第27話「つないだ手」

 沢井さんと約束した日曜日。

 僕は日向と一緒に選んだ服を着て、駅前にやって来た。待ち合わせの11時まであと15分くらいあった。

 ちょっと早かったかなと思って駅前の日陰のベンチに座る。今日も暑くて駅までの道のりが地獄かと思った。持っていたハンドタオルで汗を拭う。

 

(今日も暑いな……でも、雨にならなくてよかったな)


 駅前に着いたことを沢井さんに伝えようと思って、スマホを取り出したその時だった。

 

「――日車、来てたのか」


 ふと顔を上げると、沢井さんが立っていた。もしかして先に来ていたのだろうか、全然気がつかな――

 

「あ、さ、沢井さん……?」


 沢井さんの服装に、僕はびっくりしたのと同時にドキドキした。沢井さんは黒のブラウスに薄いピンクのフレアスカート、足元は黒のサンダルを履いていた。いつもは当たり前だが制服姿を見ているわけで、いつもと違うどこか大人っぽい雰囲気の沢井さんがそこにいた。

 この前スーパーに来た時は黒のTシャツに紺のパンツだったので、てっきりそういう服装なんだろうと思っていた。

 

(なんか、いつもと雰囲気が違う沢井さん、やっぱり可愛――)


「……あ、あんまりジロジロ見るなよ、恥ずかしいから……」

「ご、ごめん、でも、とっても似合ってる……うん」

「あ、ありがと……その、日車もいつもと違う……」

「ああ、やっぱりお互い制服以外だと雰囲気変わるもんだね」

「ああ……日車、カッコ……い……」


 耳を赤くした沢井さんが小声で話す。僕はよく聞き取れなかった。

 

「じゃ、じゃあ行こうか、電車もうすぐ来ると思う」

「あ、うん、行こう行こう、えっと3駅隣だっけ」


 電車に乗った僕たちは、並んで座った。カラオケの時と同じく距離が近くて僕はドキドキしてしまう。

 

「今日日車と出かけるって真菜に話したら、『お姉ちゃん、服は絶対これがいい!』って推されてしまって」

「あはは、僕も日向に話したら『お兄ちゃん、ファッションチェックしてあげる』って言われたよ」


 なんだ、どこの妹も同じなんだなと思って笑うと、沢井さんもクスクスと笑っていた。

 電車で3駅隣なので、あっという間に目的地に着いた。ショッピングモールは駅の目の前で、地下通路で駅と繋がっている。暑い外を歩かなくていいのはありがたいなと思った。

 ショッピングモールの2階に上がる。そこに大きな映画館が入っている。僕も以前何度か来たことのある場所だ。

 

「そういえば、沢井さん観たい映画があるって言ってたけど……」

「ああ、あれなんだけど」


 そう言って沢井さんは映画が紹介されている画面を指差した。見るとそこにはこの夏に公開が始まった話題の恋愛映画が映っていた。

 

「ああ、なるほど。恋愛モノか……」

「……私に似合わないって顔してるぞ」

「え!? そ、そんなことないよ!」

「ふふっ、冗談だよ。あと20分で始まるな、行こうか」


 なんか久しぶりに「冗談だよ」って聞いたなと思いながら、僕たちは飲み物と小さいポップコーンを買って映画館の中へ入って行った。

 話題作なのもあってか、既にお客さんが入っていた。でも人がとても多いというほどでもなく、僕たちの席の隣は誰も座っていなかった。

 

「よかったね、ゆったりと観れそうだね」

「ああ、そうだな」 

 

 あっという間に上映時間となった。

 その恋愛映画は、高梨さんがカラオケの時に歌ったアイドルグループの一人がヒロインの女の子を演じている。とある高校生同士が日常を共に過ごす中で恋に落ちるのだが、彼女に重大な病気が見つかり、さらに主人公にもトラブルが重なり、「生きる意味とは」を考えさせられる感動のお話だった。

 映画の中盤から終盤に差し掛かった頃だろうか、僕の左手が急に温かくなった。

 おかしいなと思って見てみると、なんと沢井さんが右手を僕の左手に乗せていた。

 

(……え!? さ、沢井さん!?)


 慌てた僕は沢井さんの方をチラリと見る。暗くてハッキリとは見えなかったが、沢井さんの目に涙が浮かんでいるように見えたので、僕は右手で持っていたハンドタオルを沢井さんに渡した。しまった、そういえば汗を拭いたと思い出したのは後になってから。

 僕の左手には変わらずに沢井さんの右手が乗っていたので、僕はそっと沢井さんの手を握った。こみ上げてくるものがあったのかもしれない。

 手をつないだまま映画は終了し、館内が明るくなった。

 

「……沢井さん?」


 ふと沢井さんの方を見ると、僕が渡したハンドタオルで顔を隠していた。

 

「……見ないで、泣いてて恥ずかしい」

「え、見せてよ沢井さん」

「……いじわる」


 沢井さんはふーっと息を吐いて、僕の方を見た。目は赤くなり顔も真っ赤だった。


「あの……さ、日車、手……」

「あ、ご、ごめん、つい」

「いや、大丈夫……その、今日は、つないだままでも、いいか……?」


 顔を真っ赤にしておそるおそる聞いてくる沢井さんだった。

 

「う、うん、いいよ」

「ありがと……あ、お昼過ぎたからご飯食べに行かないか?」

「あ、そうだね、フードエリアに色々お店あったから、そこに行こうか」


 そう話した後、僕たちは手をつないだまま、フードエリアに移動することになった。

 心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていて、沢井さんに聞こえているんじゃないかと思った。

 

(やばい、ドキドキがおさまらない……)

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