第21話「接近」

(あ、しまった、教室に忘れ物してしまったな……)


 ある日の放課後、僕は一度校門を出たが、忘れ物に気がついて教室に戻ろうとしていた。

 あれから高梨さんは、四人でいる時も普通に火野と接していた。たまに緊張しているのか恥ずかしいのかもじもじすることもあったが、たぶんパッと見は何も分からないだろう。

 そして、相談に乗った日以来、高梨さんから個別でRINEが来ることも増えた。火野とどんな話をしていたのか知りたいようだが、恋をするとどんな些細なことでも知りたくなるのか……と思った。もしかしたらあの二人も個別にRINEしているのかもしれない。

 

(火野の奴はどう思ってるんだろな……)


 火野と直接恋の話をするのは何だか恥ずかしかったので、RINEでかなり遠回しに話をしてみた。その結果、おそらく僕の予想通り今付き合っている人はいないような感じだった。たまに高梨さんの話もするけど、火野がどう思っているかはまだ分からない。

 

(……ん? 誰か教室にいる?)


 ボーっと火野と高梨さんのことを考えながら歩いて、教室の前まで来た。中に誰かいるようだ。

 

「……あれ?」

「……あれ?」


 第一声はお互い同じ言葉だった。教室の窓際の席に、一人の女の子が座っていた。

 

「あら、日車くんじゃない、どうしたの?」


 そこにいたのは、大島おおしま聡美さとみだった。大島さんはクラスの学級委員をしていて、頭が良くて面倒見も良く、クラスのリーダーというのはこういう人のことを言うのかなと思っていた。

 いつもは長い黒髪を後ろで結んでいるが今は結んでおらず、いつもと雰囲気が違うように見えた。

 

「あ、いや、ちょっと忘れ物を取りにきた……って、勉強してるの?」


 大島さんの机の上に教科書やノートが開いてあるのが見えたので聞いてみると、大島さんはプルプルと震えているように見えた。

 

「そうよ……あなたに負けてから、こうして毎日放課後は勉強してるのよ!」

「負け……? ああ、この前のテスト……?」

「……まさか私よりも成績のいい人がこのクラスにいるなんて」


 うちの高校は、成績上位者を廊下の掲示板に貼り出すようになっている。僕は7位だったが、たしか大島さんは10位だったのを見た気がする。

 

「い、いや、あれはたまたまだし……」

「たまたまであんな成績が取れるものですか……そして」


 大島さんはメガネを外して、話を続ける。


「……あなた知らない? あのテスト以降、あなたを見る目がどんどん変わってきていることを」


 ……見る目?

 何のことかさっぱり分からなかった。

 大島さんは立ち上がり、僕に近づいてくる。

 

「……はい?」

「クラスで噂になっているわよ、あなた。勉強もできるし、よく見たら可愛い顔してるって……」


 ……可愛い顔? 誰が?

 そう言いながら大島さんはどんどん僕に近づいてくる。

 

「お、大島さ……ん?」

「でもあなた、最近沢井さんや高梨さんと一緒にいるじゃない。どういうことか分からないけど」


 大島さんが目の前まで来た。やばい、近い、近すぎる。こうして近くで見ると大島さんも目が綺麗でけっこう美人……って今はそんなことを言っている場合じゃない。まっすぐ僕の目を見てくる大島さんにドキドキしてしまう。

 

「あなたのこと、もっと詳しく知りたいなぁ……」


 大島さんはそう言いながら、右手を出して人差し指を僕の唇にそっと当てた。

 やばい、この状況は何という小説か漫画の世界ですか!? 目の前に綺麗な女子がいて、なぜか言い寄られているこの状況は!?

 ああ神様、モテるのは火野だけだと思っていたのですが、信じられないけどまさか僕にもそそそそんなことがあるのでしょうか!?

 ドキドキで心臓が爆発するかと思った、その時だった。

 

「――日車?」


 教室の入り口の方から声がしたので驚いて見ると、なんと沢井さんがこちらを見ていた。

 

「さ、沢井……さん!?」

「あ、いや、ごめ――」


 沢井さんはそう言うと、逃げるように教室から出て行った。

 

「あ、沢井さん! 待って!」


 僕も沢井さんを追いかけて教室を飛び出す。

 先程とは違う意味でドキドキして、胸のあたりがチクリと痛んだ。


(見られた……今の、見られた……?)

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