第30話「来客再び」

 次の日、僕は3時までバイトがあったので、そのことを絵菜にRINEしていた。

 休み時間にスマホを確認してみると、『分かった、3時頃行く』と返事が来ていた。

 

(3時頃行く……? どういうことだろう?)


 ちょっと不思議に思いながら働いていると、3時まであと5分となった頃、スーパーに絵菜が一人で来た。

 

「き、来てみた……」

「あ、ここに来るってことだったんだね、ちょっと待ってて、あと少しで終わるから」

「うん」


 3時になって、急いで帰る準備をした僕は、店内で待っていた絵菜と一緒に外に出た。

 

「ご、ごめんね今日は、急に日向が絵菜を呼べって言うから……」

「ううん、大丈夫、特に予定もなかったし」

「そっか、よかった。日向が朝からバタバタしてたよ。ちゃんとおもてなししなきゃーとか言ってた」


 僕がそう言って笑うと、絵菜もクスクスと笑っていた。

 今日の絵菜は、ベージュのシャツに紺のデニムパンツ、白のスニーカーを履いていた。この前スカートだったのは特別だったのかな……でも、今日の服装も似合っている。

 色々と話しているうちに、家まで帰ってきた。相変わらず外は暑く、汗が止まらなかった。

 

「ただいまー」


 そういえば前に絵菜が来た時は、そーっと玄関を開けたなと思い出していた。

 

「お兄ちゃんおかえりー」


 パタパタと足音を立ててやって来た日向が突然立ち止まって固ま……りはしなかった。固まるどころか、妙にニコニコしている。

 

「絵菜さんいらっしゃいませー、どうぞどうぞ、お席ご用意してあります」

「ここは何かのお店か?」


 そんな兄妹のやりとりを見て、絵菜はクスクスと笑う。

 

「あ、どうぞ上がって……」

「おじゃまします」


 絵菜はそう言うと、上がって靴を揃えた。

 

(あ、やっぱり絵菜ってそういうとこしっかりしているんだな……)


「あら、団吉おかえり、絵菜ちゃんいらっしゃい」

「あ、こんにちは、おじゃまします」

「はーい、絵菜さんはこちらに座ってくださーい!」


 母さんも日向もすっかり名前呼びが定着してしまった。まあ、僕が呼んでいるから仕方がないのかもしれないけど。

 リビングで日向が用意した座布団に絵菜が座る。日向は「ああ、おもてなしー」と言いながらお茶の入ったコップを持ってきた。

 

「はい、どうぞー」

「あ、ありがとう日向」

「ありがとう……ございます」

「ふふっ、絵菜さん敬語じゃなくていいですよー、私年下ですし」


 そう言って日向は力こぶを作って見せた。なんだそのポーズは……日向のテンションがどうもおかしい。

 

「そ、そっか、敬語苦手なんで助かる……」

「はいはい! 絵菜さんはお兄ちゃんのどこがいいと思いますか!?」

「へ!? な、何だその質問」


 日向の問いかけに、絵菜は「うーん……」と何かを考えるような仕草を見せた後、ぽつぽつと答えた。

 

「や、優しいとことか……」

「あー分かります! お兄ちゃん優しいですよねー!」

「あと、頭が良くて勉強教えるのも上手なとことか……」

「ああー分かります! お兄ちゃん勉強めっちゃできますよねー!」

「あと……か、カッコ……い……」

「あああー分かります! うんうん、本当にその通り!」


 あのー、本人目の前にしてそんな話します? めっちゃ恥ずかしいんですが……ていうか最後絵菜は声が小さくて何て言ったか分からなかったんですが……これ逆にバカにされているのだろうか。


「あの、二人とも、その話はやめにしないか……」

「えー、楽しいからいいじゃーん。あ、はいはい! どうして名前呼びになったんですかー?」


 やめて! もうお兄ちゃんのライフは0よ!

 

「え、いや、その……な、名前の方が、いいかなと思って……」


 顔を真っ赤にした絵菜がぽつぽつと答える。やばい、聞いているこっちもかなり恥ずかしい。

 

「そういえば絵菜ちゃん、綺麗な金色の髪してるわねー。昔からなの?」


 母さんナイス! ……と思わせて、そんなこと聞いちゃいますか!?

 

「あ、はい、中学の時からずっとこれで」

「そうなのねー、怒られたりしなかった?」

「中学の時は怒られて……でも反発して、先生とケンカになったこともあったりして……」

「そっかそっかー、でもいいじゃない、似合ってるわよ」

「あ、ありがとう……ございます、今の高校だと特に何も言われないから、ありがたい」


 うちの高校は校則がかなり緩めなので、もしかしたら絵菜も金髪でいても怒られないような高校を選んだのかもしれないなと思った。


「……はいはい、二人ともその辺で。絵菜が困ってるじゃないか」

「えー、お兄ちゃんのケチー、絵菜さんをひとり占めしようって、そうはいかないんだからね!」

「なっ、そ、そんなことは……」


 絵菜の方を見ると、顔を真っ赤にしたまま少し俯いていた。

 

「ご、ごめんね、嫌だったら言っていいよ」

「いや、大丈夫、ちょっと恥ずかしくなっただけ……その、楽しい」

「はいはい! お兄ちゃんとの初デートはどうでしたか!?」

「日向はちょっと黙ろうか!?」


 ぶーぶー文句を言いながらポカポカと僕を叩いてくる日向を見て、絵菜はクスクスと笑った。

 

「本当に仲が良いんだな、二人とも」

「あ、い、いや、そうかな……よく分かんないけど」

「はい、お兄ちゃんとは仲良しです! ラブラブです! 相思相愛です!」

「なんか誤解を招くような言い方やめてくれるかな!?」

「みんなー、ご飯もうすぐできるわよー、日向準備してー」

「あ、はーい! ああおもてなしおもてなしー」


 兄妹のやりとりを見て、また絵菜はクスクスと笑う。

 

「騒がしくてごめんね……」

「いや、大丈夫、見てるのも楽しい」

「そっか、よかった」


 絵菜は普段、真菜ちゃんとはどんな感じなんだろうかと、ふと思った。真菜ちゃんだったら日向ほどうるさくはなさそうだけど、やっぱりお姉ちゃんにべったりなのだろうか。


(真菜ちゃんともまた会いたいな……)

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