第37話「落とし物」
夏休みもあとわずかとなったこの日、僕はちょっと買い物があって駅前へ来ていた。
バイトも順調だし、夏休みの課題も全部終わったし、あとは二学期が始まるのを待つばかり。休みが終わってしまうのは少し寂しいところもあるが、まあいつかは終わるものだし仕方がないなと思っている。
昨日グループRINEで火野が『ぎゃー、課題が終わってねぇ!』って叫んでいたけど、今頃慌ててやっているかな。
振り返ってみると、なんとも濃い夏休みだった。バイトは始めたし、絵菜とデートしたし、花火大会には行ったし、今までで一番濃い夏休みなのではないかと思うくらいだ。
(今までの僕からは考えられないよな……友達が出来て、こんなに一緒に過ごすなんて)
いつも笑われて、よく孤立していた僕からは想像もできない夏休みだった。こういうのもまたいいものだなと思う。
(こんな僕にでもみんな優しく接してくれるから、本当にありがたいよな)
パサッ。
(……ん?)
目の前を歩く女性のカバンから、何かが落ちた。小さなものだった。
(あ、あれ、気づいてないみたいだな……)
僕は落としたものを拾うと、その女性に近づく。
「あ、あの、これ、落としましたよ」
僕の声に女性が気づいて振り向く。僕の目を見て、次に手に持っていた落としたものを見た。すると驚いたような表情を見せた。
「え、え!? なんで、あ、あれ!?」
「あ、今さっき、そこで落とされて、気づいてなかったようだったので……」
「あああ! さっきカバンに手を入れた時かな、あ、ありがとうございますありがとうございます!」
女性は僕と同じくらいの歳だろうか、背は日向よりちょっと高いくらいで、髪はセミロングくらいで内側にくるんと巻いてあり、目が大きく可愛らしい人だった。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
「あ、いえ、拾っただけですので……じゃあ……」
よほど大事なものだったのだろうか、拾ってよかったなと思ってその場を離れようとしたが、
「あ、あの!」
と、少し大きな声で女性が話しかけてきた。
「……はい?」
「あの、その、い、今お時間ありますか? その、お礼がしたくて……少しだけ付き合ってもらえませんか?」
「……へ?」
お時間? お礼? 付き合ってもらえませんか? なんだろう、これどういうこと?
「そこの喫茶店で、お茶しませんか?」
「……へ? あ、お、お茶……ですか」
* * *
……というわけで、と言うのもどういうわけか分からないけど、結局押し切られて僕と落とし物をした女性は今喫茶店で向かい合って座っている。
ここは高梨さんの相談を受けた時に来た喫茶店だ。今はそんなに人は多くない。
「本当に、ありがとうございました」
女性は深々と頭を下げた。
「あ、いや、気づいてよかったです。大事なものだったのですか?」
「はい、とても大事にしているもので……」
そう言って女性は柔らかい笑顔を見せた。本当に大事なものだったんだなと思った。
「あ、あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか? ……あ、聞くならまず私から名乗れって話ですよね、私、
「あ、と、東城さん……ですか」
「はい、西中の三年生です」
まさかの年下だった。しかも西中、僕の母校でもあり、日向や真菜ちゃんと同じ中学校だ。三年生ということは日向たちよりは年上だ。可愛らしい見た目だけど言葉が丁寧で落ち着いているし、高校生くらいかと思っていた。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
名前……か、また高校に入ってすぐのホームルームを思い出してしまった。
「……どうかされましたか?」
「あ、いや、その……名前は、日車……です」
「日車……さん、下の名前は?」
「……だ、団吉……です」
言ってしまった。クラスでクスクス笑われたのを思い出した。この子もきっと笑うんだろうな。
「日車、団吉……さん、なんだか男らしくてカッコいいですね! 素敵です!」
……あれ? 笑ってない。いや笑顔なんだけど、バカにしたような笑いではなかった。おかしいな、本来なら変な名前だと笑われるはずなのだが……。
「そっか、団吉さん……団吉さんは高校生ですか?」
「あ、はい、高校一年です……」
「やっぱりそうですか、お兄さんですね!」
東城さんは笑顔で僕の目を見つめてくる。その笑顔にドキッとしてしまった。
「そ、そうですね、東城さんが年下とは思わなくて……って、それも失礼か、すいません」
「ふふふ、私の方が年下なんですから、敬語は使わないでいいですよ」
「あ、そ、そっか、うん、分かりまし……分かった……」
「はい! そっちの方が私も嬉しいです」
そう言って東城さんはまた笑顔で見つめてくる。僕はなかなか直視できないでいた。
「実は、今日拾ってもらったあれ――」
東城さんが話しかけたその時、テーブルの上に置いていた東城さんのスマホが震えた。
「あっ、ごめんなさい、ちょっと確認しますね」
東城さんはスマホを確認して、「あっ」と小さな声を出した。
「ああ……ごめんなさい、急に呼び出されてしまいました。せっかくお話していたのに……」
「あ、いや、用事があるなら大丈夫だよ」
「ほんとにごめんなさい……あ、そうだ」
東城さんはカバンからメモ帳とペンを取り出し、何かを書いた後一枚メモ帳から切り離し、その紙を僕に渡してきた。
「これ、私のRINEのIDです。もしよかったらお話しませんか?」
「ええ!? い、いや、それは……」
「すぐじゃなくても大丈夫です。団吉さんがお話できる時にご連絡いただければ」
東城さんはまた笑顔になった。
「それじゃあ、今日はこれで……本当にありがとうございました。ご連絡待ってますね」
そう言って東城さんは小さく手を振って喫茶店から出て行った。僕はもらった紙をしばらくボーっと見つめていた。
(な、なにこれ……落とし物拾っただけなのに、なんで僕はRINEのIDをもらったのだろう……)
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