第13話

 ──魔女の末裔の半身が魔女。

 出来すぎた偶然だった。もはやそれは運命と呼ぶべきで、運命ならば偶然などではなく必然だ。

 そして、だからこそ納得できる。三津丸がこんな修治をそばに置いた理由が。……自分が今、ここにいてこんな目に遭っている摂理が。

 全ては共有するためだ。もとは一体だったはずの生物として、共有して然るべきだった。食も住処も、痛みさえ。


 目を覚ました修治の視界に真っ先に飛び込んできたのは、天井が崩壊し、瓦礫が二階の床を打ち壊した、居住スペースの惨状だった。それを見た瞬間に、修治は自分自身の無力を悟った。

 マモルくんが三津丸の手によって作られ彼のそばに置かれていたのは、彼らに「アーティファクトを守る」という使命があったからだ。であるならば、罪を犯したにも関わらず──三津丸が愛するものを傷つけそうになったにも関わらず彼の寵愛を受けることになった修治は、何を報いとして三津丸に捧げるべきなのか。

 ──そう考えて修治が出した結論が、「彼の居場所を守ること」だった。

 帰る場所をなくした人間が、帰る場所を失った人間に対してできる最大限の愛情表現が、それだった。同じ傷を抱えた人間だからこそ、修治は三津丸にそうしてやりたかったのだ。

 そのために勇気を出した。そのために戦った。

 でも、力及ばなかった。

 その事実が修治にとって最も悲しく、ショックだった。

 だが。

『兄ぃ。こいつぁおそらく魔女だ』

 最初は驚いたし拒絶した。だが、時間が経つごとに自分でも不思議なほど腑に落ちた。口から胃の中へ、するすると小さな蛇が踏み入って住み着くようだった。

『でも悪ぃが確証はあるぜ。こいつ異様にアーティファクトの扱いが上手い』

 ああ、そうだったのか。

『雰囲気も今とまるで違う。明らかに人格が変わってた。……こいつの中には確実に何かいる』

 私は魔女だったのか。私の中には、魔女が──

 涼やかだが容赦のない、鋭く攻撃的な音色が響いて、修治の目の前に青く透き通った刃が突き立てられる。殺されるのか、と思った。……私が魔女だから。

 虎嗣の足が修治の前に躍り出る。何か言い争っている──というほどではなさそうだったが、話の内容に耳をそばだてるだけの気力がなかった。

 ──その時、修治の目の前にぽとりと、白い球体が落ちてきた。さして音が響かなかったのは、その玉が何か毛羽立った羽毛のようなものに覆われていたからで、かろうじて残った天井から落とされたであろうそれが竜胆兄弟に見咎められなかったのは、兄である卯条の前に立ちはだかった虎嗣が、その球の落下自体を隠したからだろうと思われた。

 いずれにしてもバレなかったのは全部偶然で、その偶然に乗じて、修治のもとにその白い球は届けられていた。

 修治はそっと天井を見る。天井の影には見覚えのある大きな蜘蛛がいた。

 生き残っていたのか、と感心する。だが、違うとすぐに気づく。機械は命令に忠実だ。アーティファクトを守るために駆り出されたなら、その身体が粉々に砕け散るまで戦うのが機械だ。

 ……ならば。

 この一匹の「マモルくん」は、アーティファクトを守るために遣わされたわけではない。恐らくは新しい個体だ。諏佐三津丸によって新たに派遣された一匹だ。

 つまり、三津丸はまだ生きている。無傷かはわからないが、修治のもとにこの一匹の蜘蛛を送り込むことができる程度には、あの男は健在なのだ。

 修治がそう確信した矢先、蜘蛛が天井から八本の脚を離し、落下してくる。修治がその存在に気づき、驚いて声を出さないことを前提とした動きだった。蜘蛛は謎の白い球体と同じように虎嗣の体躯に隠れて真下へと落ちる。しかし、その落下地点は白い球体には重ならない。

 マモルくんが着地したのは、横向きに床に転がされた修治の頬の上だ。カサカサと器用に脚を動かし、修治の耳元へと近寄る。

 そして、蜘蛛型の機械は三津丸の声で囁いた。

「──虚実を見抜け 鎖を放て 導けまっくらウサギ穴 その名は白きラビットテール」

 どくん、と心臓が鳴った。甘くのびやかなテノールが鼓膜を伝って脳を浸食し、修治の意識ごと身体の自由を呑み込もうとする。

「……ぁ、あ……?」

 まるで耳から注入された劇毒だった。……脳漿がどろどろに溶かされていく。気持ちが悪く心地よい、矛盾した酩酊状態。視界が歪んではチカチカと明滅を繰り返す。

「なに……これ、」

 肺の中で、心臓の内側で、腹の奥底で、黒い靄が渦を巻く。その存在を主張し、修治の全身を内側から圧迫している。

「苦、し……たす、け、」

 吐きそうになって、正しい呼吸のしかたを忘れた。身体の中心から徐々に靄が結晶化し、黒い羽毛となって血流と酸素を止める。霞む意識の中視界に入ったビロードの白い球は、いつの間にか暗黒に染まっていた。

「諏佐さん──」

 指先まで、暗闇に凍る。

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