第51話「絵菜の想い」

 私には、好きな人がいる。

 

 最初は、上級生に殴られているところを見られたから、軽い口止めをしようと思っていた。でも、一晩考えて思いついた言葉が「勉強を教えてほしい」ということだった。たしかにテストが近かったから気になっていた。中学の時はあまり真面目に勉強していなかったけど、せっかく高校に入れたのだから留年はしたくない。それじゃあ……と思って言ってみた。私が勉強なんて笑われるだろうなと思っていたが、彼は、


「じゃ、じゃあ、うちに来て勉強するっていうのはどう? う、うち学校からそんなに遠くないし……学校よりは目立たないかなと思って」


 と、笑うどころか、真面目にこんな私に向き合ってくれて、勉強も分かりやすく教えてくれた。

 彼はみんなに優しかった。それまであまり話したことのない私に対しても決してバカにしたり笑うことなく、優しく接してくれた。

 彼のことが、どんどん気になっていった。優子や火野と一緒にいることが多くなり、彼の笑顔もたくさん見た。火野ほどのイケメンではないものの、よく見ると可愛い顔をしていて、笑顔が素敵だった。

 ある日、彼と大島が二人でいるところを見てしまった。なんでもないと彼は言ったが、私は大島に取られるんじゃないかと心配だった。気になり過ぎて、一緒にいたくて、デートに誘ったりもした。名前で呼ぶことも、手をつないでほしいという私のお願いも、彼は嫌な顔せずに受け入れてくれた。どんどん彼の存在が私の中で大きくなっていった。

 そんな彼に、今日、告白された。私のことが好きだと言ってくれた。突然のことで驚いた。夢なら覚めないでくれと思った。

 夢じゃなかった。私も好きだということを伝えて、気持ちが抑えきれなくなって、彼に抱きついて泣いた。彼は私が泣き止むまでずっと背中をさすってくれた。やっぱり彼は優しかった。

 私はさっきまでつないでいた手をボーっと見ていた。彼の手の温もりが伝わってきた。それだけで嬉しかった。


「――お姉ちゃん? どうしたの?」


 真菜に話しかけられてハッとした。手をボーっと見つめているなんて危ない人だ。


「あ、い、いや、ちょっと考え事してただけ……」

「考え事?」

「う、うん、実は……」


 私は真菜に、今日告白されたことを伝えた。


「まあ! お兄様が……! それで、お姉ちゃんはなんて言ったの?」

「あ、ああ、私も好きです……って。これ自分で言うの恥ずかしいな」

「まあまあ! そっか、お姉ちゃんとお兄様がついに……! 今日は記念日だね! あ、そうだ、お兄様とお話したいから、RINE送って!」

「えっ!? い、いや、忙しいだろうからやめた方が……」

「まだ明るいから大丈夫だよ! さあさあ、早くお兄様に!」


 そう言って真菜は私のスマホを私に押し付けてくる。仕方がないのでRINEを送る。


『今日はありがと、今いい?』

『こちらこそありがとう、うん、どうかした?』

『いや、真菜に今日のこと話したら、どうしてもお兄様とお話したいって言うから……ごめん、通話してもいいか?』

『うん、いいよ』


 日向ちゃんがいるからビデオ通話にしてもいいかと言われたので、私はボタンを押した。スマホの画面に彼と日向ちゃんが映っている。初めて使ったけど、不思議な感じがした。

 テンションの高い真菜が彼と日向ちゃんと話している。そういえば初めて彼の家に行った時、日向ちゃんにどこか怪訝そうな目で見られたことを思い出した。その後もう一度行った時には、笑顔でたくさん質問された。私は色々思い出して恥ずかしくなっていた。


「ごめん、真菜がテンション高くて……」

「お姉ちゃんももっと喜んでいいんだよ、お兄様大好きくらい言おうよ」

「なっ!? い、いや、今言えるわけないだろ……」


 私は一気に顔が熱くなって俯いてしまった。三人が笑っている声が聞こえる。

 その後、真菜が「明日はライブですね」と言っていた。そうだった、メロディスターズのライブに誘われていたんだった。今日のことがあってすっかり忘れていた。


「あ、絵菜、あのさ、東城さんとRINEするのは、やっぱりやめた方がいい……のかな?」


 彼が急にそんなことを言ってきた。もしかして、私が気にすると思ったのだろうか。たしかに気になるけど、彼はホイホイと浮気をするような人じゃないし、東城も悪い人じゃないような気がするので、別にかまわないと伝えた。やっぱり彼は優しかった。

 その時、玄関から「ただいまー」という声が聞こえてきた。母さんが帰ってきたみたいだ。私はそのことを伝えて通話を終える。


「おかえりお母さん、ねえねえ、お姉ちゃんやったよ!」

「ただいまー……って、やったってどういうこと?」

「うん、お姉ちゃんとお兄様、お付き合いすることになったって!」

「ま、真菜……!」

「え!? お兄様って、話してた団吉くんのことだよね? まあまあ! それはよかった、今日は記念日じゃないの」

「あ、ああ……」

「お母さん、記念にお赤飯にしたいんだけど、いいかな?」

「そうねぇ、今日は難しいけど、明日お赤飯にしましょうか!」

「い、いや、しなくていいから……」


 私の一言は無視されて、二人であれこれ決めている。だ、ダメだ……恥ずかしい。

 そんな恥ずかしがる私の手を真菜がそっと握って、


「お姉ちゃん、よかったね」


 と、優しく言ってくれた。ああ、本当に……よかった。

 

 私は彼が……ううん、団吉が、大好きだ。

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