第4話「妹とともに」

「ただいまー……」


 家から高校まではそう遠くないが、帰りの足取りは重く、今日はなんだかどっと疲れてしまった。「ただいま」の声も何とかしぼり出した。


「おかえりー。もう、お兄ちゃんなんでRINE返してくれないの!?」


 奥からそう言いながら出てきたのは、僕の妹の日車ひぐるま日向ひなた。中学二年生。僕と違っていつも元気で明るく人気者……らしい。元気すぎて少々うざく感じる時もあるが、そんなことを言ったら本気で怒られるので言わないことにしている。


「あー……ちょっと忙しくて、すまん」

「ていうかRINE見てくれたの!? まさか見てないなんてことは――」

「あー見た見た。既読ついただろ、夕飯だっけ」

「そうそう、適当にご飯作るけど……何がいい?」


 そう、昼休みに僕のスマホの音が鳴ったのは、妹のRINE、メッセージアプリが原因だった。『お母さん帰り遅いみたいだから、夕飯作るけど何がいい?』だったっけ。あの後沢井さんに見つかって、そのまま返事を忘れていたなんて口が裂けても言えない。


「あー、何でもいいや、思い浮かばない……」

「もう! その返事は困るからやめてっていつも言ってるのに!」


 日向はグーで僕を殴ろうとしてくる。これは本気だ。沢井さんのように動かすだけではないことは分かる。


「やめて! グーで殴るのはやめて! 考えるから!」

「もう……ほんとに考えてよ?」


 なんとか殴られることを回避した僕は、麦茶をコップに注ぎ一気に飲み干す。そして夕飯のことを考えてみるが、何も浮かんでこなかった。


(ダメだな……夕飯のメニューが思い浮かばない……)

「……何も思い浮かばないって顔してるね」


 日向に心を読まれたようで、ビクッとする。


「あ、いや、そんなことは……あ、そうだカレーにしよう」

「お兄ちゃん、いつも困ったらカレーに走るんだから、もう!」

「やめて! また殴ろうとするのやめて! 簡単だし美味しいし最高じゃないか」

「まぁ、そうだけど……」


 殴ろうとする日向を必死で押さえて、僕は話を続ける。


「やっぱ、日向のカレーが食べたいなー……あはは、はは……」

「何で最後途切れがちなのか分からないけど、分かった! 今日はカレーにする!」

「やったー!」


(このテンションすごく疲れる……よく平気だなこいつは)


「ん? 何か言った?」

「い、いや、なんでもないよ」

「そう、じゃあ一緒に買い物行こ♪︎」

「そこからだったかぁーーー!!」



 * * *



「あのさぁ……」

「ん? どうしたの?」

「その……歩きづらいんだが?」

「いいじゃん、可愛い妹とお買い物デートだよ? もっと喜んでくれてもいいのに」

「あ、そ、そうか、あはは……」


 僕の右腕に抱きつく妹。中学二年にもなるのに未だに兄と手を繋いだり、腕に絡みついたりと、傍から見たらカップルのようなことを平気でしてくる。これは一般的に言うブラコンってやつだろうか。いや、よく分からないけど。どこの小説か漫画の世界だ。


「……チッ」


(……今通りすがりの男の人に舌打ちされなかった!? 残念ながらこれは妹です。彼女じゃありませんのでお許しを……)


「なあ、やっぱり歩きづら――」


 なんとか日向に離れてもらおうとしていたその時、僕の視界にある人が飛び込んできた。


「――やべっ!」


 僕はとっさに日向の後ろに隠れる。日向と僕は20センチくらい身長差があるので、少し膝を曲げて屈むような体勢になった。


「え、ちょ、何してるの?」

「しっ! 静かに……」


 僕たちのそばを金髪の女子が通り過ぎていく。こちらには気づいていない様子で、そのまま僕たちが来た道を歩いて行った。

 すれ違ったのは、沢井さんだった。


「あの人、知り合い?」

「あ、うん……まぁ、同じクラスの」

「ふーん……なんだか怖そうな人だね」


 また沢井さんの鋭い目つきを思い出してしまった。


(あれ? 沢井さんの家ってこっちなのかな……いや、そんなこと知らないけど……)

「ねぇ、話しかけてみようよ」

「え、ちょ、やめろ! そんなことしたら手とか繋がないぞ!」

「ふふ、嘘だよー。じゃあ行こっ」


 日向はニコッと笑って、また僕の腕につかまってきた。


(しまった……余計なこと言ってしまった)


 もう疲れた。今日は早めに寝てしまおうと僕は誓った。

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