第9話「怒り」
次の日、なぜか早く目が覚めてしまったので、たまには早めに学校へ行ってみることにした。
まだ誰も来てないかなと思ったが、教室の扉が少しだけ開いていた。
(あれ? こんなに早く誰か来ているのかな)
扉を開けて教室に入ると、沢井さんが一人で座っていた。机の上には教科書とノートが開いてある。
「おはよ」
沢井さんは僕に気がつくと、小さな声で挨拶した。
「お、おはよう、早いね、びっくりした」
「ああ、早く目が覚めたんで、たまには早く行こうかと思って」
「そっか、僕もだよ」
自分の席に座ると、何やら沢井さんがチラチラこちらを見てきていることに気がついた。
「あの、さ……ちょっと分かんないところあって……」
「え、あ、いいよ、どこ?」
僕はそう言うと、椅子を持って移動して沢井さんの隣に座った。
「こ、ここ……」
沢井さんの耳が赤くなっているような気がした。
「ああ、ここはこの式を展開して、こうやって……」
「あ、なるほど……」
沢井さんはうんうんと頷きながら、僕が言ったとおりに式を書いていく。
「そうそう、できたね」
「日車、ほんと教えるのうまいな」
「そ、そうかな」
耳を赤くした沢井さんが、もじもじしながら僕のことを褒めてくれた。
(あれ? なんかもじもじしている沢井さん、けっこう可愛――)
ガラガラガラガラ。
「おはよー! ……って、あれ?」
勢いよく扉が開いたと思ったら、大きな声が教室に響き渡った。
「おやまぁ、めずらしい組み合わせだね」
そう言いながら入ってきたのは、
「お、おはよう、高梨さん」
「……おはよ」
「なになに? 朝から勉強? ごめん邪魔しちゃったかな」
「なっ、い、いや、そんなんじゃないし……」
ますます耳を赤くして下を向いてしまった沢井さん。
「あはは、隠さなくていいじゃん。でも日車くんと話してるなんてめずらしいね」
「い、いや、その、たまたま早く来たから教えてもらった……」
昨日僕の家で一緒に勉強した、なんて高梨さんに言ったら沢井さんに殴られそうだなと思って、ここは黙っておくことにした。
「ふーん、じゃ、私もお邪魔していいかな」
「え?」
「みんなで勉強した方が面白いじゃん?」
そう言うと高梨さんは、自分の椅子を持って来て沢井さんの前に座った。
「数学やってたのか、いいね、私も分からないところあるんだー」
ケラケラと笑いながら高梨さんは教科書とノートとペンを持つ。
「日車くん教えて、ここなんだけど」
「あ、ああ……分かった」
こうやってなぜか三人で勉強をすることになった。ちなみに沢井さんは耳を赤くしたままだった。
* * *
「ここをこうやって、こっちに持って来て……」
「あーなるほどね、理解した!」
「……分かった」
僕と沢井さんと高梨さんは、あれからしばらく数学の勉強をしていた。朝なので次々にクラスメイトが登校してくるが、みんなこの三人を見て驚きの表情をしていた。
まぁ、そうだよね……僕もどうしてこうなったのか分からない。本当はみんなが来る前にやめたかったのだが、二人とも一生懸命考えているのを見るとやめづらかった。
「日車くん、教えるのうまいなぁ、分かりやすいよー。日車くんって数学の天才か何か?」
「い、いや、そんなことはないと思うけど……」
「いや、そんなことはあるね。絵菜もそう思うでしょ?」
「……あ、ああ、そうだな」
二人に褒められている……ような気がするけど、沢井さんはまた耳を赤くして下を向いてしまった。
「あ、ありがと……うと言うべきなんだろうか」
「あはは、素直になりなよー」
高梨さんはそう言いながら僕の腕をツンツン突いてくる。美人でスタイルも良く、色々な人と仲が良い高梨さんは僕にはまぶしすぎる存在だった。誰とでも打ち解けるそのコミュニケーション能力を少しもらいたいくらいだ。
「なぁ……あの三人何だろ……?」
「さぁ……沢井さんが勉強してる……?」
「そんなまさかな……脅されてるんじゃね?」
「そうだよな……勉強なんてしそうにねぇし」
その時、ヒソヒソと誰かが話す声が聞こえてきた。ケラケラと笑って僕の腕をツンツンしていた高梨さんもピタッと止まった。
(あ、ヤバいな……)
ふと沢井さんを見ると、下を向いたままこちらも動かなくなってしまった。ぐっと何かを我慢しているようにも見えた。
そんな沢井さんを見た僕は――
「……何が悪いんだよ!」
つい大きな声が出て、沢井さんも高梨さんも驚いたように僕を見る。
「頑張ってる人を馬鹿にするな!」
その場にいられなくなった僕は、立ち上がって廊下へと飛び出した。
高梨さんの声が聞こえた気がしたが、振り向くことなくまっすぐ廊下を歩き続けた。
(はぁ……僕は何やってんだろう……)
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