第33話「初対面」

「ただいまー」


 暑い中なんとか歩いて家まで帰ってきた。今日は猛暑日だろうか、汗が止まらなかった。

 

「おかえりお兄ちゃん、あ、いらっしゃいませー」


 パタパタと足音を立てて日向がやって来た。

 

「あ、みんな上がって」

「おじゃましまーす、日向ちゃん久しぶり! 元気?」

「ああ、火野さんお久しぶりです! はい、元気です!」


 そう言って日向は力こぶを見せた。この前からこのポーズ気に入ってるんだろうか。

 みんな続々と家の中へ入って行くが、高梨さんが日向を見てどこかプルプルと震えているように見えた。

 

「……? 高梨さん、どうかした?」

「……か、か、かーわーいーいー! 日向ちゃんっていうのね、初めまして、私は高梨っていいます!」


 そう言うと高梨さんは日向に抱きついて頭をなでている。

 

「ふええ!? は、初めまして、ひ、日向といいます……あわわわ」


 身長差があるので、高梨さんの胸のちょっと上あたりに日向の頭がある。高梨さんファンだったら羨ましい光景かもしれない。

 

「かわいいー、日車くん! 日向ちゃん私にもらえないかしら!?」

「ふええ!? あわ、あわわわ……」

「た、高梨さん落ち着いて……それは無理なんじゃないかなぁ、たぶん」


 僕がそう言うと、鼻息の荒かった高梨さんは「えー、そっかぁ……」とちょっと残念そうな声を出した。うん、普通に考えて無理だと思う。

 みんなをリビングへ招くと、日向が「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と小声で話しかけてきた。

 

「あ、あの、高梨さん? すごく綺麗な人……背も高くて、スタイルもよくて、いいにおいした……」

「い、いいにおいって……クラスでもかなり人気があるよ、高梨さん。気に入られたみたいね」

「ふええ!? あわわわ……で、でも、絵菜さんも可愛いと思う」


 急に絵菜のことを言われて、僕はドキッとした。ま、まぁ……うん、日向がそう思うならそういうことなんだろう。

 

「あ、みんな何か飲む? オレンジジュースとコーラとお茶があるけど」

「ああ、俺はコーラかなー、サンキュー」

「あ、私はオレンジジュースかなー、ありがとー」

「分かった。絵菜はどうする?」

「あ、オレンジジュースで……ありがと」

「「絵菜?」」


 火野と高梨さんの声がハモった瞬間、僕は「しまった!」と思った。そういえばこの二人には名前呼びになったことを何も話していないのだった。

 

「団吉……お前、いつの間に……」

「え、あ、まぁ、うん、いつの間にかそういうことになって……あはは」

「え、じゃあ、絵菜も、名前で呼んでるの?」


 高梨さんに聞かれて、絵菜は「う、うん……」と恥ずかしそうに頷いた。

 

「ふふふ、絵菜さんはこの前もその前もうちに来てくれました! 楽しかったー」

「え!? そうだったのか! お前ら、いつの間にそんな仲に……」

「えー、ずるいずるい、絵菜ばっかりいいなー、私も早く日向ちゃんに会いたかったよー」


 そう言って高梨さんは日向の頭をなでている。日向は「え、えへへ……」とどこか嬉しそうな顔を見せた。


「……はいはい、君たち何しに来たのかな? 課題終わらせるんだろ?」

「お、おう、分かんねぇとこあるから団吉教えてくれー」

「あ、私もー、分からないところだらけだよー」

「わ、私も……」


 名前呼びはバレてしまったけど、まぁバレるのも時間の問題だったよな……と思った。



 * * *



 リビングのテーブルで4人課題を広げるのはさすがに無理があったので、リビングのテーブルで絵菜と高梨さんが、ダイニングのテーブルで僕と火野が勉強することになった。

 

「――ここは、この文のここに助動詞があるから……」

「あーなるほど! さすが団吉先生!」

「――ここは、この二次方程式の解がこうなって……」

「ああ、なるほど! さすが日車くん、分かりやすい!」

「――ここは、この前の文章の意味を聞かれているから……」

「……なるほど、分かった」


 火野は古文を、高梨さんは数学を、絵菜は英語を進めていた。みんなうんうん唸りながらも、たまに僕が教えることでなんとかこなしているようだ。僕自身は残っていた物理と化学を進めていたが、ちょいちょい呼ばれるので自分の分はなかなか進まない。まぁ、予想通りなんだけど。


「おっ、3時になったな、ちょっと休憩するか、おやつ持って来たぜ」

「あ、そだねー、プリンあるから食べよー。日向ちゃんの分もあるよーおいでおいでー」

「ええっ!? あ、ありがとうございます」


 高梨さんが横に座った日向の頭をなでている。なんか今日の日向、小動物みたいだなと思った。本当に気に入られたな……。

 

「しかし、沢井がもう団吉ん家に来てたとはなぁ、びっくりしたぜ」

「ふふふ、お兄ちゃんと絵菜さん、この前映画デートしてるんですよー!」

「お、おい、日向……!」

「ええっ!? そうなの!? なになに、二人ともいつの間に……」


 絵菜の方を見ると、恥ずかしいのか耳を赤くしてコクリと頷いた。

 

「そっかぁー、団吉がデートかぁ……成長したな」

「おいおい、失礼ですよ火野くん?」

「わりーわりー団吉、冗談だよ。あ、そ、そういえばさ、今度花火大会あるから、み、みんなで行かねぇか?」

「あ、いいねいいね! そうだ、日向ちゃんもおいでよー」


 火野と日向が同じように「えっ!?」と声を出した。火野よ、タイミングが悪いよ……。

 

「え、あ、はい、行きたい……です」

「やったー! お姉さんに任せておいて、何でも買ってあげるからねーふふふふふ」

「おーい高梨さん、どこかの不審者みたいになってるよ」

「あっ、ついね、つい」


 高梨さんがテヘッと舌を出すと、絵菜がクスクスと笑っていた。

 

「そうだ、絵菜、真菜ちゃんも呼んだら? 行きたいんじゃないかなぁ」

「え? あ、ああ、そうだな」

「よ、よっしゃ、みんなで行けそうだな、浴衣でも着て行こうかなぁ」


 これは……頃合いを見て僕と絵菜と日向と真菜ちゃんはフェードアウトしたほうがよさそうだな……と思った。

 せっかく火野がやる気を出したんだ、なんとか頑張ってほしい。

 日向の頭をなでている高梨さんを見た火野が、少しだけ赤くなっているような気がした。

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