第52話「お守り」

 メロディスターズのライブ当日になった。

 僕と日向はいつもの駅前へ向かう。火野と絵菜と真菜ちゃんと合流する予定になっている。高梨さんと木下くんは最寄り駅が違うので、ライブハウスがある町の駅に集合するようにしている。

 駅前に着くと、火野がもう来ていた。火野はこういう待ち合わせには必ずといっていいほど早くやって来る。昔聞いたことがあるが、他人はいいけど自分が時間に遅れるのは嫌だとのこと。


「おーっす、早かったな」

「ああ、火野も相変わらず早いな、あとは絵菜と真菜ちゃんか」

「こんにちは、火野さん!」

「おっす、こんにちは日向ちゃん、なんかバッチリ決まってるね、可愛いよ」


 火野がイケメンスマイルで褒めると、日向は「えへへー」と嬉しそうな顔をした。こういうさりげないところが火野がモテる要因だよなぁ。

 あれこれ話をしていると、絵菜と真菜ちゃんもやって来た。


「や……ごめん、待たせたかな」

「いやいや、大丈夫だよ、時間には余裕あるし」

「お兄様、火野さん、日向ちゃん、こんにちは! 今日は呼んでくださってありがとうございます」

「あはは、おっす、こんにちは真菜ちゃん、それは東城さんに言った方がいいかもしれないね」

「あっ、そうでした!」


 真菜ちゃんがしまったという顔をすると、みんな笑った。


「もうすぐ電車来るから、行こうか。2駅隣だからすぐ着くけど」


 土曜日の夕方で、電車はそれなりに人が多かった。2駅隣だから座ることもないだろうと、僕たちは立っておくことにした。

 あっという間に目的の駅に着く。改札前に高梨さんと木下くんがいるのが見えた。木下くんは高梨さんの前だと挙動不審になっていたけど、二人で大丈夫だったのだろうか。


「やっほー、みんな集まったね、私と木下くんもさっき着いたところだよ」

「おーっす、お、木下なんか気合入ってんな、それグッズ?」

「う、うん、ペンライトとかサイリウムとかタオルとか……た、たくさん持ってるからみんなにも貸せるよ」

「こんにちは、初めまして、日車日向といいます」

「こんにちは、初めまして、沢井真菜と申します。姉がお世話になっております」

「はひ!? は、初めまして、木下といいます……よ、よろしく」


 もしかしたら、木下くんは高梨さんだけじゃなくて、女の子と話すと挙動不審になるのかもしれないなと思った。でも僕も少し前まではそんなに女の子と話すこともなかったから、気持ちは分かるような気がした。


「じゃあ行こうか、ライブハウスまでは歩いて10分くらいだね」

「ぼ、僕そこ知ってるから、先頭歩こうか?」

「あ、木下くんは行ったことあるんだったね。じゃあみんな木下くんについて行こうか」


 木下くんを先頭にして、僕たちはライブハウスまで歩き始めた。最初は大きな道を通ったが、途中で何度か曲がって細い道を通るようになった。木下くんがいなかったらちょっと迷っていたかもしれないなと思った。


「こ、ここ、着いたよ」


 ライブハウスは、オシャレな雑貨屋や洋服店が立ち並ぶ町の一角にあった。このあたりは来たことがなかったので、ちょっと新鮮だった。


「へぇー、オシャレだねぇ、ねえねえ木下くん、メロディスターズはよくここでライブやってるの?」

「はひ!? う、うん、ここもあるけど、もっと大きなところでやることもあるよ。今日は久しぶりのライブだから、ここみたい」

「ここでどのくらいの人が入るんだ?」

「す、スタンディングで200人くらいかなぁ。もうちょっといくかも。いっぱいになることもあったよ」

「あ、あそこでグッズが売ってあるらしいよ!」

「え、どこどこ日向ちゃん? あ、ほんとだ!」

「よっしゃ! 二人とも、ちょっとお姉さんと見に行こうか、ふふふふふ」

「あ、ちょ、高梨さん、お金は出しちゃダメ――」


 僕が言い切る前に、高梨さんは日向と真菜ちゃんを連れて行ってしまった。


「ちょっと俺もグッズって気になるな、行ってみねぇか?」

「ああ、たしかに、絵菜も木下くんも行かない?」

「ああ、行ってみたい」

「う、うん、行こうか」


 結局みんなでグッズの物販スペースに行くことになった。色々なグッズが置いてある。Tシャツ、タオル、コインケース、オリジナルペンライト、キーホルダー、スマホケース、お守りなど、どれも色鮮やかで華やかなものだった。


「おっ、お守りってあるのか、なんかめずらしいな、そうでもないのかな」

「う、うん、出してるグループもあるといえばあるかな」

「ねえねえ、せっかくだからさ、みんなで同じもの買わない? 記念にということでさー」

「あ、そうだね、やっぱりお守りかキーホルダーかな? 使いやすいし」

「おっ、じゃあお守りにしようぜ、学校のカバンにつけとこうかな。メンバーの色で分かれてるのかな?」

「う、うん、5色あるから好きな色で選んでもいいと思うよ。ぼ、僕はまりりんの緑かな」


 赤、緑、青、黄、紫から、みんなそれぞれお守りを選んで買った。僕は緑で、日向は赤にした。


「お兄ちゃん! あのスマホケースカッコいい!」

「どれ? あ、ほんとだ、チケットに描かれてあったイラストに似てるね。僕スマホケースあれにしようかな」

「ねぇ、お兄ちゃん……私にも買って?」


 日向が甘い声を出して僕の右腕に絡みつく。こ、こいつ、狙ってやってるのか……?


「えぇ……まあ、バイト代出たからいいけど……」

「やったー! お兄ちゃん大好き!」


 僕と日向のやり取りを見て、みんな笑っていた。兄離れしてほしいなんて言ってたけど、自分も妹に甘いんだな。

 そういえば、買ったお守りを見て、東城さんもお母さんからもらったお守りを大事に持っていたなと思い出した。そんな東城さんがアイデアを出したグッズなのかもしれないなと思った。


「あ、も、もうすぐ始まるから、行こうか」


 木下くんが時計を見ながら言ったので、僕たちはステージがある中へと入って行った。

 初めてライブというものを経験するので、少しドキドキとワクワクが入り混じったような感覚だった。


(もうすぐ東城さんが出てくるんだな……なんかこっちも緊張するな)

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