第48話「伝える」

 昼休みは、自由だ。

 

 そう思っていたのもなんだか懐かしくなってしまった。ここ最近は昼休みもみんなと一緒に過ごすことが多い。ダッシュで教室からいなくなっていたあの日々は何だったのだろうかと思うくらいだ。

 しかし、今日は火野は弁当を忘れて学食へ行ったし、高梨さんは部活の友達に会いに行ったし、絵菜はまたいつの間にかいなくなっていた。

 なので、久しぶりに体育館裏に来ている。今日は一人の時間を楽しもうと思った。


(よし、誰もいないな……)


 体育館を背にして座って、持ってきた弁当を開ける。今日は急に日向が作りたいと言ったらしく、朝からバタバタと頑張っていた。


(お、日向、弁当はたぶん初めてだろうけど、上手にできているような)


 玉子焼き、ウインナー、ミニトマト、ピーマンの炒め物などなど、色とりどりのお弁当は美味しそうだった。


(よし、食べるか、日向ありがとう、いただきま――)


「テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 弁当を食べようとした瞬間、どこからか声が聞こえてきた。ビックリした僕は弁当を落としそうになったが、なんとか掴んで無事だった。

 ……って、あれ? 以前も同じようなことがあったような。

 咄嗟に辺りを見回すが、やっぱり誰もいない。もしかしてと思って体育館の角まで移動し、そっと顔を出してみる。


「こいつ、最近男と一緒にいるみたいだぜ」


 キャハハハという笑い声とともに、そんな声が聞こえてきた。こちらに背を向けて女子が三人立っていた。どの子も髪が茶髪だったり金髪だったり、見た目が派手である。上履きを見ると青色なので三年生のようだ。


(……あれ? 前に見た人たちと一緒なのかな)


 その時、三人の向こうに一人の女子が座り込んでいるのが見えた。髪は金色で、上履きは赤色。一年生のようだ。

 ……その女子が誰なのか、すぐに分かった。


(……え、絵菜!?)


「おい、男と一緒にいるのは楽しいか? ああ?」


 手前の三年生の一人がそう言って、絵菜を蹴り飛ばした。絵菜はうずくまって動かない。


(え、絵菜!!)


 その様子を見ながら、僕は心臓が激しくドキドキしていた。どうしよう、このままだと絵菜はまた殴られてしまう。でも僕なんかが出たところで絵菜を助けられるとは思えない。

 ……いや、そんなことを思う僕はバカだ。絵菜を守りたい。そう思った僕は――


「や、やめろ!!」


 声を上げて体育館の角から飛び出した。その声に気がついた三人がこちらを見る。


「だ、団吉……!?」

「なんだテメェ」

「や、やめろ……絵菜に手を出すな!」


 足がガクガク震えているのが分かった。変な汗もかいてきている。でも、逃げるわけにはいかない。僕は三人に歩み寄る。


「やめろ……絵菜に手を出すな!」

「なんだテメェ、うるせぇんだよ!」


 女子の一人が僕の頬を平手打ちした。親にも殴られたことのない僕はふらついたが、なんとか踏みとどまった。


「団吉!!」

「やめろ、やめろ……やめろ!」

「な、なんだこいつ……うるせぇ!」


 今度は別の女子が僕の左太ももを蹴った。痛みが走りうずくまりそうになるが、それでも僕は意地で踏みとどまり、三人にさらに歩み寄る。


「やめろ……絵菜に手を出すな……」

「な、なんだこいつ……おい、行こうぜ」


 そう言って三人はその場から立ち去った。三人がいなくなった後、僕は全身の力が抜けたような感じになり、へなへなとその場に座り込んだ。


「団吉! 大丈夫!?」


 絵菜が僕の元へ駆け寄ってきた。


「あ、うん、大丈夫だけど、なんか急に立っていられなくなって……ちょっと怖かったのかも……あはは、情けないねこのくらいで」

「そ、そんなことない……!」

「絵菜は大丈夫? 思いっきり蹴られてたけど……」

「ああ、大丈夫……大したことない」

「そっか、よかった……女子に手を出すのはよくないと思って、我慢したよ。僕は絵菜を、守れたかな」


 僕は絵菜の顔を見た。絵菜の目に少し涙がたまっているのが分かった。


「こんな時まで優しくしなくていいのに……でも、ありがと……助かった」

「そっか、よかった。そうだ、絵菜、聞いてほしいことがあるんだ」


 僕はそう言って、絵菜の手を握った。絵菜は驚いた様子で手を見た後、僕の目を見てきた。


「こんな時に言うのもおかしいかもしれないけど……僕、絵菜のことが好きです。ずっと絵菜のそばにいて、絵菜を守りたい。絵菜のことが一番大事なんだ」


 ついに、ついに自分の気持ちを、絵菜に伝えた。

 こんな時に言うのはどうなのかと思ったが、絵菜を想う気持ちを抑えきれなかった。

 絵菜はまた驚いたような顔を見せたが、すぐに笑顔になった。絵菜の目から涙がぽろぽろとこぼれている。


「団吉……私も、団吉のことが好きです。ずっと団吉のそばにいたい」


 絵菜がそう言った後、座り込んでいた僕に抱きついてきた。


「え!? 絵菜……!? だ、誰か見てる……かもしれないよ」

「いい、見られても。もう少しこのままでいさせて……」

「え、あ、うん……」


 僕も絵菜の背中にそっと手を回した。絵菜はまだ泣いているみたいだ。


「団吉、ありがと、大好き……」

「うん、僕も、大好きだよ、絵菜……」


 絵菜が泣き止むまで、僕はそっと絵菜の背中をさすってあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る