好意が見えるようになりました。

ひなみ

本文

 ある日突然、人の頭上にでかでかと数字が浮かぶようになった。

 とはいえそれは見えたり見えなかったりするようだ。その異変に気付いた翌日、すぐに眼や脳の病気などを疑い近くの大学病院で診てもらった。けれどこれといった異常は見当たらなかった。


 それでも最近わかったのは『直接触れた人物の頭に数字が表れる』ということ。

 そして一度触れてしまうと、それは表示され続け消えることがなくなる。

 試しに母親は『70』。父親は『60』。妹は『-10』。この値は日によって多少前後することがある。特に中学生になったばかりの妹の数字は乱高下らんこうげする傾向にあるようだ。

 一体何を示しているのかは一月経った今も不明なまま。それでも特に困ったことはないようなので放置をしていた。


***


 いつもの昼休み、この屋上で昼食をとる生徒はほとんどいない。


「リアルでも好感度が見れたらいいのにな。なあ、祐樹ゆうきもそう思うだろ?」

 右隣に座った一真かずまが同意を求めるように顔を向ける。

 彼の数値は『50』。


「出たなこのギャルゲ脳。お前はアホなことばっか考えてないで、リアルの女の子でも攻略してみろっての」

「んだと!? 余計なお世話だボケ! クソが。――あーあ、お前はいいよなぁ」

 この瞬間数値が動いて『45』。


「どういう意味だよそれ」


「まあまあ。目的がどうあれ、それが視認できたらできたで便利そうだよねー」

 と、左隣から声が聞こえる。


つばさはさ、なんでいつもそんなに近いんだよ」

「そうかなー。もしかしてボクの距離感っておかしい?」

 数値は『90』。知りうる中で一番高いようだ。


「いや……おかしいとまでは言わないけどさ。まあいいや、とりあえず飯でも食おう」

「じゃあ、食べさせてあげようか? はい、あーん」

 翼は自分の弁当箱の卵焼きを箸でつかむとくすくすと差し出す。

「うお! 翼が女の子だったらよかったのにな、祐樹!」

 一真がそれを茶化しておおげさに笑う。


「うるせー、黙ってろバ一真かずま!」

「んだとぉ!?」

「まあまあ、二人とも落ち着こー?」


 こうして騒がしく昼は過ぎていった。


***


「どいて、邪魔」

「あ、ああ……悪い」


 隣の席の『氷の女王』と噂される氷室杏奈ひむろあんなは、俺を一瞥いちべつすると音も立てずに着席する。

 一見して整った顔立ちだが目つきはあまり良くはない。いや、かなり悪い。彼女はいわゆる三白眼さんぱくがんなのだろうか。正直背筋が凍るような視線はゾクゾクとしてたまらない。

 その彼女からはいつも感情を読み取れず、何を考えているのかわからないところがある。勝手な想像ではあるがきっと親しい人間は少ないだろう。


「ねえねえ、祐樹君」

 前の席からの声に顔をあげる。


「えーっと……」

「もー、いい加減名前くらい覚えて欲しいんだけど? 各務かがみだよ。各務ひなた」

「あはは……本当ごめん。物覚えが悪くてさ。それで何か用?」

「さっきの授業寝てたよね? どうぞ。これ、よかったら使って!」

 彼女からノートを差し出された。この子は随分と可愛いらしい文字を書くんだな。それをじっと見つめていた。


「あー……余計だったかな?」

「あ、いや。貸してもらおうかな」


 ノートを受け取ろうとした瞬間手に触れる。『75』。


「あっ……! ごめん。返すのはいつでもいいからね」

「助かるよ、ありがと」



 これらの謎の数字について一つ仮説を立ててみよう。

『相手にとっていい行動を取るとプラスされる』


『-10』だった妹にプリンを与えてみる。するとどうだろう、『10』に転じた。調子に乗って2個目を与えると『20』に。3個目を与えると『30』にまで上昇した。だがそれ以上は彼女が嫌がり始めたので、どこまで上がっていくのかは結局不明のままだ。

 同じように両親に対しても家事を代わったり退屈な趣味に付き合ってみる。だが、こちらは一つも上がることはなかった。

 もしかすると個人によって上限のようなものがあるのかもしれない。あるいは、それが当人にとっては気に入らない行動だったのか。

 いずれにしても確証は得られず終いだ。


 それでもどうしてもこの裏付けをしたくなり、差しあたっては打ってつけの人物がすぐ近くにいる。


 ある日の朝。

「各務さん、おはよう」

「あっ! 名前覚えてくれたんだ、祐樹君!」

 数値は『75→76』。


 昼。

「各務さん、この間のノートのお礼。よかったら食べてね」

「え……。いいのこれ? ありがとう!」

 数値は『78』。


 美術の授業。

「ねえ、祐樹君。一緒にさ」

「あ……ごめん。犬飼いぬかいさんと組むことになっちゃっててさ」

「そっか……」

 数値は『77』。


 下校時刻。

「今日は本当ごめんね。部活頑張ってね各務さん!」

「やだなぁ、気にしないでよ。じゃあいってきまーす!」

 数値は『79』。


 数値の上がらない例外は気にはなるものの、現時点では思った通りの結果が出ている。


 それにしても、どうも各務さんと話していると隣からの咳払いがよく聞こえる気がする。まあそれは考えすぎなのかもしれないが。

 ただその時々に向けられる、ゴミを見るような視線の強烈さはさすが『氷の女王』といったところだろうか。半端のない緊張感にと産まれたての子鹿のように身震いをする。


 それから三日ほどが経ちついに思うようになってしまった。

 知りたい。

 氷室杏奈に怖いもの見たさで触れてみたい。当然いきなり触るのは変質者以外の何者でもないから、限りなく合法的にそれとなくさりげなく。

 いや、なんでもいいから触れてしまいたい。


 数値は確実にマイナスになるのは間違いない。これまでのマイナス方向の最高記録が妹の10だから、そこからかんがみても100くらいは軽く突破をするだろう。

 確実に嫌われているという現実から思い切り目を背けながら、むしろそれがどこまで突き抜けるか楽しみになってしまっている。


「……なに?」

「いや、なんでも?」

「だったらこっち見ないでよ。……キモ」


 彼女からそっぽを向かれる。

 窓の外を見るフリをしてちらっと様子を伺っただけでこれだ。


「祐樹君……? 最近どうしたの?」

 各務さんはこちらを見ていた。

「……え。いや、普段通りだよ」


 あくる日もあくる日も、氷室さんの隙を伺うように行動をする。

『落とした消しゴム拾うよ作戦』『糸くずついてるよ作戦』『プリント足りないから頂戴作成』『腕相撲勝ったら今日はいいことあるよ作戦』。

 仕掛けたのは以上だ。


 けれどそのすべては失敗例として記憶の彼方かなたへと葬り去られていった。もうこれ以上は思いつかない。それは終わりを意味する。ここで万策は尽きたのだ。


 そんな中、幸運の女神という物はいるわけで。まるで力を貸すようにやってきたのだ。


「祐樹っちってめっちゃ手ぇ、でかくね? ほらほら、すっげー!」

 殆ど接点のなかった同じクラスの笹山ささやまが手の大きさを比べてきたのだ。まさしくコミュ強の塊のような女だ。

 一方、氷室さんからの刺すような視線はいつも以上に突き刺さり痛い。どうしてこういう時だけこちらを見ているのか。これがわからない。


 すると、笹山は突拍子もないことを言い始める。

「じゃあ次は祐樹っちと、隣の氷室ちゃんの手の大きさ比べてみてーな! いいよねお二人さん?」


「いや、まあ。いいけど」

 隣の反応だけを意識下に置いたまま答える。

「……好きにしたら」

「じゃあオッケーってことで!」


 思わぬ展開で手を合わせることになった。氷室さんがあっさりと応じたのは意外ではあるが、これが好機と見るのがいいだろう。

 サンキュー笹山。


「ひゃー! てゆか氷室ちゃん、手ぇ、クッソちっちぇー! クソ可愛かわを極めすぎちゃん!」

「あれ、俺は?」

「あ、ごめん。正直フツーだったわ」


 そういったサプライズ的なイベントもあってせずして知ることになる。


 氷室杏奈の数値は『100』である。


 待ってくれ。おかしい。何かの間違いだろう。もしかするとバグのようなものが起きているのかもしれない。


 そしてすぐに騒動の主は他の席へと去っていく。


「ごめん。俺なんかとじゃ迷惑だったよね」

「別に……?」

 氷室さんはきっと気づかってくれているに違いない。


 もう人を試すような真似はやめよう。その数字が仮に予想通りものだったとしても、それにもとづいて行動するのは人として最低なのは間違いない。


「あのさ、氷室さん」

「なに?」

 いつもどおりの冷たい目線に萎縮いしゅくする。手の震えと冷や汗とドキドキと手汗がとまらない。

 ごくりと唾を飲むこむ。こんな気持ちは生まれて初めてだ。


「め、迷惑じゃなければ、もっと仲良くなりたいって思っててさ。これから話しかけたりしてもいい……?」


「……うっざ。消えて。――まあ、勝手にすればいいんじゃない?」

 表情を変えずに無言で出て行く彼女の背中を、ずっと目で追いかけていた。

 やっぱりダメなのかもしれない。


 それでも頭上の『150』だけがどうしても脳裏に焼きついて離れなかった。

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