第54話 選択肢37ー2どうしても歌を聞きたい(50話選択肢より)

どうしても歌を聞きたいと思った。


「それでも、聞きたいんだ。お願いだよ。リリィ」


「……」


説得を続けると、ついに、リリィが折れた。


「わかった。少しだけよ。小さな声で、少しだけ歌う」


リリィはそう言って、口を開いた。

唇から零れたのは、聞き覚えのある美しい旋律だ。

……讃美歌だ、と気づいた時、昔、田舎の村に住んでいた祖父に連れられて、粗末な教会に行ったことを思い出した。

子供の頃のことで、記憶も曖昧なはずなのに、大きな木の小屋にしか見えなかった教会の内部の様子をまざまざと浮かぶ。

そう、まるで、精巧に細部まで描かれた絵画のようだ。


その直後……。


『どうか、ウィルが、ウィルのままでいられますように』


「っ!?」


自分のものではない強烈な感情が、心を覆う。

思わずリリィを見ると、彼女は口を閉じ、自分の顔を両手で覆った。


「ああ。やっぱり……」


今度は、強い悲しみと絶望を感じて、俺は混乱した。

自分の感情である混乱と、自分の感情でない悲しみと絶望が混じり合って、どうしていいのかわからなくなる。


「混乱しているのね。ウィル。深呼吸して」


リリィの言葉に縋るように、俺は深呼吸した。


「お兄様のところに行きましょう。お兄様なら、誰よりもあなたの今の状態について理解している」


リリィに手を引かれて、俺は歩き出す。


……書斎に到着した。


「……」


書斎にいたオーナーは、リリィと目を合わせて肯く。


「少し、彼と二人で話をするよ」


「お願いします。お兄様」


リリィはそう言って、俺の手を離した。


「……」


そして、彼女は部屋を出て行く。

俺とオーナーは二人きりになった。


「歌を聞いたんだね」


「……はい」


「リリィから離れたら、君の心は君自身の物に戻る。娼館を出なさい」


「それは……っ」


「自分自身と恋愛をすることは、彼女は望まない」


「っ!!」


「君が特別だったのは、歌を聞かずに、歌を求めずに、リリィの側にいることを望んだからだよ」


「……っ」


そうするしかない。

俺の脳裏に浮かんだ、鮮やかな教会の景色と、あの頃、俺を愛してくれた祖父の笑顔を思う。

リリィの感情が薄れると、もう生きてはいない祖父に会えた喜びが蘇って来た。


きっと、リリィの側にいたら、また歌を聞きたくなる。

クライヴが異様にリリィに固執していた理由も、今ならわかる。


……娼館を出よう。


「……短い間ですが、お世話になりました」


俺はオーナーに、深々と頭を下げた……。


【END34 娼館を出る】

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鳥籠の鳥【男主人公編】 庄野真由子 @mayukoshono

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