後編

僕は、大学4年の時に、御厨先生の計らいでアメリカに留学することになった。

この留学の相談の為に、一度、実家に帰った事がある。

その時の父親のセリフには驚いた。

『援助は対してできないかも知れないが、やれるだけやってみろ。』だった。

一番理解のない大人だと思ってた人が、実は一番僕を見ていた事に、この時、初めて気づいた。

僕は御厨先生が2週間おきに様々な論文を送ってくれたお陰で、英語と新しい素材の情報においては、世界級の知識があった。

鈴木教授も、僕の論文翻訳を利用して、TVのコメンテーターとして一躍有名になって行った。

ただ、相変わらずケチで、書類やUSBメモリーなどの経費はアメリカに移るまで僕の支払いだった。

正確には、学校が便宜を払ってくれて、学校が教授ではなく、僕に補助金を当ててくれた。

大学の広報課や学生課の皆さんには感謝するばかりだ。

特に学長になられた佐藤教授は、鈴木教授のライバルなのに、アメリカ留学の資金の全てと生活費までを補助する段取りを組んでくれた。

『やっと、鈴木教授から離れられたね。まあ、頑張ってね。』これが、送り言葉だった。そして、最後の会話になった。

御厨先生は僕の為に、先生の友人の家に住まわせてくれた。

研究に打ち込めるように!との配慮からだ。

その友人がマグマに耐える管に一番近い存在だった。

僕は御厨先生に1年半前のシューベルトとの決別後に長文の手紙を書いた。

その詳しい話を今日、先生の友人ジョセフさんと僕の3人で話すことにしていた。

僕は「今も鮮明に思い出せる夢で見た光景の事」、「僕の行動を操る謎のイメージ(頭の中で囁く声)の事」、「この声が御厨先生に会うように段取りを取っていた事」、最後に「声のたくらみを言い当ててから音沙汰がない事」を話した。

驚いたことに、ジョセフさんも御厨先生も僕と同じ体験をしていた。

御厨先生はもしやと思い、僕には黙って、ジョセフさんと協力して僕に論文を送り続けていたそうだ。

恐らく、ジョセフさんや御厨先生との接点が途絶えて、僕に来るメールの中身が知りたくて、シューベルトは、僕に突然、おかしな態度を取り始めたのではないか?そして、第2、第3の接触者が現れるだろうから、毎月第2金曜と第4金曜にジョセフさんの家でミーティングする約束をした。

『JF‘s day』(ジョセフさん家の金曜日)が合言葉になった。

まだ、シューベルトは僕らのイメージを断片的に知ることが出来るのか、何かとJf’s dayに誘いがかかることが多かった。

それは【X day】を決めてからは特に頻繁に起こった。

事故や家族の病気という形まで発生し始めた。



僕がアメリカで研究を始めて3年が経ったある日、上司にあたるマクセル教授から『娘と付き合わないか?』とごり押しのアクションがあった。

‘ああ、シューベルトの作戦か?’そう考えて、僕は、お友達的な感覚のお付き合いを始めた。

そんなことが2か月続いたある日の日曜日、マクセル教授が事故にあった。

ジュディ(マクセル教授の娘)から、連絡があって『あなたが、大変な時に申し訳ないんだけど、どうしても、父がケンシ―と話がしたい。電話ではダメだって、聞かないのよ。病院まで来て下さらない。』と申し訳なさそうに言った。

僕は、ちょうど、Jf’s dayでジョセフさんの家で、打ち合わせを済ませて、昼食を楽しんでいたところだった。

マクセル教授は、ジョセフさんの紹介でもあったので、ジョセフさんも同行したいと言われたが、『一緒に行動するのは、まずい!』と御厨先生がストップをかけてくれた。僕も、このタイミングの事故だから、同じことを考えていた。

 

僕が病院に着くと病院の玄関に近いソファーにジュディが座って待っていてくれた。

到着時刻を知らせていたからか、それほど、マクセル教授の様態が酷かったのか、私は色々と想像してしまった。

ジュディは、僕を見つけると、いつもの遠慮がちな態度と違って、僕に抱き着いてきた。『お願い、私を強く抱きしめて。不安で、壊れてしまいそうなの。』そう、ジュディは、僕にしがみつく様に抱き着いた。

僕もジュディを抱きしめ、『大変だったね。教授は今あっても良いのかい?話が出来そうな状態かい?』と聞いた。

ジュディは、静かに頷いた。

僕が病室に入ると、『う、うう・・・、ああ、ケンシ―・・・。』マクセル教授は、呻きながら、扉の音に反応して、こちら側に顔を向けた。

『教授、なんと言っていいか。』僕は、息をするのもきつそうな重症の教授にかける言葉が見つからなかった。

そんな戸惑う僕に構わず、教授がジュディの方を向いて言った。

『ジュディ、すまないが、私が呼ぶまで、ケンシ―と二人きりにしてくれないか?』マクセル教授は、絞り出すようにジュディに言った。

もう、従うほかに選択肢はない様な光景だ。

ここから、僕は信じられない話を教授から聞く事になる。

『ケンシ―、悪いが、いつまで話せるか分らないから、静かに聞いて欲しい。私が、まだ、独身の頃、そう、ちょうど、今の君ぐらいの年齢の頃、夜になると色んな夢を見せられた。気がおかしくなりそうだった。そこに、シューベルトと名乗る同じ年くらいの口調で語り掛けてくる男子が出て来てね。一緒に未来を良くしようって言うんだよ。私は、彼の提案に乗って、今日まで頑張ってきた。そして、2年前、大分賢治という青年が来るから導いて欲しいとシューベルトが言うんだ。僕は、迷わず、彼の言う通りにしたんだ。彼の言う通り、君は天才だと思った。だから、何も知らない娘を貰って欲しいと思ったし、君に出来るだけの便宜を図ってきた。ところがだ、2日前に、8歳ぐらいの男の子が現れて、「マクセル、お前は、お払い箱だ。」そう言って、トラックの前に私を突き倒したんだ。多分、あいつが、シューベルトだと思う。思い込みは良くないが、君の前にも出てくるかもしれない。ケンシ―、気をつけてくれ。そして、娘を助けて欲しぃ・・・・うぅっ。』マクセルが急に苦しみ始めた。

僕は、病室の扉を乱暴に開けて、ジュディを探しながら叫んだ。

『ヘルプ!ヘルプ ミー!ミスターマクセルが大変なんだ。ヘルプ!』僕は事の重大さに、押しつぶされそうになった。

言葉通り、その場に座り込んで立てなくなった。

医師と看護師とジュディが駆け込んできたが、マクセルは、10分ほどで息絶えた。

僕は、気絶していたようだ。

‘ケンシ―、解ったろ!僕には、逆らえないんだよ。悪いことは言わない。言うことを聞きな。’そんな言葉を聞いて、目が覚めた。

ベッドの横には、目を真っ赤にはらしたジュディがいた。

『良かった。あなたまで、死んじゃうかと思ったわ。』ジュディのその言葉で、教授が亡くなったことを悟った。

僕が、ジュディに何か言葉をかけたいと思っていると、『ところで、父は、あなたとの会話を最後の時間に使ったわ。一体、何を話したの?』ジュディの目は、真剣だった。僕もジュディと真剣に向き合って、口を開いた。『なぜ、留学生の僕に大事な娘の君を託そうと思ったかを説明してくれたよ。』

『えっ、そんな事!確かに私も不思議な行動だと思ったけど・・・、最後の別れの時間を、そんな事に使ったの?信じられない。』激高したジュディが髪を振り乱しながら叫んだ。

我に返って、私に詰め寄った。『ケンシ―、あなた、何か隠してるでしょう。父は、いつもそうなの、私に何も話してくれなかったわ。』僕は努めて冷静に話した。

『ジュディ、君は、マクセル教授から、とても愛されてるんだ。それは、間違いない。僕も一方的に言われたことを聞いてるだけで、とても混乱しているんだ。君を僕に託した理由しか、本当に聞いていないんだ。』

『大声出して、ごめんなさい。父が亡くなって、私もおかしくなったみたい、母と葬儀の事を話してくるわ。』ジュディは心の奥深くで、何かを決心した様に見えた。

そして、静かに部屋を出て行った。

僕は、病院代を支払うと、ジョセフさんの所へ戻った。

ジョセフさんにマクセル教授との一部始終を話すと『なんてことだ。僕はマクセル教授に何も恩返しが出来ていないのに!』ジョセフさんの悲しみも大きなものだった。

ただ、僕はジョセフさんに顛末を話したことで、頭の奥の違和感を引き出すことが出来た。

‘なぜ、シューベルトは、僕とジュディを結ばせたかったんだ?’僕は、やっとの思いで、僕の中の違和感を言葉にすることができた。

そう、いつも心の奥底でモヤモヤしてた気持ちが一つになった瞬間だった。

‘なぜ、シューベルトは僕に優しかったのか?なぜ、シューベルトは僕と御厨先生を合わせたかったのか?なぜ、シューベルトは僕の違和感に触れて激怒した割にジュディとの縁を作ったのか?なぜ、マクセル教授を応援して、僕の応援までさせたのか?’僕が頭の中を整理していると、シューベルトが語り掛けてきた。

‘さすがに、いくら鈍感なケンシ―でも、ここまで知ると繋がっちゃうよね。マクセルはバカだからさ。自分の娘が可愛いくて、要注意人物の君に嫁がせたくないとグダグダ言うもんだから、処分しちゃった。’イメージなのだが、今回は、声の様に聞こえた気がした。

その方角を見ると、ジョセフの家の窓の外に8歳ぐらいのクリーム色の髪で黒い眼の男の子がこちらを見ながら微笑んでいた。

間違いなく、彼がシューベルトだと僕は確信した。

‘時間軸がずれたけど、君は僕の子孫、いや、孫になるということだね。子供というには、宇宙船を作れるノウハウは、まだ、無いもんな。祖祖父を殺して、君が生まれると思うのか?’僕は、シューベルトに冷たい視線を送った。

‘ちっ、どいつも、こいつも、人の邪魔ばかりして!目障りだ。’

シューベルトの目が光って、僕は気絶してしまった。

幸運にも、ギリギリのところで今の会話が聞こえていたらしいジョセフが僕を押し倒してくれて、まともにシューベルトの目を見なくて済んだらしい。

目が覚めるとジョセフが説明してくれた。

シューベルトらしい男の子が‘これで、ケンシ―は盲目さ。もう、僕のゆうこと以外聞けないよ。’と呟きながら、家を離れて行ったと。

ジョセフの提案の通り、僕らは急遽集まって情報を共有した。

『シューベルトは何を焦ってるんだろう?』僕の言葉に、御厨先生が反応した。

『もしかしたら、ジュディが誰か他に好きな人がいるか、君らの子供がそろそろ生まれないとシューベルトが生まれないとか?』そんな可能性を提案してくれた。

『解りました。私は、ジュディが信じないかもしれないけれど、マクセル教授の話をしてみます。そして、教授の仇は僕らが結ばれなかったら、消えてしまう可能性があると。』僕は、二人に決意を伝えた。



数日後、ある喫茶店でジュディと僕は落ち合った。

『ジュディ、今日は時間を作ってくれて、有難う。先日君に「マクセル教授から君を紹介された理由を聞いた。」と話したけど、君の反応から君が知らない話があったんじゃないか?って気づいたんだ。今日はそれを話したくて、呼んだんだ。』僕はジュディの目を真直ぐに見て話した。

『あの時はごめんなさい。私もどうかしてたわ。あなたは悪くないのに。それから、私もケンシ―に話しておかなくてはならない事があるの。』ジュディも、僕の目を真直ぐに見つめ、静かに話した。

『マクセル教授は、君の事をとても大切に思っていた。だから、頭の中に木霊する言葉に逆らえなかったと言っていた。‘ケンシ―とお前の娘を結婚させろ!’というものだったとマクセル教授が言っていた。それに逆らって、8歳ぐらいの男の子に、クリーム色の髪に黒い眼の男の子に、トラックの前に突き落とされたと言ってました。』

『それは、ジュディさんが、他に好きな人がいる事をマクセル教授が知っていたのかもしれない。だから、邪魔になったマクセル教授を殺してしまった。』僕は、ゆっくりとジュディに話した。

ジュディは見る見る大粒の涙で目をいっぱいにして、必死に僕を見ていた。

『彼の存在は、マクセル教授には、内緒だったんですか?』僕は質問した。

ジュディは、涙を止めることができず、何度も頷いていた。

僕は、ふっ思い付き、ジュディに聞いた。

その彼の写真を持ってるかい。

ジュディが見せてくれた定期入れの裏には、シューベルトそっくりな男が写っていた。

‘これは一体、どういうことだ?私たちの読みが間違っていたのか?’それは、全くの想定外だった。

‘いや、もう、シューベルトは、ジュディのお腹にいて、僕の子供として生まれるという事なのか?そして、御厨先生と作る会社のオーナーの一人として、君臨するつもりなのか?’

‘マクセル教授は、何に気づいたのか?’様々な可能性を考えているうちに、ジュディが話し始めた。

『ごめんなさい、ケンシ―。私は、彼を愛してるの。だから、私との結婚話は、無かったことにして。お願い。』ジュディは、口をハンカチで押さえながら、喫茶店から出て行った。

‘?・・つわり?もう、シューベルトのラインは出来上がってしまったのか?’

キュー、ドン。ものすごい音がした。

すぐに、僕は、喫茶店の扉から飛び出し、音の方向に向かった。

ジュディがトラックに轢かれてしまった。

僕は、ジュディのそばに駆け付け、彼女を抱きしめた。

すると、シューベルトがイメージを送ってきた。

‘ケンシ―、色々と、ありがとう。僕は、どうしても、父や祖父が許せなかったんだ。

君は、ミーの歴史でも、祖母や祖父を助けた優しい奴さ。ただ、君は、地球に残り続けたんだ。できるなら、君の様な奴の子孫になりたかったんだけど、世の中、上手くいかない。これが、僕の復讐の幕になるんだ。このまま、見逃してくれ。’

僕は、ジュディの手を握ってやることしか出来なかった。

ジュディの葬式が終わってから、僕は、御厨先生とジョセフさんに、全てを話した。

最後に、『シューベルトの為にも、シューベルトのおじいさんにあたるジュディの彼氏を会社に関わらせないと約束して下さい。』

とお願いした。僕は気づかないうちに、涙を流していた。

『それは、出来ない相談だ。自分でするんだな。』そう言うと、御厨先生とジョセフさんは同時に立ち上がって、僕の両肩をポンポンと叩いて、笑顔で答えてくれた。                                              終わり



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