう言って日向は僕の手を握ってくる。代わりに僕がみんなに今日のことを話した。


「なるほどなぁ、告白か……でも日向ちゃんは、その子のこと好きかどうかが分からないんだね?」

「は、はい、よく話すんですけど、好きとかそういう目で見たことがなくて……」

「ふむふむ、好きという気持ちがないのであれば、断ってもいいんじゃないかとお姉さんは思うけどね。でも、日向ちゃんは今までみたいに話せなくなるかもって思ってない?」

「は、はい、断ったら気まずくなるんじゃないかなって……」

「分かる、私もそう思ったことあるよー。でもね、今まで通りお友達でいることもできるよ」

「は、はい、でもどうすれば……」

「ちゃんと自分の気持ちを伝えることが大事だね。『あなたはとてもいい人だけど、私は好きという気持ちになれない。でも、今まで通りお友達でいたい』って感じでね。言い方を柔らかくしたら、その子も嫌な気持ちにはならないと思うよ。絵菜はどう思う?」

「えっ、わ、私は恋愛経験が少ないから、アドバイスできることが少ないけど、告白されたから好きになるっていうのは違うと思う……」

「沢井の言うとおりだな。好きになってくれたから、こっちも急に好きになるというのはちょっと違うな。自分の本当の気持ちを大事にした方がいいと思う」

「うんうん、絵菜はもう日車くん一筋だもんねー、このこのー」

「なっ!? い、いや、まぁ、そうだけど……」


 絵菜の言葉を聞いて、なんだか急に顔が熱くなってきた。


「まあ、俺も告白されたことはあるからなぁ、断るのってなんだか申し訳ない気持ちになるよな」

「うんうん、私もあるよー。でも、ちゃんと自分が相手のことをどう思っているかを考えないとね」

「は、はい……」

「でもそっかぁー、日向ちゃんは初めて告白されたんだね。そのうち誰かのものになってしまうのか、そうなるとお姉さんとしては寂しいな……ブツブツ……」

「ふええ!? ま、まだ私は、好きな人というのがいなくて……こんなのでいいのかなって……」

「日向ちゃん、急がなくていいからね。急いでもいいことねぇから。そのうち団吉みたいないい人が現れると思うよ」

「は、はい!」


 それからしばらく、みんなであれこれと話した。でもそうか、絵菜は恋愛経験が少ないのか……ま、まあ、安心したというか、なんというか。

 不安そうな顔をしていた日向も、笑顔が多くなっていた。うん、やっぱり日向は笑顔でいるのがいいと思う。兄としては恋愛のアドバイスができなくて申し訳ない気持ちになったが、ここはみんなに感謝だな。

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