第26話「予行演習」
「な、なんだよ日向」
「……やだ、お兄ちゃん行かないで」
「なんでだよ……もしかして寂しいのか?」
「そ、そんなこと……ないもん……」
お兄ちゃんが沢井さんとデートすると聞いて、私は急に寂しくなってお兄ちゃんに抱きついた。
「分かったよ、日向とも一緒にデートするから、な?」
「うん……そして、私にも沢井さんをちゃんと紹介して」
「あ、ああ、分かった、機会があればな」
そう言ってお兄ちゃんは私の頭をなでてくれた。いつもの優しいお兄ちゃん。
「じゃあ……私がデートのためのファッションチェックしてあげるよ」
「そ、そうか、これなんだけどさ、どうかな……?」
お兄ちゃんはたくさん出していたTシャツの中から一つを私に見せてきた。
「お兄ちゃん……トラゾーのキャラクターTシャツなんてやめた方がいいと思うよ」
「ええ!? 可愛いしいけるかなーと思ったんだが……」
トラゾーは去年のゆるキャラグランプリにも出場していて、ちょっと有名になってきたご当地キャラだ。可愛いけど、さすがにデートで着る服じゃないと思う。
「もう、他は……うーんどれもパッとしないね……」
「そうだろ? あんまりいい服持ってなくてさ……」
「うーん……そうだ、明日土曜日だけど、お兄ちゃん予定ある?」
「ん? 3時までバイトだけど、その後は何もないかな」
「じゃあ、一緒に服買いに行こうよ。デートの予行演習もかねて!」
「ええ!? ああ、まぁいいけど、まだバイト代ないから安めのもので頼む……」
「分かった分かった、じゃあ決まりね!」
ふふふ、お兄ちゃんとデートすることになりました! やったね!
* * *
次の日、私はお兄ちゃんのバイトが終わった後、お兄ちゃんと一緒に二つ隣の町の商業施設に足を運んだ。
隣町のショッピングモールは明日お兄ちゃんと沢井さんが行くって言っていたので、じゃあ違うところにしようということで、ここになった。
(それにしても、沢井さんはお兄ちゃんを映画に誘うなんて、やっぱりお兄ちゃんのことがすすす好きなんだろうか……。パッと見は怖そうな人だったけど、真菜ちゃんも可愛いお姉ちゃんって言ってたし、優しい一面も持ち合わせていたりして……)
「――日向? どうした?」
お兄ちゃんに言われて、私はハッとした。いけないいけない、つい考え事しちゃった。
「う、ううん、なんでもないよ」
「そうか、これとかどうだ?」
そう言ってお兄ちゃんはライオンの絵が描かれたシャツを私に見せてきた。
「……お兄ちゃん、キャラクターは一旦頭から外そう?」
「ええ!? これ可愛いと思うんだけどな……ダメか……」
キャラクターものに何かこだわりでもあるんだろうか。そんなお兄ちゃんも可愛いけど、さすがにデートで着る服じゃないよね。
「もう、仕方ないなぁ……うーん、これとかどうかな」
私はシンプルに濃い青のボーダーが入ったTシャツと、その上から着るブルーグリーンのオープンカラーシャツと、黒のストレートジーンズを手に取った。
「な、なるほど……こういう感じのものがいいのか」
「何かお探しですかー?」
あれこれと合わせていると、店員のイケメンの男の人に声をかけられた。
「あ、その、いい感じの服を探していて……」
「そうですかー、今手に持たれているシャツはうちでも人気なんですよー。お二人でデート中ですか?」
「はい! デート中です!」
「なっ!? い、いや、こっちは妹で、その、服を一緒に選んでもらってて……」
「えー、私とデートするって言ったじゃん」
「え!? ま、まぁそうだけど……」
慌てるお兄ちゃんも可愛い。そんな私たちを見て店員さんはクスクスと笑った。
「いいなぁ、仲がいいんですねー、私も妹がいますけど一緒に買い物なんて何年もないなぁ」
顔を赤くしたお兄ちゃんも可愛い。
「じゃ、じゃあ、これをください……」
「はい、ありがとうございますー」
そこまで高くないものを選んだつもりだったけど、お兄ちゃんは「やばい、お金が飛ぶ……」とブツブツ言っていた。
「ふふふ、明日のデート代はちゃんとあるの?」
「ああ、なんとかな。服も買えたしこれで大丈夫……だと思う」
「ちゃんとエスコートするんだよー、こうやって手つないでさ」
「なっ!? い、いや、付き合ってもいないのにそれはハードルが高いというか……」
「えー、お兄ちゃんの意気地なしー、弱虫ー」
「いや、ほんとに難しいだろ……ヘタなことしたらお兄ちゃん殴られちゃうよ」
なんだかんだ言いながらこうやって私と手をつないで歩いてくれるお兄ちゃんは、いつも通り優しかった。
(沢井さんも、優しいお兄ちゃんが好きになったのかなぁ……いつかちゃんと話してみたいなぁ)
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