第29話「お誘い」

 僕と絵菜はショッピングモールを離れて、地元の駅に戻ってきた。

 変わらず手はつなぎっぱなしで、僕はドキドキしすぎて口から心臓が飛び出すかと思った。

 絵菜も同じ気持ちなのかな……と絵菜の方を見ると、目が合うとすぐにニコッと笑いかけてくれるので、もうそれだけでドキドキした。

 

「あ、まだ明るいけど、家まで送るよ」

「……うん」


 そういえばうちに絵菜が来た時は、送るよと言っても断られたな。そんなことをふと思い出していた。

 駅前から家に向かって二人で歩いて行く。話すことは少なかったが、それでもいいと思った。

 この時間がずっと続けばいいのにと思ったが、さすがにそうはいかない。あっという間に絵菜の家の前まで歩いてきた。

 

「あ、家、ここ……」

「あ、そうなんだね、ほんとにうちからもそんなに遠くなかったね」

「うん……あの、今日はありがと」

「うん、こちらこそありがとう、楽しかった」

「私も楽しかった。その、またRINE送る」

「うん、僕も送るよ」


 絵菜が小さく手を振りながら、家の中に入って行った。僕はしばらくボーっとつないでいた左手を見ていた。危ない人だったかもしれない。

 まさか僕が女の子と一緒に出かけるなんて夢みたいだった。

 

(ちゃんとエスコートするんだよー、こうやって手つないでさ)


 日向の言葉を思い出した。ちゃんとエスコートできたのか心配になってきたが、お兄ちゃん手は本当につないでしまったよ……。

 

 

 * * *

 

 

「お兄ちゃん、お風呂入っていいよー」

「んー、分かったー」


 スマホの画面を見ながら、日向の呼びかけに返事した。夕飯を食べた後、僕は絵菜とRINEで話していた。内容は『映画感動したね』とか『猫可愛かったね』とか、今日の振り返りのような、そうでもないような。


「お兄ちゃん、ずっとスマホ見てるね……」


 ハッとして僕が顔を上げると、頬をぷくーっと膨らませた日向が目の前にいた。

 

「なっ、お前、近い近い」

「もう、ずーっとスマホ見てるんだもん。誰かとRINEでもしてたの!?」

「あ、ああ、まぁ……うん、絵菜と」


 そこまで言った後で、僕は「しまった!」と思った。今日からの名前呼びがこんなに自然に出るなんて……。

 おそるおそる日向を見ると、まるで信じられないものを見たような顔をしながら、

 

「え、え、絵菜って誰……!? また女の子!?」


 と、ちょっとだけ震えながら聞いてきた。

 

「またって何だよ……さ、沢井さんのことだよ」

「え、え!? だって、昨日まで沢井さんって呼んでたじゃん。どういうことなの……」

「どういうことって、ま、まぁ、そういうこと」

「じゃ、じゃあ、もう、つつつ付き合ってるの!?」

「あ、い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「え、え!? どういうことなの……混乱してきた」


 日向が頭を抱えてうーんうーんと唸っている。やっぱり変なのかな……。

 

「あらあら、二人とも楽しそうね」


 母さんがニコニコしながら僕と日向を交互に見てくる。

 

「お母さん、お兄ちゃんったら沢井さんのこと絵菜って名前で呼んでる! でも付き合ってないんだって!」

「お、おい、そんなハッキリ言わなくても……」

「沢井さん? ああ、前に来た子ね。今日は沢井さんとデートだったの?」

「あ、ああ、まぁ、そんな感じ……」

「もう、どうなってるの、付き合ってないのに呼び方変わってるとか……はっ、そうだ!」


 そう言って日向は何かをひらめいたような顔をして立ち上がった。

 

「決めました! 明日、沢井さん……じゃなかった、絵菜さんをうちに呼んじゃいましょう!」

「は!? いやお前何を言って……」

「だって、前来た時はほとんど話せなかったし、私も話したいから! ねぇ、お母さんいいでしょ?」

「うーん、そうね、明日はお母さんお休みだし、せっかくならお夕飯も一緒にどうかしら?」

「やったー! さあお兄ちゃん、今すぐ絵菜さんに連絡して! そこの文明の利器で!」

「いや、普通にスマホって言えよ……だいたいなんだよ二人とも勝手に決めて……絵菜だって用事が――」

「あーもう! さっさと聞かないと私が代わりに送るよ!?」


 日向が僕のスマホを奪おうとするので、僕は必死に抵抗した。

 

「やめろ! わ、分かったよ、送ればいいんだろ送れば……」


 もうどうにでもなれと思った僕は、とりあえずRINEの文面を考えてみる。

 

『突然なんだけど、明日うちに来ない? よかったら夕飯も一緒にどうかな?』


 今までの話をぶった切って、いきなりこんな文章を送られたらハテナが頭の上に浮かびそうだが、日向の視線が痛かったのでそのまま送る。

 

「お、送ったよ。まぁ絵菜だって困るだろ、いきなりこんな話され――」


 ピロローン。

 

「え?」


 1分も経たないうちに僕のスマホが鳴った。RINEの送り主は絵菜だった。

 

『うん、行きたい』


「マジか……」

「え? 絵菜さんなんだって?」

「い、行きたいってさ」

「やったー! お母さん夕飯何にしよう!? ああお掃除もしておかないと!」

「ふふふ、日向ったら嬉しそうねー、お母さんお夕飯頑張っちゃおうかな」

「いや、二人とも落ち着いて……」


 こうして、絵菜がまたうちに来ることになった。最初に来た時のことをぼんやりと思い出していた。

 そういえば僕、お風呂に入りたいんだけどな……目の前で浮かれている二人を見て、なかなか入れないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る