サイレン

里岡依蕗

KAC20223



 昔からよく予知夢を見ることがある。いい事も悪い事も。

 大体決まって忘れたくらいの時に、それが予知夢だった事が判明するので、家族からはデタラメと言われる。

 今回のことも、今思えば最近見た夢の一部のシーンの一部だった。怖くて避けていたのに、また現実になってしまったみたいだ。





 「浅尾さん! もうすぐ着くからね! もうすぐだから! 」


 ……何処かで聞いた声が聞こえる。甲高い声で、私を呼んでいる……


 意識が朦朧とする中、薄目を開けると、ぼやけながらも二、三人の青い防護服を着た人達と、すぐ横に目が曇るほど涙で顔を濡らして、私を右手を強く握りしめてた、担任の先生が見える。頭上では聞き慣れたサイレン音、横側からは車が走り去る音がせわしく聞こえている。

 「ぇ……? 」

 ……これは、どういう事か?……今、私は何処にいるんだ? 手から何か冷たい、ざらついた布の上にいる感触がする。サイレン……もしかして、これ、タンカ……か? 


 「あ! 手、手が動きました! あ、浅尾さんが! 浅尾さんが目を覚ましました! あぁ、良かった……良かったよおぉ! 」

 手を握っていた先生は、薄目を開けた私に気づくや否や、大粒の涙を溢しながら、手を震わせながら、悲鳴のような声で喜んだ。い、痛い……身体中が痛い……。声が頭に響いて余計に痛い……

 「先生、分かりましたから、もう少し声を抑えて下さい。頭に響きますから」

 「は、はい、すみません……。はぁ、よかった……」

 すぐ感情が昂るのがたまにキズな先生は、指摘された後からは縮こまって背中を丸めて黙り込んだ。


 先生に冷たい視線を送った青い防護服を着た男性は、こちらを見て、優しい口調で話し始めた。

 「……起きたね、今救急車の中です。病院に向かってます。返事できたらで結構です。本人確認ですが、浅尾柚希さん、で間違いないですね? 」

 「……はい、……ぅです」


 何だろう、何か違和感がある。前もこういうやり取りをした気がする。

 ……そうだ、少しずつ思い出した。


 「せんせ……」

 「ん……ん? 何々? 」

 呼びかけたのがびっくりしたのか、忙しなく瞬きをする先生は、今まで握ってくれていたこちらの手を離して、自身の両手を膝の上に置き、硬く握り締めた。姿勢を正すようにピンと背筋を伸ばした後、体ごとこちらに寄せながら耳を傾けた。

 「自分は、今日、何が、あったんですか……? 」

 「何がって? あ、覚えてないのね。ょ……浅尾さんはね、休み時間に一人で教室にいる時に、いきなり倒れたそうよ」

 休み時間に、一人でいきなり倒れた……。そうだったか? 確か……

 「休み時間、自分は……ずっと一人じゃなかった、と思います」

 「え? 」

 今まで黙って仕事に勤しんでいた救急車内全員の視線がこちらに向いた。先生の顔が少し引き攣った。やっぱりか、あれは予知夢だったのか。

 「今、頭が……あんまり動かないから、違ったらすみません。先生、後ろの扉から、入って来ませんでしたか? 」

 「……へ? い、いや、私は職員室にいたはずだけど? 」

 正直に言えばいいのに、やっぱり認めないのか……


 「そうでしたか? ……失礼しました。確か、後ろからハイヒールの音がして……自分の後ろに近寄ってきて、何かを振り落とされて……避けきれなくて、あたりが真っ暗になった気がするんです」

 一斉の視線が先生の黒いハイヒールに注がれた。

 「そ、そんな事があったの? 大変ね、そんな人がいるなんて」

 「……それで、意識が遠のく中で、高い声の女性が、ボソボソ言って走って行ったんです」

 「……」

 先生の声が、何も聞こえなくなった。やっぱり言わなきゃ良かったか。

 「……っていうシーンの後に、救急車で運ばれて、さっきみたいに話しかけられた夢を見た事があるんです。……やっぱり、気のせいですか? 」

 「き、気のせいよ! 何、私を疑うって言うの! そんな事するように見えるって言うの⁉︎ 心外だわ! なんなのよ! 」


 金切り声で弁解する先生は、ヒステリックと言う言葉そのままだった。

 先生はたまに、自分の都合が悪くなると、こういうふうに狂い出す。それさえなければ、いい先生ではあるけれど、それが大変ではある。

 「あ、お世話になっておりますー、すみません、一台お願いしてもよろしいですか? はい、一名です。先に、はい、よろしくお願い致します、はい、失礼致しまーす」

 ずっと横にいた青い防護服を着た男性が、何処かに連絡した。まるでタクシーを頼むような話口調だった。何処に架けたんだろう……


 これも確か、先生の金切り声でびっくりして、飛び起きた後に時計を見たら、まだ四時だったから二度寝した時に見たな……


 「先生、落ち着いて下さい。分かりましたから、一旦落ち着きましょう」

 「何よ! 落ち着けるわけ」

 「病院に着きましたから、とりあえず、落ち着いて」


 ようやく静まった先生は、恨めしそうにこちらを見た。

 サイレンが止み、車の後ろが開くと、今度は黒づくめの男性が立っていた。

 「荒木先生、こちらにいらして下さい」

 「私? 何で? 」

 「発見当時の話を伺いたいので、先に降りていて下さい」

 「……分かりました」

 顔の見えない黒づくめの男性に手を掴まれ、渋々先生は車から降りた。

 先生を降ろすと、黒づくめの防護服の男性は、すぐに車の扉を閉めて、またサイレンを鳴らし、車は動き出した。

 「さて、病院に急ぎましょうか、もうすぐです」



 ここまで夢と同じだと、気味が悪い。



 後日、先生は退職された。

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サイレン 里岡依蕗 @hydm62

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