第4話

「アーティファクトってのは火刑に処された魔女の怨念だからね」

 三津丸が言った。その声に手を引かれるようにして、修治の意識は拳銃の中から現実へと浮上する。

「そういう負の感情? 怨みとか怒りとか悲しみとか──それ以上に鮮烈で人を惹きつける感情ってないでしょ? だから所有者が呑み込まれちゃうんだよ。宝石の──アーティファクトの美しさってやつにさ」

 三津丸は修治の抱えるボストンバッグを指し示した。

「要はね、今のお兄さんはそのハンドガンの言いなりだし、宝石の虜なんだよ。ちょっと過剰な感情に取り憑かれてるってこと。だから換金の手間とリスクを顧みずに銀行じゃなくて宝石店を襲撃するし、最初は奪おうとも思ってなかった宝石たちを持ち逃げしようとする」

「…………へ」

 ああそうだったのか、と危うく丸め込まれかける。まんまと頷いてしまう一歩手前で、修治は引っかかった違和感に内心で首を振る。驚愕に変な声が出た。

「……な、な、なんで……知ってるんですか」

「んー? 何が?」

「だから、私がその……盗もうとも思っていなかったって……宝石……」

「ああ、それはねー。……勘」

「勘」

 思わずおうむ返しした。思わせぶりな間を取った後に、そう清々しい笑顔を向けられると、もう唖然とするほかない。

 ──と、思ったのも束の間。

 清々しさが得意げにすり替えられた三津丸の笑顔が、すぐ目の前に移動していた。

「……ってのはうっそ〜。言ったでしょ? 俺もアーティファクトの〈処理〉くらいできんだってさ」

 ニコと笑った三津丸の手の中から、何か赤い粒が飛び出す。お手玉のように真上に放り投げられたそれは、宝石店に取り付けられたシャンデリアの煌びやかな光を乱反射して、修治の目を眩ませた。

「──真実を射止めよ 柘榴石」

 三津丸がそう呟いた途端、修治の右手にわずかな衝撃と重みがのしかかった。……痛みはない。が、修治は反射的に自分の手元に視線を移す。

 修治の持つ拳銃に、赤く輝く矢が突き刺さっていた。貫通して露わになった矢尻と羽の部分は丁寧に研磨された宝石のように繊細な鏡面を持っており、複雑な光の反射を生み出している。

 綺麗だ、と思った。体感で数秒、目を奪われていた。だが、祖父の形見──元は祖父の形見の形をしていた拳銃がその矢の攻撃対象ともなれば、暢気に見とれてなどいられない。それどころか、矢は既に拳銃を貫通している。素人目に見ても、拳銃として正常に機能するとは思えない。破壊された、と直感し、血の気が引く。

「な……」よろよろと後ずさりながら、修治は呻いた。「なんてことを……」

「あー、大丈夫大丈夫。ほら見て」

 動揺を隠そうともしない修治の心情を無視して、あっけらかんと三津丸が言った。言葉につられて自分の手元を見直すと、拳銃はいつの間にか元の姿に戻っていた。黒い石のブレスレットが、本物の数珠の使い方そのままに、修治の右手に引っかかっている。

「へー。ブラックダイヤモンド? これだけ大きいのがたくさん連なってたらヘマタイトかな」

 三津丸が修治の手ごとブレスレットを手に取り顔を近づけるので、修治は「へあ」と変な声をあげた。三津丸は背も高いしスタイルもいいし、何より飾らない美しさがある。テレビや雑誌を含めて、修治はこれだけ見栄えのする男を見たことがない。まるで妖精か何かのようだ。もしそうだとすらなら……やはり宝石の妖精だろうか。

「あ、磁石くっついた! やっぱヘマタイトだねこれ」

 修治が三津丸の顔から目を逸らしたりもう一度見たりと不審な挙動を繰り返している間に、三津丸はやたらポケットのついたジャケットから磁石を取り出して、修治のブレスレットに近づけていた。決して似合っていないわけではないのだが、存在自体がひとつのジュエリーみたいな華やかな印象を持つ三津丸に、どこか探検家じみた雰囲気のあるブッシュジャケットは浮いて見える。外見と一致しない奔放な振る舞いといい、他人からどう見られるかにはあまり頓着がないのかもしれない。……自分のことを宝石商だと言っていたが、それで果たして客からの信用を得られるのだろうか。懐に入り込むのは上手そうな気はするが。

「ヘマタイトは鉄の成分がたっぷり入って血にいいんだよ。すり潰して粉にすると赤くなるし、薄くスライスしても赤くなる。鉄分と血の赤色でパワー倍増ってわけ!」

「なんか健康食品の営業みたいになってますけど……」

「営業なんてとんでもない! ……むしろ俺は、お兄さんにこのヘマタイト、譲ってほしいと思ってるんだけど」

 三津丸は握った手を離さずに、絡め取るような視線で、修治のことを見つめていた。

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