第15話
「──魂を無垢に器を無に 邪を払い我を注ぎ直せ
聞き馴染みのない声がどこからか朗々と響いた。その直後、修治の胸から透き通った六角柱が──透明な水晶が勢いよく生え出た。いや……貫いた、のだろうか。魔女の宿った修治の上半身は大きく仰け反り、あまりの衝撃に目を大きく見開く。
「が……ッ⁉︎」
だが、不思議なことに修治の身体から血は一滴も出ていなかった。それを見て虎嗣は、心臓を貫いていてもおかしくない位置を自ら狙っておきながら、この水晶の射手は無血の功労者を名乗るかもしれない、と嫌な予感を覚え始める。それもそのはず、修治の背後から──事務所の扉があった部分から優雅に姿を現したその人物は、魔術師でも魔女でも店の客でもない。この店と家の主である、諏佐三津丸だったのだから。
「は〜いどうも、魔女の末裔改めみんな大好き言霊師のご登壇でーす! 拍手でお迎えくださ〜い」
ぱちぱちぱち、と自分の拍手だけを三回響かせ、三津丸はふうと気怠げに息を吐いた。
「それにしてもヒドいね、こりゃ」
修理費用でビルが一棟建っちゃいそうだよ、と、本気とも冗談ともつかない軽さで言う。
そんな三津丸を見上げた魔女が、修治の瞳と声帯を驚愕の色で震わせた。
「そんな馬鹿な……! あ、貴方は……まさか、あ──」
「玻璃」
魔女の言葉を遮って、三津丸の口から圧縮された呪文が飛ぶ。その瞬間に修治の額に新たな六角柱が貫通した。魔女は口を開けたまま声を失い、全身から脱力して項垂れる。
「…………テメェ、仮にも自分とこの魔術師を……!」
「別に殺したわけじゃないって。……嫌いすぎて全く知ろうともしないってのも、ちょっと傲慢なんじゃない? 言霊師ってのは言葉で石の魔力を補完するんじゃない。石がもともと持つ魔力で、自分の言葉を強化するんだよ。相乗効果狙ってんの。俺たち言霊師は言葉で宝石を使役するんじゃなくて、言葉そのものを使役する存在なの。魔術師と違ってね。だからあんたたちに見えてんのは宝石じゃなくて言葉なんだ。宝石という姿形を借りて現実に縛りつけた言葉そのもの。修治さんには傷一つついてないよ。……つけるわけないじゃない、傷なんて。修治さんは俺の大切な人だ。誰にも渡さないし触れさせない。傷つけた奴は残りの一生捧げたって許さない」
そう言った三津丸は修治の傍らに膝をつき、疲弊した身体を労るように抱きしめた。上半身の輪郭を指先でゆっくりと撫で上げ、やがて項垂れた顎を左手が持ち上げる。
それから耳元に顔を近づけ、三津丸は言った。
「──たとえ精神に巣喰った魔女でもね」
「っ…………!」
修治の表情が途端に青ざめ、忌々しげに唇を噛む。三津丸を睨みつける双眸には未だに闘気が宿っており、確かに修治のする表情ではない。
「気絶を装おうったってそうはいかないんだから。魔女を沈めるのに必要なだけの力はまだ使ってないよ。あと一発で落ちるってとこでしょ?」
「貴方……一体なんだっていうの……⁉︎ 第一、この男の身体を明け渡したのは──」
「じゃあ取引といこっか、竜胆家のご兄弟」
三津丸が慣れた手つきで修治の口を塞ぎ、卯条たちに視線をスライドさせる。
「見ての通り、修治さんの身体にはまだ魔女の意識が宿ってる。それで俺は今すご〜く悩んでるんだよね〜。……この水晶を全部抜いちゃうか、もう一発ぶち込むか」
三津丸は口を塞いでいるのとは反対の手で、修治の額に生えた水晶を掴んでみせた。指先で六角柱をネジのように回転させたり、緩く抜いたり押し込んだりする。
「抜いたら魔女の無力化もほとんど解けるだろうね。魔女っていうのはわかりやすい人が多くてさ、コケにされたぶんだけ逆上するよ? たぶんだけど。昂ぶった感情のぶんだけ魔力は膨れ上がるだろうし、目についた人間は見境なく攻撃しちゃうかも。なんでかわかんないけどそっちお得意のアーティファクトは通用しないみたいだし、自分たちだけ逃げるのでも大変かもね」
「……脅しは結構だ。要求をはっきりさせろ」
「訊かなくたってわかってるでしょ次代当主。……ここから大人しく立ち去ってよ。二度と襲うなって言わないだけでも俺の優しさだよ? もっとおまけしてこの部屋と俺のアーティファクトも元通りに片付けなくてもいいことにしちゃう。……だから全部置いてってよ。文字通り、全部ね」
三津丸は水晶で遊ぶ手を止め、自分の耳たぶを指でトントンと叩いた。
「……おい、それって、」
卯条のアーティファクトも置いていけ、と三津丸は言っているのだ。無論、全部と言っているからには虎嗣のアーティファクトも頭数に入っているだろう。だが、自分のなんてこの際どうでもいい。なんなら三津丸だってそのつもりだろう。最大の価値があるのは卯条のアーティファクトなのだ。
「渡せるわけねぇだろ! 兄ぃのアーティファクトは、一族の──」
「待て。虎嗣」
卯条が手で虎嗣を制止する。兄の指示である以上、虎嗣は口を噤むほかない。
「だが解せないな。魔女を解放すれば貴様も魔女の怒りに巻き込まれることになる。無論我々も、魔女に攻撃を仕掛けられればその男の身体ごと魔女を攻撃するほかない。貴様とて脅されるだけの弱みは持っているのだ、その要求は対等とは言い難い」
「あんたたちが魔女との戦闘を選択するなら、俺はあんたたちの攻撃から修治さんを守るし、魔女の攻撃から自分自身を守ってみせるよ。それで、あんたたちが死んだ直後に水晶を三発入れて魔女から修治さんを救い出す」
「理想論だな」卯条は鼻で笑った。「口ではどうとでも言える。今ここで己が力を証明できないのなら、貴様は交渉のテーブルに着く資格すらない」
「証明かあ。……じゃ、こういうのはどう?」
三津丸はわずかに視線を彷徨わせたのち、卯条を指さして好戦的にこう告げた。
「もうめんどくさいから今ここで、あんたたちも魔女も全員殺すってのは」
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