第2話「約束」
「あ、あれ――」
「あ、お前――」
体育館の陰に隠れていたつもりが、スマホの音が鳴るというある意味奇跡が起き、気づかれてしまった。もうダメだと思って出てみたところ、そこには見覚えのある女子が立っていた。
「――誰だっけ?」
見覚えのある女子は少し首を傾げながらそう言った。
「え? あの……
「日車……? あれ? そういや……」
下を向いて右耳の後ろあたりをかく目の前の女子。どこからどう見ても同じクラスの沢井さんだった。
「日車……団吉……?」
「そう、日車団吉……って、なんでフルネーム?」
「日車……団吉……ふふっ」
僕の名前をつぶやいて、沢井さんはクスクスと笑い始めた。
「え、あ、何か面白いこと言った……っけ?」
「ふふっ、ごめん、入学した時の自己紹介思い出して……」
「……あ、ああ……」
この高校に入学してすぐの時、ホームルームでクラス全員短い自己紹介をすることになった。僕は普通に自分の名前を言ったつもりだったのだが、
「ひ、日車、だ、団吉です……よ、よろしくお願いします」
と、こんな短い言葉の中で三回も噛んでしまった。名前が変わっているからか、噛んだからかは分からないが、クスクスと周りから笑い声が聞こえてきた。でも名前で笑われるのなんて今に始まったことではない。幼稚園の時からずっと笑われてきた。
「ふふっ」
沢井さんも笑っている。またか……という気持ちになった。
(あれ? でも笑っている沢井さん、けっこう可愛――)
「――何見てんだよ」
ふっと笑いをやめ、沢井さんはそう言ってこちらを睨んできた。
「あ、ご、ごめ――」
「いや、ごめん、私も悪かった。急に笑ったりして」
「……え?」
急に謝られたので、びっくりしてしまった。沢井さんも謝ったりできる人なのか……。
「――で? さっきの見てたのか?」
「あ、いや、その……」
(……あれ? でもよく見ると沢井さん、けっこう可愛――)
「――どうなんだよ?」
こちらの様子を覗き込むように、沢井さんは僕に近づいてきた。やばい、こういう時どう返事したらいいのだろうか。ヘタに嘘をついたら後で殴られるかもしれない。いや、本当のことを言っても殴られるかもしれない。
「あ、ごめ……ん、見るつもりはなかったけど、そこでお弁当を食べようとしていて……」
「……そっか」
沢井さんは左腕をゆっくりと動かし始めた。まさか僕を殴ろうとしているのか――
「いてて、あいつら……」
……僕を殴るためではなく、蹴られた左腕の状態を確認するための動きだった。まだ痛みはあるらしく、沢井さんは顔をしかめる。
「あ、大丈夫……? 口に血が……」
「……大丈夫だよ」
沢井さんは右手で口を拭う。でも思いっきり蹴られたように見えたが、本当に大丈夫なのだろうか。
「そっか、見てたのか……誰にも言うなよ?」
「あ、は、はい……」
睨まれて思わず敬語になってしまった。誰かに言うと今度こそ殴られるかもしれない。
「それと……」
沢井さんはパンパンとスカートについた汚れを落としながら、こう言った。
「明日の昼休みも、ここに来い」
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