第38話「アイドル」

 東城さんと会った日の夜、僕はもらったRINEのIDが書かれた紙を見ながら、考え事をしていた。

 

(すぐじゃなくても大丈夫です。団吉さんがお話できる時にご連絡いただければ)


 東城さんの言葉が頭に浮かぶ。どうしよう、お話できる時でいいとは言っていたものの、そう簡単に送ってもいいものだろうか。

 うーんうーんと考えるが、いい案が全然思い浮かばない。そもそも女の子と話すこと自体が慣れないことなので、いい案なんて出てくるはずがなかった。


(ダメだ、誰かに話そうかな、絵菜は……ダメだ、変な誤解を招くかもしれない。高梨さんも同じく。となると、もう一人しかいない……)


 僕はスマホを手に取り、RINEの通話をかけた。


「もしもし、おーっす、めずらしいな電話なんて」

「もしもし、火野、今いいか?」

「ああ、大丈夫だけど、どうした?」

「そ、それが……」


 僕は今日の出来事を最初から火野に話した。落とし物を拾ったこと、なぜかお茶をして、RINEのIDをもらったこと。


「なるほどなぁー、ほんとに大切なものだったんだろうな」

「ああ、何なのかは分からなかったけど、大切なものだったみたい」

「そうだなぁ、俺はただちょっと連絡するくらいなら大丈夫だと思うけどな。好意を持ったとか、そういうものじゃないんだろ?」

「あ、ああ、それはないけど、いいのかなぁとちょっと不安になって」

「まあ、もしかしたら東城さんは団吉のこといいなって思ったかもしれないけどな」

「えっ!? そ、そうかな……」

「そりゃあ、嫌いな奴にRINEのIDなんか教えないさ」


 僕は火野の言葉を聞きながら、東城さんの笑顔を思い出していた。

 

「うーん、突然出会って好意なんて持つものかな……」

「一目惚れってやつがあるだろ? まあ想像でしかないから、間違ってるかもしれないけどな」

「そ、そっか……たしかに」

「あと、このことは沢井や優子にはまだ話さない方がいいかもな。変な誤解を招くかもしれない」


 いつの間にか火野が高梨さんのこと名前で呼ぶようになっている……って、別に不思議なことではなかったな。


「あ、ああ、でもいいのかな、なんか隠し事してるみたいで……」

「ちょっと話すくらいなら大丈夫だと思うぞ。何かあったら俺もフォローするからさ」

「あ、ああ、ありがとう……」

「しかしあれだな、団吉も急にモテるようになったな。何か心当たりあるか?」

「そ、そうかな、心当たりは全くないけど……」


 そういえば大島さんに言い寄られていたことをふと思い出した。

 大丈夫だからと火野に念を押されて、通話を終了した。僕は東城さんのRINEのIDが書かれた紙を手に取った。


(ま、まあ、ちょっと話すくらいなら……)


 IDを入力して、現れたアカウントを友達登録する。アカウントには「まりな」と書かれていた。

 

(な、何か送らないと、不審に思われるよな……)


 そう思って僕は文章を考える。

 

『こんばんは、日車です。RINE送ってみました』


 シンプル過ぎるかなと思ったが、他に言葉が見つからなかったのでこのまま送る。そういえば敬語は使わないでいいと言われていたが、仕方ない。

 5分ほど経って、僕のスマホが鳴った。RINEの送り主は東城さんだ。

 

『こんばんは! 東城です。ご連絡くださってありがとうございます!』


 RINEでも丁寧なんだな……と思ったが、次に何を話せばいいのか分からなくなった。うーんと考えていると、東城さんからさらにRINEが送られてきた。


『あの、少しだけ通話できますか?』


 その一文を見て僕はドキッとした。通話か……絵菜と初めて通話した時を思い出す。

 ま、まあ、ちょっと話すくらいいいかと思って、

 

『うん、いいよ』


 と送ると、1分ほど経ってスマホが鳴った。僕はふーっと息を吐いて、通話に出る。

 

「も、もしもし」

「もしもし、あ、東城です。今日はありがとうございました!」

「あ、いえいえ、本当に大切なものだったんだね」

「はい、拾ってもらったあれは、母の写真と母からもらった形見のお守りが入ってたんです」

「あ、そうなんだ……って、え? 形見?」

「はい、母は中学一年の時に病気で亡くなってしまって……」

「……そっか、ごめん」

「ふふっ、団吉さんが謝ることないですよ!」


 東城さんは笑っていたが、少し寂しそうな感じもした。僕も小学生の時に父さんが亡くなって、日向と一緒に泣いたのを覚えている。父の形見……といえばいくつかあったが、持ち歩くことはしていない。


「いや、僕も父を病気で亡くしていてね……ちょっと思い出して」

「あ……そうなんですね、その……寂しかったですか?」

「あ、うん……小学生だったけど、父がいなくなるっていうのが信じられなくて、妹と一緒に泣いたよ」

「そうでしたか……私もたくさん泣きました。でも、今は元気にアイドルをやっている姿を見守ってもらおうと思って」

「そうなんだね……って、え? アイドル?」

「はい、私、メロディスターズっていうアイドルグループに所属しているんです。今日もマネージャーに呼び出されてしまって、先に出ちゃってすみませんでした」


 なるほど、アイドルだったんですね。

 

 ……って、えええええ!?

 

「あ、アイドルって……す、すごい」

「あはは、まだまだ地方で活動する小さなグループですけどね。いつか全国区になれたらいいなーって思ってます」


 それに……と、東城さんは話を続けた。

 

「母が、私がアイドルを目指していること、とても応援してくれていたんです。だから、私が元気じゃないと母も悲しむだろうなって思って」

「そっか……うん、そうだね、東城さんの元気な姿、お母さんも見たいと思う」

「はい! ありがとうございます! ……あ、すみません、誰かからRINEが来たみたいです。マネージャーかなぁ」

「あ、うん、ごめんね長々と」

「いえ! 私がかけたいって言いましたから。その、またRINE送ってもいいですか?」

「うん、いいよ、大丈夫」

「ありがとうございます! それじゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 通話が終了して、しばらく僕は今の通話のことを思い出していた。

 お母さんの形見だったのか。それはたしかに大切なものだ。拾って渡せてよかったなと思った。

 それよりもびっくりしたのが、東城さんがアイドル活動をしていることだった。あ、アイドルとこんなに簡単にRINEとかしていいものなのだろうか? よく分からないけど、恋愛禁止とかよく聞くし……。

 それから5分くらい経って、東城さんから「おやすみなさい」の文字が入ったトラゾーのスタンプが送られてきた。


(あ、トラゾーだ、東城さんも好きなのかな)


 色々考えてしまったが、僕も持っていたトラゾーのスタンプを送って、その日は寝ることにした。

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