第22話「誤解と思考」
(見られた……今の、見られた……?)
教室でなぜか大島さんに言い寄られているところを、沢井さんに見られてしまった。
先程とは違う意味でドキドキして、胸のあたりがチクリと痛んだ。
「沢井さん! 待って!」
廊下を走る沢井さんを僕は追いかけた。廊下は走るなと怒られそうだが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
嫌だ、沢井さん、嫌だ。僕は何もしていないんだ。
また胸のあたりがチクリと痛んだ。何でもないんだ。たしかに言い寄られていたけど、あれはきっと大島さんがからかっているだけなんだ。
「沢井さん!」
学校の玄関のところで沢井さんに追いついた僕は、咄嗟に沢井さんの手を握った。沢井さんも逃げることをやめてピタリと止まった。
「……そっか、日車は、大島と……」
「ち、違うんだ! 忘れ物して取りに戻ったら、大島さんがいて、その……なぜか言い寄ってきたけど、何もないから!」
「忘れ物……?」
「うん、忘れ物。何もないんだ。大島さんが僕のことからかっているだけだよ」
なんとなく言い訳がましい感じがしたが、なんとか沢井さんの誤解を解こうと僕は必死だった。
「……そっか、何もないのか」
「うん……本当に、何もないんだ。信じてほしい」
「……ああ、分かった」
沢井さんは俯いたままだったが、耳が赤くなっているように見えた。
「その……日車、手……」
「え? あ、ご、ごめん!」
ずっと沢井さんの手を握りっぱなしだった。僕は慌てて離したが、今度は沢井さんが僕の手をぎゅっと握ってきた。
「その……もう少しだけ、このままでもいいか……?」
「え、あ、うん……」
沢井さんの手から温もりが伝わる。胸がドキドキして、なかなか沢井さんの目を見ることができなかった。顔まで真っ赤になった沢井さんも同じようで、俯いたままだった。
* * *
「――お兄ちゃん?」
「……へ?」
「もう、どうしたの? なんだかボーっとしちゃって」
「え、あ、いや、なんでもない……」
「そっか、じゃあ早く教えてよ、ここなんだけどさ……」
「あ、ああ、ここはこうやって……」
家に帰ってから日向に勉強を教えているところで、僕はいつの間にかボーっとしてしまった。先程からずっと大島さんと沢井さんのことが頭から離れない。
「――で、ここをこうすれば……」
「あーなるほど! お兄ちゃんさすがだねー、前のテストも成績よかったんでしょ?」
「あー、まぁ、それなりにね」
テスト……か。
日向に勉強を教えながら、まず大島さんの言葉が頭に浮かぶ。
(……あなた知らない? あのテスト以降、あなたを見る目がどんどん変わってきていることを)
(クラスで噂になっているわよ、あなた。勉強もできるし、よく見たら可愛い顔してるって……)
全く身に覚えのないことだったが、あれは本当に僕のことなのだろうか。
クラスでもクスクスと笑われてばかりの僕を見る目が変わってきている? たしかに最近は火野だけでなく、沢井さんや高梨さんとも仲良くさせてもらっているが、その一部の人だけなんだろうと思っていた。
これまであまりクラスの中に入っていくことがなかったので、よく分からなかった。
(もう少し、クラスの人の声に耳を傾けてみてもいいのかもしれないな……)
そして、沢井さん。
大島さんになぜか言い寄られているところを沢井さんに見られて、僕は急に胸のあたりがチクリと痛んだ。
嫌だった。誤解されたくなかった。どうにかして何でもないことを伝えたくて必死だった。
どうやって追いかけたのかはあまり覚えていないけど、沢井さんの手の温もりだけはしっかりと覚えている。
(なんだろう、この気持ち……)
しばらく手をつないだ後、このまま黙っておくのも悪いと思った僕は、「途中まで一緒に帰らない?」と沢井さんに聞いてみた。
沢井さんは顔を真っ赤にしたまま「うん」と小さな声で答えてくれた。
それで一緒に帰ってきたのだが、女の子と一緒に帰るというイベントに不慣れすぎて、何を話したらいいのか分からなかった。
沢井さんも同じ気持ちだったのかどうかは分からないが、僕たちはあまり会話のないまま帰ってきた。
でも、それでもよかった。
(これって……もしかして……)
僕の中で、何かが変わろうとしていた。うまく言えないけど、胸がチクリと痛んだのもそのせいだと思う。
その何かが分かるのも、そう遠くない未来だった。
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