第3話「従うしかない」

「明日の昼休みも、ここに来い」


 沢井さんはそう言うと、教室の方へ戻っていった。


「え、あ、それってどういう……」


 僕が話しかけても、振り返ることはなかった。


(どうしよう、これって……呼び出し? いや違うな、目の前で言われたわけだし……カツアゲ? 締め上げ? 集団リンチ? いやどれも違う……)


「おーい、日車!」

「あ、ひゃ、ひゃい!」


 急に名前を言われた僕は慌てて返事をしたが、変な声になってしまった。


「ボーっとしてどうした? 授業中だぞ? 続きを読んでくれ」

「あ、は、はい……」


 昼休みのことを考えていたら、先生に呼ばれたことも気がつかなかった。周りのクラスメイトからのクスクスという笑い声が刺さる。またやらかしてしまった……。


「オーケー。それじゃ今のところを解説するぞー」


 読み終わった後に沢井さんのほうをチラリと見たが、ボーっとしているようでこちらには全く興味がない様子だった。まだ口元が腫れているようにも見えた。


(明日の昼休み……か)


 なぜ沢井さんが明日も来いなどと言ったのかは分からないが、いい場所も見つけたし、ここは従っておこうと心に決めた。



 * * *



「おっす、帰ろうぜ」


 終礼後、そう声をかけてきたのは、後ろの席の火野だった。

 火野ひの陽一郎よういちろう。クラスで僕に気軽に声をかけてくるのはこいつくらいだ。火野は中学の頃からの知り合いで、スポーツが得意な熱い男。中学の頃はサッカー部に所属していたが、足の怪我が原因で今は僕と同じ帰宅部だ。


「さっきはどうしたんだ? なんかボーっとしてたみたいだが」

「いや……なんでもない」


 火野には沢井さんのことを話してもいいかなと思ったが……


(そっか、見てたのか……誰にも言うなよ?)


 あの時の沢井さんの鋭い目つきが忘れられず、言うのはやめた。


「そうか、まあいいや。それより、さっきの授業でわかんねぇとこあったんだけど、今度教えてくれねぇか?」


 火野はスポーツ万能だが、勉強の方はいまひとつだ。中学三年の夏に、「俺はお前と同じ高校を受験する!」と言い出した時はびっくりした。うちの高校はそこそこの進学校だが校則が緩めで、生徒からの人気も高い。火野はなぜ僕と同じ高校にしたのかは分からないが、その時から猛勉強し、なんとか合格することができた。


「……ああ、いいよ」

「よっしゃ! テストも近いから、一応頑張っておこうかと思って」


 あの時の猛勉強を思い出せばいいのではないか? と思うが、あまり言わないことにする。高校に入って初めてのテストが近い。僕も頑張らねば、と思った。


「そういえば、沢井の顔見た? なんか口元が赤いというか腫れてるというか、そんな感じしたんだよな。制服もなんか汚れてたし」


 急に沢井さんの名前が出てきて、ビクッとしてしまった。いや大丈夫だ、火野には何も言ってない……。


「え、そ、そうなのか? 見てないが……」

「そうか、俺の気のせいかな」


 昼休みに笑っていた沢井さんを思い出す。


(沢井さんも笑うんだな……しかもけっこう可愛――)


 その後の鋭い目つきを思い出し、ブルンブルンと首を振る僕だった。

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