第34話「浴衣」

 花火大会の日がやって来た。

 数日前、母さんが急に「花火大会に行くなら、やっぱり浴衣よね~」と言い出して、僕と日向に浴衣を買ってくれた。

 浴衣なんて初めて着るのだが、なんだか不思議な感じがした。僕の浴衣は紺でひし形の模様が入っているもので、日向の浴衣は赤い花がたくさんついた可愛らしいものだった。


「お兄ちゃん、カッコいい!」

「そ、そうかな、ありがとう、日向も可愛いよ」


 僕がそう言うと、日向は「えへへー」と笑顔を見せた。

 

「ねー、絵菜さんと真菜ちゃんここに来るんでしょ?」

「あ、うん、たぶんもうすぐじゃないかな……」


 ピンポーン。


 日向と話しているとチャイムが鳴った。出ると浴衣姿の絵菜と真菜ちゃんが立っていた。


「こ、こんにちは……」

「お兄様、日向ちゃん、こんにちは! 今日は呼んでいただいてありがとうございます」

「あ、こんにちは、じゃあ行こうか、川沿いまでちょっと歩くけど」


 僕たち四人は家を出た。絵菜の浴衣は青を基調としていて、白い花がついていた。真菜ちゃんの浴衣は赤とオレンジの花がたくさんついていた。二人ともよく似合っている。


「お兄様、浴衣とっても似合ってます! カッコよくて惚れてしまいそうです」

「え!? そ、そうかな、ありがとう」

「だ、ダメだよ真菜ちゃん! お兄ちゃんには絵菜さんがいるんだから」

「あ、そうだね」


 真菜ちゃんがテヘッと舌を出した。あ、あのー、君たちは何を話しているのかな?

 絵菜の方を見ると、恥ずかしいのか耳を赤くして少し俯いていた。そんな絵菜に話しかける。

 

「今日さ、火野の奴、高梨さんに自分の気持ちを告白するつもりなんだ。だからタイミングを見て僕たちはそっと離れようかと」

「えっ、そうなのか、わ、分かった」


 ちょっとびっくりした顔の絵菜。まあたしかに、何も知らなかったらびっくりするよな……。


「火野と高梨さんがいるはずだけど、どこかな……人多いな」


 僕たちは歩いて河川敷にやって来た。花火大会はずっと前から毎年ここで行われている。僕も小さい頃からよく来ていたものだ。

 でも、まさか女の子と一緒に来ることになるとは思わなかった。火野の言う通り、成長したのかな……。

 

「あっ、お兄ちゃん、あそこに火野さんいる」


 日向が指差す方向を見てみると、火野がこっちを見て手を振っていた。隣には高梨さんもいた。二人とも浴衣姿でバッチリと決まっている。これだからイケメンと美人は困る……。

 

「おーっす、さすが花火大会だな、人多いなぁ」

「やっほー、みんな揃ったね……あ! 日向ちゃん可愛いー! 真菜ちゃんも可愛いー!」


 そう言って高梨さんは日向と真菜ちゃんの頭をなでている。

 

「え、えへへ……今日のためにお母さんが浴衣買ってくれたんです」

「優子さん、お久しぶりです! 優子さんいつ見ても綺麗ですね」

「ありがとー、二人とも可愛いよー、よく似合ってる!」

「お、君が沢井の妹さんか、初めまして、火野といいます!」


 火野がイケメンスマイルで真菜ちゃんに話しかけると、真菜ちゃんはなぜかピシッと姿勢を正した。

 

「は、は、初めまして、沢井真菜と言います。あ、姉がお世話になっております……」


 そう言って真菜ちゃんは深々と頭を下げた。

 

「あはは、こちらこそお世話になってます、よろしく真菜ちゃん!」

「は、はい……!」


 火野が真菜ちゃんに右手を出して握手した。すると真菜ちゃんがどこか赤くなっているように見えた。

 その真菜ちゃんは僕の方に来たかと思うと、「お兄様、お兄様」と小声で話しかけてきた。


「あ、あの、火野さん、す、すごくカッコいい人ですね……」

「ああ、火野イケメンでしょ、昔からカッコいいんだよなぁ。惚れちゃった?」

「い、いえ、そんなことは……お兄様も負けないくらいカッコいいですよ」

「え!? そ、そうかな、ありがとう」


 う、うん、まあ本当にカッコいいかは置いておいて、褒められるのは悪い気分じゃないなと思った。


「さぁて、日向ちゃん、真菜ちゃん、お姉さんと一緒においしいもの食べないかい!? おごるよーふふふふふ」

「おーい高梨さん、不審者みたいだよ」

「あっ、ついね、つい」


 高梨さんがテヘッと舌を出した。高梨さんは可愛い年下の女の子が好きなのだろうか……。


「あ、私、わたあめ食べたいかも……」

「あ、日向ちゃんあそこにお店あるよ!」

「よっしゃー! 行こ行こー! お姉さんのおごりだ、食べて食べてー」


 そう言うと高梨さんは日向と真菜ちゃんを連れて出店の方へ行った。


「な、なんか高梨、テンション高いな……」

「あ、ああ、この前日向と会った時からおかしいな……」

「優子、昔から真菜のこと可愛がってた。一人っ子だからかな、年下の女の子が好きなのかもしれない……」


 絵菜がぽつぽつと話した。そうか高梨さんは一人っ子だったのか。


「そういや火野、僕たちはそのうち離れるから、その後は頑張れよ」

「え!? い、いや、さ、沢井が聞いてる……」

「さっき来る時に話したから大丈夫。日向と真菜ちゃんも連れて行くから」

「そ、そうか……な、なんか緊張するけど、頑張るよ」


 いつものノリのいい火野と違ってガチガチだけど、大丈夫だ火野、ちゃんと自分の気持ちを伝えれば高梨さんも分かってくれるはず。

 友達の勇気を出しての告白が、うまくいくといいなと思う僕だった。

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