第5話 選択肢5ー1「何も、出来ることは無いと思います」(4話選択肢より)
「何も、出来ることは無いと思います」
自分の無力さを痛感しながら、私は言う。
就職先が決まらなかった時も、親が資産家であるというだけで馬鹿息子の顔色を窺わなければいけない時も、悔しかった。
私は、何もできない……。
「無力なのは、悲しいことね。わたし、わかっていたはずなのに、酷いことを言ったわ」
「……」
「わたし、あなたに出来ることを思いついた。ねえ。下を向いて、目を閉じて」
カナリヤは、私に同情しているようだ。
私は、言われた通りに目を閉じた。
……鼻腔をふわり、と花の香りがくすぐる。
目を開けようかと迷ったその瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
「……っ」
「……」
……花の香りが、遠ざかる。
「目を開けて」
「……」
カナリヤに言われて目を開けると、彼女は薄布の向こう側に姿を消していた。
彼女の影が、揺らめく。
「約束は守るわ」
彼女がそう言った直後、涼やかな鐘の音が響く。
「……もう、お別れの時間ね」
薄布の向こうで、彼女が言った。
その直後、扉が開く。
最初に部屋に案内してくれた、案内人が私の手錠を外した。
「お楽しみいただけたでしょうか?」
案内人に問い掛けられて、言葉に詰まる。
私は、どんな言葉を紡げば良いのだろう。
「……」
言うべき言葉を見つけられないまま、案内人に促され、部屋を出た。
……そして、私は娼館を後にした。
屋敷に戻った私は、カナリヤと会ったこと、彼女がクライヴを説得すると約束してくれたことをクライブの父親に報告した。
……そうすることしか出来なかった。
もう、彼女と私が会うことはないだろう。
唇に残る感触は色あせ、やがて、彼女の顔すら思い出せなくなっていく。
胸が締め付けられる思いも、きっといつか消えるのだろう……。
【END6 いつか消えゆく思い】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます