第44話「夢見る明日」

 ある日の昼休み、僕は教室で一人になっていた。

 昼食をみんなで食べ終わったら、火野は別のクラスの友達に会いに行ったし、高梨さんは部活の友達に会いに行ったし、絵菜はいつの間にかいなくなっていた。

 一人でいるのも久しぶりだなと思って、僕は本を取り出して読むことにした。以前は教室から消えて別の場所でよく読書してたな。それも悪くなかったが、今の友達と一緒にいる昼休みも悪くないなと思った。

 しばらく一人で本を読んでいると、


「ひ、日車くん、日車くん」


 と、前の席から声がした。

 声をかけてきたのは、木下大悟きのしただいご。背は僕よりも少し小さく、メガネが光る木下くんはいわゆる「オタク」の趣味を持つ人だった。よく一人で本を読んでいるところを見かける。まあ、人のことオタクなんて言ってしまったけど、僕も読書オタクだから同じだと思う。


「ん? どうかした?」

「な、なんか読んでるんだね、何読んでるの?」

「ああ、これは『小説を書こう』っていう小説サイトから最近書籍化された作品だよ」


 そう言って僕はカバーを取って本の表紙を見せた。ライトノベルなので可愛い女の子が描かれているので、僕はちょっと恥ずかしくてカバーをつけていた。


「ああ、き、聞いたことはある。面白い?」

「うん、異世界に転生するファンタジーでよくあるものだけど、主人公がアイテムや武器などをどれか一つしか持てなくてね、その制限の中色々駆使して敵をやっつけていくっていう、まあ展開としては王道といえば王道なのかな、仲間と協力して戦うバトルが秀逸で、面白いよ」


 しまった、僕は本のことになると饒舌になってしまう。木下くんも引いたかなと思ったが、


「そ、そっか、その、読み終わったらいつか貸してくれないか?」


 と、興味を持った様子だった。


「うん、いいよ。僕読むの早いから、明日には貸せると思うよ」

「そ、そっか、ありがとう」

「木下くんは、何か読んでるの?」

「ぼ、僕は今これを読んでる」


 そう言って木下くんは本の表紙を見せてきた。その本も『小説を書こう』から書籍化されたラブコメ小説だった。


「ああ、それ知ってるよ。まだ読んでないけど、面白いらしいね」

「う、うん、主人公とヒロインがお互い好きなんだけど、なかなかお互いの気持ちを伝えられずにいろいろ問題が起きてしまうよ」


 問題は起きてないけど、お互いの気持ちを伝えられないって、なんだか火野と高梨さんみたいだなと思った。


「よ、よかったらこれ、読み終わったら貸そうか? もうすぐ読み終わるから」

「あ、うん、ぜひぜひ。僕も読んでみたい」


 そう言うと木下くんは満足そうな顔をした。クラスの人と本について語れるとは思っていなかったので、僕はちょっと嬉しくなった。

 そんな木下くんが、片耳にイヤホンをつけていることに僕は気がついた。


「あれ? 木下くん、何か聴いてるの?」

「う、うん、最近ハマっているアイドルグループの曲をさっき聴いてた」

「へぇ、アイドルも詳しいの?」

「い、いや、めちゃくちゃ詳しいってわけじゃないけど、そこそこ。今人気の『JEWELS』とかは好きかなぁ」


 JEWELSといえば、オーディション番組を勝ち上がったメンバー8人で構成された今人気のアイドルグループだ。音楽番組にもよく出ているのを見る。そういえば高梨さんもカラオケの時JEWELSの曲歌ってたな。


「あ、あと、前から気になってるのが、この『メロディスターズ』っていうんだけど」


 木下くんはそう言ってスマホを見せてくれた。メロディスターズのホームページが表示されていた。


「へぇ、こういうアイドルがいるんだね」

「う、うん、まだまだ全国区じゃないんだけど、歌が上手くて曲もいい感じだから気に入ってる。曲聴いてみる?」

「あ、うん、聴きたい」


 そう言うと木下くんはイヤホンの片方を僕に渡した。僕が耳にイヤホンをつけると、曲を流してくれた。


「こ、これ、『夢見る明日』って曲なんだけど、しっとりしてていい曲なんだ」


 木下くんの言う通り、その曲はしっとりとしていて、その中に透明感があって、なんだか落ち着くいい曲だった。メンバーの歌が上手いのも分かる。


「へぇ、いい曲だね」


 ……あれ? でもメロディスターズって、どこかで聞いたような……。

 あっ! と思ったその時だった。


「やっほー、なになに、何か聴いてるの?」


 高梨さんが木下くんのスマホを覗きながら話しかけてきた。


「はひ!? た、高梨さん……!」

「あ、うん、今メロディスターズの曲聴いてたとこ」

「へぇー、どんなの? 聴かせて聴かせてー」


 僕が借りてたイヤホンを高梨さんに渡した。木下くんはまた曲をかけてくれたが、指先がプルプルと震えているように見えた。


「へぇー、うんうん、いい曲だねー……って、あれ? メロディスターズってどこかで聞いたような……あ!」


 そう言って高梨さんはポンと手を叩いた。


「東城さん、メロディスターズでアイドル活動してるって言ってなかった?」

「あ、うん、東城さんのいるグループみたい」

「ふ、二人ともまりりん知ってるの……?」


 まりりん? と思ったが、なるほど、東城さんは麻里奈だからまりりんと呼ばれているのか。


「あ、うん、ちょっとね……」


 実は知り合いで、僕はRINEも知ってるなんて言ったら、木下くんこのまま昇天しそうだなと思ったので、詳しいことは言わないことにした。


「へぇー、ほんといい曲だねぇ。木下くんはまりりんが好きなの?」

「はひ!? う、うん、一番好きかな……」


 さっきから木下くんの挙動がおかしい気がするが、高梨さんがいるからだろうか。

 それにしても、初めてメロディスターズの曲を聴いたけど、いい曲だった。木下くんとはあまり話したことはなかったけど、席も近いし、他にも色々知ってそうだし、教えてもらうのも悪くないなと思った。

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