番外編 ケンシ―再び戦う

シューベルトが居なくなってから、数年が経ち、僕は32歳になった。

昨年、JPマーガレット社で長年、研究畑を歩いていた御厨チーフアドバイザーが、社長になった。その煽りを受けて、僕は、取締役に抜擢された。

もちろん、マグマに耐える管の開発を目指している。

後、一歩というところまで来ている。

そんな前途洋々に感じていた、ある日のことだ。

『ボス、大変です。JPマーガレット社が敵対買収を受けてます。』部下の宮崎が、

私の部屋に飛び込んできた。

『まあ、落ち着け、今まで、監視はしてたんだろう?』僕は自分の言葉とは裏腹に、その内容を聞きたい衝動にかられた。

『はい、このところ、同じ5つの会社が、わが社の株を購入してたので、色々と探ってたんです。やっと、今回の買収を目論んだ黒幕が判明しました。カイザー・シューベルトという人物です。』

宮崎は続けた。『この業界では無名の人物ですが、ボス、ご存じですか?』

僕は、背中に冷たいものを感じた。

‘なんてことだ。ジュディも失い、シューベルトがやっとの思いで断ち切った流れはまだ、続いていたなんて。’

宮崎が無言で固まっていた事で、僕は自分の形相に気が付いた。

僕は我に戻り、早速、宮崎に指示を出す。

『現在の敵の保有株と現在の我が社が動かせるキャッシュの残高を確認を確認してくれ。』

『あっ、宮崎君!それから、今、評価損が出ない株式の銘柄と評価額、総額を知らせてくれ。それを先様に担保として、キャッシュをどのくらい融資してもらえるかを相談する時に使うデータに使う。いいか、トップシークレットだ。』と、宮崎に付け加えた。

宮崎が部屋から駆け出した後、僕は経理課の部長と銀行から入っていただいている取締役を呼び出した。

しばらくして、『ミスター、オオイタ。偉くなったもんだな。私を呼び出すとは?』

脂肪が服を着て歩いていると言っても過言ではない上席取締役ミスターベイカーが怒鳴り込んできた。

『ミスターベイカー、謝って済むなら、いくらでも謝ります。

これを見てください。ミスターは、把握しておられますか?』

僕はミスターベイカーの前に、敵対買収の可能性のレポートを出した。

『なんだ、これは、こんなもん知らんぞ。』

2分で、事態を把握したらしい。

ベイカーの表情が激変した。

『ミスターベイカー、これから、株の買い上げ合戦が始まります。資金の段取りはこちらでしますので、秘密裏に増資の提案を法律に基づいて作成してもらえますか?

御厨には私から報告します。もちろん、見つけたのは、ミスターベイカー、あなたです。』

脂肪の塊は身体を揺らしながら自室へと走って行った、レポートを握って。



 

僕はジュディの葬式の時の事を思い出していた。ジュディの棺に1人の白人がすがり付いていたことを思い出した。

‘そう言えばシューベルトに横顔が似ていたかもしれない?そうなると、ターゲットは、僕なのか。’

僕は一つ大きくため息をついた。さて、どうしたものかと考えているとデスクの内線が鳴った。

‘今日は、予定をキャンセルするように秘書課に伝えたはずだが・・・’

そう思いながら、僕は受話器を取った。

『大分取締役、すみません。アポイントをお持ちでは無いのですが、かなり強気な方なので、確認の連絡です。ミスターシューベルトと言えば、会いたがると言っておりますが・・・、如何致しましょうか。』私は少し考えてから、7階の応接室に通すように指示した。

7階は役員室しかなく、エレベーターも独立している。

だから、社内の人間にさえ、情報をシャットアウトできる。

私は自分の部屋を出て、足早に建物の反対側へ向かった。

御厨社長が就任後、まずとりかかったのはこの取締役階の応接室の工事だった。

エレベータ前が応接室の出入り口で他には行けない造りになっている。

反対の出入り口からは、取締役のフロアーに続く形だ。

だから、敵と1度も合わずに応接室に入れるのだ。

しかも、応接室は2室のみ、出入りも取締役で管理できるため、かなりのシークレットが担保されている。

そう、今回のシューベルトの父との面会をシークレットに僕はしたのだ。

もちろん、受付もそれを心得ている。

僕は応接室の扉を開き、ゆっくりと席に着いてから、ボタンを押した。

すると、受付係がノックをしてからすました顔で『取締役、よろしいでしょうか?』と扉を少し開いて言う。

『どうぞ。』と、私の声を聞く前に受付係を押しのけて、シューベルトの父:カイザーは入ってきた。

こちらの都合はお構いなしに、言いたいことを吐き捨てるの様に一気に言った。

扉が開いたままで、応接室の意味がなかった。

『ケンシ―、俺はお前を許さない。ジュディーとマクセル教授の仇を晴らすまで、

1mmたりとも、お前を許さんからな。俺は決めたんだ。お前を不幸のどん底に突き落とすってな!覚悟しやがれ。』

カイザーは言い終わるとハアハア言っていた。

受付係は慌てて、『警備員を呼びましょうか?』と言い出した。

私は穏やかに受付係に指示をした。

『大丈夫だ、僕もこのお客様に話がある。そのまま、その扉を閉めてくれ。それから、君は戻らずに応接室前で待っていてくれないか?』とだけ言った。

『ミスターシューベルト、あなたの恨みはよく解りました。5つの会社までは突き止めましたが、グレーなのが後3社。買収工作をしているようですが、失敗すれば、あなたが地獄を見ますよ。その覚悟はおありですか?それに、ミスターシューベルト、あなたは勘違いをしている。私はジュディを殺していない。そして、私はマクセル教授とジュディの2人から婚約の撤回を受けている。なぜ、私がジュディを殺す必要がある。・・・・。まあ、こんな話、今のあなたには聞けるはずがないですね。ただ、これだけの事をされてるんだ。いくらジュディの婚約者でも、許さない。以上です。』

僕は言い終わると、ボタンを押した。

表で待っていた受付係がノックの後、扉を開いて入ってきた。

僕の顔を見たまま、指示を待っていた。

『お客様はお帰りだ。』カイザーは受付係の所作も見ず、ズカズカと足音を鳴らしながら、エレベーターへと消えて行った。

僕は取締役室に戻り、カイザーに協力している株の買収者リストを見直した。

すると、リストの中から性格の悪いプレジデントの名を見つけてしまった。

通称サソリと呼ばれる男だ。

仕留めるタイミングを待ち、仕留めたら全てを換金してしまうハゲタカだった。

『宮崎君、仕事の追加だ。』宮崎の携帯に、彼が出ると、すぐに私は話した。

『ボス、聞きましたよ。ミスターシューベルトに会われたんですって、仕事が早いですね。』

私は宮崎の話に付き合わず、続けた。

『今回の目論見、サソリを中心にシュミレートしてくれないか?シューベルトは、変わっていなかった。あいつの企みではないと思う。』

『さすが、ボス。その線もまとめていたので、明朝までには、報告書を送れると思います。あっ、メールはダメでしたね。報告書は、シークレットを使います。』

宮崎の返事は明快だった。

‘この件が終わったら、昇進リストに入れるとするか!’

私は電話を切ると、御厨CEOにアポイントを取った。



『宮崎さん、シークレットって、何ですか?』宮崎の右腕のトムが聞いてきた。

宮崎は少し考えた。‘こいつは、この会社に忠誠を誓えそうか?頭は良いが、軽いかな~、まだ、早いか。’

『まあ、その内、教えてやるよ。じゃあな。』

宮崎は、話を終わらせたい時は、こうやってトイレに行くのだった。

‘今回は、サソリがターゲットか!社内にも買収された奴が多いんだろうな?

また、俺一人で残業か?あっ、取締役をこき使っちゃえ!’

考えがまとまると宮崎も、大分も仕事が早い。

宮崎はどの回線にも繋がないノートパソコンを1台と新品のクリーニング済みのUSBメモリー2つを10Kg対応の段ボール箱にたっぷりの書類と一緒に詰め込んで、PM7:00に、取締役の部屋に入った。



『うん、なんだ、もう出来たのか?』僕が聞くと、

『ボス、俺には、まだ、信頼できる部下がいないもので、すみません。手伝ってください。』とにんまり笑顔で宮崎は遠慮なく部屋へ入ってきた。

『そうそう、エリーさんにも、声をかけてます。』

宮崎はニタニタしながら話した。

僕は、エリーが特に苦手だった。

エリーは聡明で快活、美人でモデル級の身体を持ち合わせた秘書課でも大人気の女性なのだが、僕の何が気に入ったのか知らないが、気が付くと傍で仕事をしてる。

彼女のアピールは特に圧を感じて、嫌だった。

だが、シークレットとなれば、一番、力強い味方かもしれない。

『もう、水臭い!ボス。宮崎からじゃなく、ボスから声をかけて下さいよ。

私、いつも言ってるじゃないですか。ボスのお役に立ちたいって!しかも、宮崎、私に自慢するんですよ。ボスがシークレットの仕事をくれたって。私、悲しいです。』

僕はまごつきながら、エリーに言った。

深く頭を下げながら、『エリー、すまない。君が手伝ってくれるのは、本当に助かる。機嫌をなおして、協力して欲しい。』

次の瞬間、エリーが間髪入れずに言った。

『じゃあ、ボス、スポット・ハリスのフルコースでデートに誘ってください。』

僕は『OK』という他なかった。

宮崎のクックックックッという声だけが響いていた。


翌朝9時10分、僕は御厨CEOの部屋の前にいた。

コンコン、僕はさっき飲んだコーヒーがリバースしそうなくらい緊張しながら、ノックした。

『どうぞ』その声に引き込まれるように、扉の中へ入って行った。

御厨CEOはニコニコしながら、窓の外の摩天楼を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

『やあ、ケンシ―、仕事には慣れたかい?コーヒーは、どうだい?』穏やかな声だった。

『CEO、まだ、ベイカー取締役に会われてないのですか?』僕は御厨CEOに確認した。

『いや、昨日血相をかいて、言い訳に来たよ。君の名前がチラッと出たから、少しカマをかけたら、全部白状していったよ。で、プランを考えたから来たんでしょ!ケンシ―は、真面目だから、出来るまで来ないしね。』

御厨CEOにそう言われて、僕はこめかみをポリポリかくしかなかった。

『で、話を聞こうか、ケンシ―。』

CEOはソファーに座ってコーヒーをまた一口飲んだ。

『CEO、サソリが動き出しました。カイザー・シューベルトが、あちこちに我が社の買収を持ちかけてるのを知って、隠れ蓑にしようと画策したようです。現在、流通の25%、株式全体の10%を持っていかれてるようです。これ以上、持たれないように、手を打つ必要があります。全体の20%も持っていかれると、株主総会の拒否権が使えます。これは避けねばなりません。』

私の説明を黙って聞いていたCEOが、

『そうなると、君の開発中のマグマに耐える管がサソリの手に渡っちゃうね。歴史は変えられないのかね。』と言った。

理解してはいたつもりだったが、CEOの口からそのセリフを聞いた途端、僕は背中に冷たいものを感じた。

僕はCEOに3つのプランを説明した。

1つは、現金化できる全ての物で株の買収競争をする。

2つ目は、似た感じだが、大株主に魅力的な提案をして、サソリに付け入るスキを与えない。

3つ目は、ポイズンピル。第三の株主を準備して、大型援助株主(ホワイトホース)を作り、サソリの買収株の持ち分を減らす。


在り来たりだが、以上の提案をした。

『ケンシ―、エリーをどう思うかね。』突然だった。

あまりの唐突な発言だったので、‘CEOは、気が狂ったのか?’と真面目に考えてしまった。

僕が、法然としていることに気が付いたCEOは、言葉を加えた。

『エリーがただの美人だと思ってたのか?君は、本当に見る目がないよな~。あんなに、君に夢中なのに。』

まだ、僕は、言葉の意味が解らなかった。

『エリーに今の話の顛末を話すと良い。それは私が許可する。そして、エリーの意見を聞いてこい。』

そう言うと、CEOは人払いの様に、左手で私を払った。

まるで、狐につままれた気分で、取締役の自室に戻り、スポット・ハリスの予約を取った。

話が話なので、懐が痛かったが、個室にしてもらった。


そこからが大変だった。

ジュディとの付き合い以降、僕は女性と食事をしたことが無かった。

食事をお礼の条件にされたのだから、考え過ぎる必要も無いのだが、僕はとても緊張していた。

さあ、エリーに連絡をしようという時に、携帯が鳴った。

僕はもう少しで、携帯を落とす程、びっくりした。

心臓がバクバク言ってる。

『ボス、約束の日はいつですか?』エリーだった。

『エリー、昨日は助かったよ。今晩なんだけど、都合はどうだろう?』

僕は、まだ、心臓をドキドキさせながら話していた。

『すご~い、ボス。私嬉しいです。2か月先ぐらいに先延ばしされるかと思ってました。CEOから電話があって、エリー、ご褒美だって!って言うから、電話をかけてみたんです。ボス、時間は何時ですか?・・・』僕は、エリーの喜びようを聞いて、

聞いてる途中から記憶が消えてしまっていた。



夜19時、僕はスポット・ハリスの個室で、エリーと食事をする予定だった。

だが、個室には席が4つ。

エリーの両親とエリー、私の4人の会食に代わっていた。

どうやら、エリーが電話の後で、スポット・ハリスに変更の指示をしたらしい。

僕はCEOの話をエリーに聞いてもらって、アドバイスを貰う為に食事を実践したはずだったが、なぜ、こんな展開になったのか?

『パパ、ママ、こちらがわが社の新取締役、ミスターオオイタよ。ケンシ―って、みんな呼んでるわ。』

エリーは饒舌だった。

『あの、今日は、急にお呼び立てして、すみません。ミスターストーンズ、ミズストーンズ、お会いできて、光栄です。』

僕はなんとか、最低限の挨拶をした。

料理は、食べてはいたが、どこに入っているのか解らなかった。

メインディッシュの頃に、エリーがウインクした。

すると、エリーパパが、咳払いの後、こんな事を言い始めた。

『ミスター御厨とも話したんだが、私は君を応援したいと思ってる。解るだろう!エリーは君にほれ込んでいる。私も君の研究が好きだ。わざわざ、サソリに食いつぶされるのを黙ってみているつもりはない。私と手を組まないか?』

さすがはミスターストーンズ、僕は完全に圧倒されていた。

エリーも気に食わなかったらしく、『パパ、私はケンシ―からプロポーズされたいの。パパにプロポーズさせられてるケンシ―を見たいわけじゃないわ。』と話をぶっちぎった。

僕はここで、やっと、CEOの目論見が解った。

僕は大きく息を吸って、優しく語った。

『ミスターストーンズ、今日はステキな時間でした。また、改めて、お時間を戴けませんか?失望はさせません。ただ、エリーの魅力と、私の研究の魅力は分けて評価されたいです。』

このセリフの後、ニッコリ笑顔をしたら、エリーパパ、いきなり席を立って、僕の所に来るや、バシバシ肩や背中を叩き、『ケンシ―、お前は良い奴だ。俺たちは、もう、親友だ。』と言い出した。

私たちはスポット・ハリスの前でハグと固い握手で別れたが、エリーだけは、私について来た。

『エリー、有難う。時間が無いことを考慮した上での、無茶ぶり。助かった。』

そう、言い終わらない時に、エリーは僕に抱き着いてきて、キッスを奪っていった。

しかも、ディープなものを5回も。

そのまま、僕の部屋まで連れて行かれそうな勢いだったが、エリーはそのまま帰って行った。

エリーは目に涙をいっぱい溜めて、『サンキュー、ボス』とだけ言って、帰って行った。



2日後、出勤すると、先に来ていた秘書室長が私の取締役室に来た。

出勤して、パソコンの電源を入れると、秘書室の出勤ランプがつく仕組みになっているからだ。

『オオイタ取締役、CEOがお呼びです。あっ、それから、エリーが退職届を出しました。おめでとうございます。』秘書室長の言葉に、僕にプライバシーは無いのだろうか?と思ったが、諦めた。

『CEO、おはようございます。』ノックしながら、室内に入ると、

ミスターストーンズと御厨CEOがコーヒーを飲んでいた。

『オー、ケンシ―!さあ、作戦タイムだ。』

ミスターストーンズが、自分のソファーの隣を指さし、僕を招いた。

作戦タイムと聞けば、遠慮はしない。

ミスターストーンズの隣のソファーにドカッとだが、前のめりに浅く座り、2人の顔を見た。

『ケンシ―、私が応援するとしたら、君は何のフォローが欲しいかね?うん?』

ミスターストーンズの問いに、僕は答えた。

『できれば、サソリに致命的な一打を加えておきたいですね。今、わが社の総株式の12%を取得しながら、大口株主にも、圧力とフェイクニュースを流しているようです。そろそろ終わらせたいのと、JPマーガレット社を避けて通るほどの記憶を植え付けたいですね。』

僕のセリフに、ミスターストーンズは続けて聞いた。『なるほど、で、プランは?』


『良いのか?』ミスターストーンズは、僕のプランを聞くや、CEOと僕の顔を交互に見詰めた。

僕らが、ニッコリ笑顔で対応したので、ミスターストーンズは、また、僕の肩や背中をバシバシ叩きながら言った。

『いいね、その覚悟。お前は最高の娘婿だ。』

『なんだ、奥手かと思いきや、ケンシ―は、大胆だったんだな!おめでとう。』

CEOは、意外そうな顔で言った。

『CEO、待ってください。まだ、エリーさんから、OK、貰ってませんし、これから、戦(いくさ)をする身。これが終わってからにさせてください。』僕が言うと、

『いや、ダメだ。エリーが言っておったわ。「ケンシ―は仕事はカッコいいのに、恋愛を妙に遠ざけるところがあるから。」ってな。だから、これはセットだ。ワシを失望させるな。』

ミスターストーンズに畳みかけられた。

その後から、次のシークレットが始まった。

時間は4日間。

独占禁止法管理局など、あちこっちに打診しながら準備を進めた。

『ミスターベイカー、調印式の契約書は出来てますか?』僕は、ベイカー取締役に会いに行った。

調印式前日の午後の話だ。

『誰に向かって言ってるんだ。俺はプロだ。完璧さ。お前こそミスるんじゃないぞ。

ほら、これだ。』ベイカー取締役はそう言って書類より一回り大きい型のジュラルミンケースを応接セットのテーブルにドカッと置き、中身を見せた。

『ありがとうございます。ミスターベイカー。』僕は、一通り書類の中身をチェックしてから、ジュラルミンケースを閉じ、カギをかけた。

そして、立ち上がろうかという時、ベイカー取締役は、ジュラルミンケースがあったテーブルに、オート式の拳銃を置いた。

『持っていけ、ケンシ―。これはゲンの良い俺のパートナーだ。自分の身は自分で守るしかないんだ。お前が生き残ったら、返してくれよ。結婚祝いにしてやっても、良いがな。』

ベイカー取締役は普段の仏頂面とは似つかわしくない笑みを浮かべて言った。

僕は『サンキュ―。』とだけ言って、ジュラルミンケースを左手に持ち替えて、握手を求めた。

僕は初めて認められた事を感じながら、ベイカー取締役と固い握手を交わした。

自室に戻ると宮崎が待っていた。

『ボス、指示の物は揃えましたよ。各管理局のサインも大丈夫です。ストーンズコンツェルンの担当者にも予定は伝えてます。もう、大丈夫ですね。』

宮崎が満面の笑顔で言ってきた。

僕は自室の中に彼を招き、荷物を運んでもらった。

『いやいや、ここからだろう。サソリが簡単に諦める訳がない。』僕は、真顔で言った。

引きつった表情だったかもしれない。

『ちゃんと、準備してますから。』宮崎は仕方ない感を込めた笑顔で、準備した中身を見せてくれた。

『この段ボールは、調印式のペン、インク、台敷き、進行表、ホテルの契約書、会場警備の契約書、私の部下の配置書です。』宮崎は話しながら、小さなボストンバックの中身を出した。

防弾チョッキ、イヤホン型無線機、カバン型シールド、拳銃用ホルダーと応接セットのテーブルに各2組を出した。

そして、書類の入ったジュラルミンケースと私の手首を結ぶ手錠もテーブルに置いた。

驚いたのは、最後に出した拳銃がミスターベイカーが餞別にくれたコルトと同じものだった。

『ボス、コルトは調整済みで、弾も7発、入るだけ入れてます。跳弾が怖いので、打ち過ぎに注意して下さい。念のため、弾倉のスペアを1つだけ、準備してます。』

宮崎は、淡々と説明を続けた。

宮崎の説明が終わったところで、僕はコルトガバメントを上着のポケットから出し、テーブルに置いた。

『ボス、良いものを持ってたんですね。意外でした。こっちの方は、ダメなのかと思ってました。』という宮崎の言葉に、僕は、首を横に振りながら応じた。

『いや、宮崎君の言う通り、拳銃は苦手なんだ。さっき、ミスターベイカーが、餞別にって、貸してくれたのさ。』

宮崎は珍しさを体で表現してるかのように、身体を動かしてから、テーブルの上のミスターベイカーのコルトをチェックし始めた。

『ボス、かなりの骨とう品ですね。手入れはしてあるようですが、ベイカーさんの言う通りお守りにしては如何ですか?胸ポケットに閉まっておくとか?』

僕は宮崎の助言を聞く事にした。

肩からホルダーを被り、左わきに宮崎の用意したコルトガバメントを仕舞うと背広を着て、ネクタイの位置を決めた。

いつの間にか夜中になったが、移動にはちょうどいい時間だった。

会社を後にした我々は調印式会場の地下駐車場に入るまでは、すこぶる順調だった。

調印式の会場、即ち、コンチネンタルホテルの地下駐車場に乗り付けた時、目の前に黒塗りのBMWが2台道を塞ぐように止まっていた。

‘やっぱりだよなあ~。’そう、思うと同時に、

『止まるなよ、突破しろ。宮崎、援護だ。』と僕は叫んでいた。

何かの本で読んだ。先手必勝。

だが、ドライバーが上手かった。

やたらに速度を上げず、一番、突っ切りやすい右側の車の後方にぶつけて、BMWを跳ね飛ばした。

黒塗りのBMWは、真ん中に両方のフロント向かい合わせて停めてあった。

片方の後方にぶつけた方が車が動きやすいと知っていたのか?その後方に車が無かったからか?

ドライバーのジムは、進行方向の右に大きくハンドルを切ったのだ。

助手席の宮崎が集中砲火を浴びたが、宮崎の銃の腕の方が、相手を超えていた。

ドライバーに3発、タイヤに1発、衝突に耐えて、エアーバックにも耐えて、通り抜けざまに、給油口に2発、お見舞いしていた。即、窓を閉めて、爆発で天井にぶつかるBMWをサイドミラーで眺めながら、口笛を鳴らしていた。

1発も打つことなく、僕も、窓を閉めた。

駐車場の入り口付近での出来事だったので、地下通用口前に、ゆったりと僕らは車を止め、ホテル内に進む。

エレベーターのボタンを押して、横の非常階段を注意深く登り始めると、2Fと書いたフロアーに着いた時、上の階から銃声が聞こえた。

20~30発分ぐらいだろうか?

エレベーターの中に誰も乗っていなかったことを祈る。

僕ら3人は、ゆっくり、3階につき、ざわつく敵?の背後から、全弾を打ち尽くした。

煙の後に、シューベルトの遺体が見えた。

‘悪いな、俺にも、余裕がないもんでな。なんとか、生き延びて欲しかったんだけどな。’

そう、心の中でつぶやいた。会場は、さすがのサソリも入れないほどの厳戒態勢だった。

‘あのエレベーターまでしか、反撃のチャンスが無かったんだよ。ケンシ―、しょうがないさ!’

懐かしい声を聞いた気がした。


衝撃音は、調印式の中まで響き、御厨CEOとミスターストーンズは、護衛に守られて調印式に待機していた。中の護衛に、ホールドアップの恰好で、安全の確認をさせ、僕らは中に着いた。

『ボス、お待たせいたしました。さあ、始めましょう。』そう言って、僕たちは調印式を始めた。

宮崎とジムと僕は、会見の入り口で、御厨CEOとストンーズCEOの固い握手を眺めていた。




『本当に、これで良かったのか?未来になってみなけりゃ、解らない。

誰も、未来を知る事なんて出来ないんだから。』





いつの間にか、僕は、そう呟いていた。

『確かに。』そう、宮崎が呟いた。

??‘お前はどこまで、知ってるんだ?まさか、お前が本当のシューベルトじゃないだろうな~’




終わり







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