第5話「勉強」
昼休みは、自由だ。
そう思っていたのも昨日までの話。今日は違う。沢井さんとの約束がある。本当は一人でご飯を食べてゆっくり読書でもしたいところなのだが、約束をすっぽかしてしまうと今度こそ殴られてしまうに違いない。
(沢井さん……もういるのかな)
ゆっくりとした足取りで、体育館の裏まで来た。昨日僕がお弁当を食べていたところに沢井さんは座っていた。
「――来たか」
「あ、まあ……うん」
沢井さんは僕に気がつくと、スッと右手を挙げた。口元はまだ赤い気がするが、昨日よりも腫れは落ち着いているようにも見える。
「ご飯でも食べよう、お腹空いた」
「……え?」
沢井さんは膝の上に置いてあった包みを手に取り、そう言った。
(え? 沢井さんもお弁当持ってきてるの? え……?)
「――何ボーっとしてるんだよ、座れよ」
頭の中で色々考えていたら、沢井さんがこちらを見てきた。情報量が多すぎて僕の頭では処理しきれない。とりあえず言われるがままに、沢井さんの隣に座ってみる。
「日車って、いつも昼休み教室から消えるよな、ここに来てるの?」
「え、あ、いつもは違うんだけど、昨日はたまたま誰もいなかったから……」
「そっか」
沢井さんはお弁当箱の蓋を開け、箸を手に取り食べ始めた。
(あれ……? 沢井さんのお弁当、けっこう可愛らしい感じの――)
「――何ボーっと見てるんだよ」
そう言われてハッとする。やばい、僕も食べなきゃ怪しまれる……。
「その……沢井さんもいつもお弁当?」
「ああ、母さんか妹が作ってくれるんだ。いらないって言ってるんだけどな……」
「そっか……」
いらないと言いつつ、沢井さんの表情はどこか嬉しそうに見えた。昨日の笑った顔といい、こんな表情クラスでは見たことがない。
(あれ? でも何で僕は沢井さんと一緒にご飯食べてるんだろう……)
「あの……さ、日車」
「ひゃ、ひゃい!?」
急に名前を呼ばれてドキッとしてしまった。また変な声が出た……。笑われるんだろうなと思っていたが、僕の予想の斜め上を行く言葉が待っていた。
「その……あの……わ、私に勉強教えてくれないかな……?」
「……へ?」
沢井さんは目を合わせようとせず、下を向いてもじもじしている。恥ずかしいのか、顔が赤くなっているような気がする。
(え、沢井さん? 勉強……? それってどういう――)
「――ダメか?」
顔を赤くした沢井さんがこちらを見てくる。あれ? けっこう可愛――
「え、あ、いや、ダメってことはないけど……」
「そっか、よかった。テスト前だから気になってたんで」
そういえば火野も同じようなこと言ってなかったっけ……? まあいいや、そんなことより僕は気になることがあった。
「でも、どこで勉強する? ここだとできないし、教室だと……」
「そうなんだよな……」
沢井さんはぽつりとつぶやくと、また下を向いた。勉強を教えるのはいいのだが、教室だと目立ちすぎる。僕と沢井さんは今までそんなに接点がなかったので、みんなが不思議な目で見てくるのは間違いないだろう。
あれこれと考えた僕は、とんでもないことを口に出してしまう。
「じゃ、じゃあ、うちに来て勉強するっていうのはどう? う、うち学校からそんなに遠くないし……学校よりは目立たないかなと思って」
「えっ?」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。しかしもう止まることはできない。
「あ、でもさすがに嫌だよね……ごめん」
「……いや、行く」
「……えっ?」
「行くから、教えて」
驚いた顔の僕を沢井さんはまっすぐ見つめてくる。咄嗟にとんでもないことを言ってしまった気がするが、果たしてこれでよかったのだろうか……。
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