第10話「ありがとう」
「頑張ってる人を馬鹿にするな!」
その場にいられなくなった僕は、立ち上がって廊下へと飛び出した。
高梨さんの声が聞こえた気がしたが、振り向くことなくまっすぐ廊下を歩き続けた。
(はぁ……僕は何やってんだろう……)
大きなため息とともに、自分がやったことを激しく後悔した。
沢井さんも高梨さんも、言いたいところをぐっと我慢していたのに、僕だけ暴走したような形になってしまった。
でも、せっかく二人が頑張っているのに、ヒソヒソと陰で馬鹿にされるのは我慢できなかった。
「よく言ったな、団吉」
肩をポンと叩かれて振り向くと、いつの間にか火野が立っていた。
「え、え!? 火野!? どうして」
「どうしてって、教室から出て行ったお前を追いかけて来ただけだが」
「そ、そっか……」
「お前、よく言ったよ、カッコいいよ」
火野はそう言うと、もう一度僕の肩をポンと叩いた。
「そうかな……なんか、一人で暴走して……やっちまったというか」
「いや、俺も三人で勉強してるの見て驚いたけど、悪口が聞こえちまった。そりゃあ目の前で頑張ってる人いるのにあんなこと言われたらムカつくよな。俺が団吉の立場でも何か言ってたと思う」
火野はぐっと拳を握りしめた。
「そ、そっか……」
「ああ、あの二人も言ってくれて嬉しかったと思うよ」
その時、僕のポケットの中でスマホが震えた。見てみると沢井さんからのRINEだった。
『昼休み、体育館裏に来て』
「お? 彼女からのRINEか?」
「なっ!? ち、違うよ!」
「全力で隠すところが怪しいなぁ」
そう言って火野はケラケラと笑った。
* * *
昼休みになった。
僕はいつものようにチャイムが鳴るとお弁当を持ってダッシュして、沢井さんに言われた通り体育館裏にやって来た。
(はぁ……また呼び出し食らったけど、なんだろう)
午前中の授業を淡々と受けたけど、沢井さんも高梨さんも休み時間に僕に何か言うことはなかった。
(朝のこと、二人とも怒ってるのかな……余計なこと言うなとか)
「あ、いた」
ボーっと考え事をしていると、沢井さんがいつの間にか来ていた。
「あ、沢井さん、その……えっと……」
何と言えばいいのか分からず困っていたら、沢井さんもどこかもじもじしている様子だった。
「……ありがと」
「えっ?」
「朝、あんな大きな声出すとは思わなくて、びっくりしたけど……その……言ってくれて、ありがと」
もじもじしながら、沢井さんはぽつぽつと話してくれた。
「あ、いや、僕もちょっと言い過ぎたかなと思って……あはは」
「……いや、嬉しかった」
(あれ? もじもじしている沢井さん、けっこう可愛――)
「あーいたいた、やっほー」
沢井さんの背後から、高梨さんがひょいと顔を出した。
「絵菜からRINE来てたんだけど、ちょっと迷っちゃった、テヘ……って、なになに、二人ともボーっとしちゃって」
「あ、いや、なんでもない……」
「えー、何か話してたんでしょー?」
高梨さんはそう言うと、僕の腕をツンツンと突いてきた。
「はー、まあいいや、日車くん、朝はありがとね」
「え、い、いや、ちょっと言い過ぎたかなと思って……」
「いや、日車くんが言わなかったら私が声出してたとこだよ。目の前で頑張ってる人いるのにあんなこと言われたらムカつくよねー」
火野と同じこと言うんだな……と心の中で思った。
「ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったよ」
「そ、そっか……よかった」
二人とも怒っていないことに、僕は少しホッとした。
「はー、なんだかお腹すいちゃった、お昼食べようよー」
高梨さんはそう言うと、体育館を背にして座って持ってきたお弁当を開け始めた。
「二人ともボーっとしてないで食べよー」
「あ、うん、分かった」
「……ああ」
こうして、この日はなぜか三人でお昼を食べることになった。
僕の昼休みは僕のものだと思っていたのも、なんだか懐かしい話。
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