中編

2002年、僕は、工業大学に通う19歳になっていた。

シューベルトが勉強を教えてくれたこともあり、なんとか中堅の大学に入ることが出来た。

金属加工を専攻にしている。何か関連の技術や勉強をしてる方が、御厨健四郎に出会う可能性が高いのではないかと考えたからだ。

これといった手がかりがないまま、年が暮れようという時、あるニュースが世界を駆け巡った。

JPマーガレット社が世界初の量子コンピューター用の半導体を発明。

この快挙で、無名に近かったマーガレット社は半導体メーカーのリーディングカンパニーに一気に躍り出ることになった。

‘ねえ、シューベルト、聞いてる?’

‘ああ、聞いてるよ。’

‘JPマーガレット社って、あの会社だよね。名前が同じだけで違うものなの?’

‘ううん、あのJPマーガレットだよ。でも、歴史が変わってるんだよ。’

‘何が変わってるんだい?’

‘JPマーガレット社が、頭角を現すのは今から、20年後なんだ。

そして、量子コンピューター用の半導体の発明も5年後になってるんだ。

ミー達の歴史では・・・。’

‘シューベルト、それは、どういう事なんだい?’

‘ミーにも、さっぱり解らない。’そう、頭の中にイメージを残したっきり、シューベルトは返事をしなかった。

僕は、ネットにアクセスして、得意じゃない英語を駆使して、JPマーガレット社を検索した。

すると、開発メンバーの名前にk.mikuriyaを見つけた。‘そうか、もう、御厨健四郎は、頭角を表してるのか!’

僕は、改めて、自身の決意を意識した。

『ああ、居た居た。大分君、来週、1週間時間を空けていてくれ!アメリカの研究者が来日する間に、我が大学にも立ち寄ってくれるそうなんだ。君ともう一人で、その研究者の世話をして欲しいんだ。』教授の声は、興奮を感じさせるものだった。

忙しさと教授自体が会いたかった人物と会える喜びが混ざった感じにも受け取れた。

『な~に、君も得るものがあるさ。損はさせないから。じゃあ、頼んだよ。』教授は、言い終わる前にもう、歩き始めていた。

その数日後だった。

大学の学食横に貼ってあったマサチューセッツ工科大学の研究者の講演会のポスターを見て、僕は驚いた。

講演者欄に、大きく御厨健四郎と書かれていたのだ。

‘シューベルト、どうしよう!御厨健四郎と鉢合わせすることになったよ。’

僕のイメージに、シューベルトは、何も返事をしなかった。

『何だよ、こんな大事な時に!』ボヤいてみても始まらなかった。

僕は、仲間内で一番英語の上手い友達に頼んで英語の練習をした。

少しでも、御厨先生と話ができるほどになりたかったからだ。

情報を得るには、相手を知れる位置にいた方が良いと考えたんだ。

お陰で、1週間、学食の飯を友達におごる約束をさせられてしまった。

仕方ない、地球の未来の為だ。



講演会前日から、御厨先生に教授が張り付いていて僕らは何も話せなかった。

ただ、御厨先生の声というか、雰囲気はどこかで出会った気がするものだった。

僕は、講演会が終わって、先生が帰る直前に、少しだけ話すチャンスをもらえた。

『大分君は、いくつ何だい?』質問は日本語だった。

考えてみれば、講演もみんな日本語だったか!緊張で、それさえも、今、気づいたほどだった。

『僕は、19歳、大学2年生です。高温高圧に耐えうる金属というか容器を開発が出来たら良いな!と思って、この大学に入りました。』無意識に僕は、そう、答えていた。

『日本人にしては、珍しいなあ!私の学友も、そんなにハッキリ目標を言える生徒はいなかったよ。炭素繊維がアメリカでも評判が良いけど、まさか、その上を見ているのかい?』

僕は、御厨先生の誉め言葉に乗って、思わずマグマに耐えうる管の開発を考えていることを喋りそうになっていた。

‘危ない危ない、もうちょっとで、うっかり話すとこだったよ。御厨先生に、マグマ用の管の開発を思いとどまらせるはずが、興味を持たせる話になるところだったよ。心臓が飛び出るかと思ったよ。’とそんな事を考えながら、

『先生の様に、色んな情報に囲まれていないので、あくまでイメージです。』と話の展開の終息を図った。

『君、楽しい奴だな!何か、情報があったら、お知らせするよ。英語はどこに行っても必要だから、しっかり学んでくれよ。その内、アメリカで会おう!』終始、ニコニコなステキな先生で僕は御厨先生のファンになってしまった。

‘あ~あ、ミイラ取りがミイラになってるよ。’シューベルトが頭の中にイメージを送ってきたのは、御厨先生を見送った後の事だった。

‘シューベルト、今頃出てきて!大事な時にいない奴に言われたくないね。’

気づかなかったが、初めてのシューベルトの嫌味だったかもしれない。

僕は、シューベルトが僕の味方だと信じ切っていた。

この時は、まだ、この先に起ころうとしている事態を全く想像できなかった。



『あ~あ、居た居た、大分君。御厨先生がね、君の事、気に入られてね~。論文のメールを送ってきたんだ。かなり膨大な量の英文でね。君、日本語に直して、私にレポートを出してください。生徒がどんな論文を読んでいるのか、知っておきたいからね。これ、USBメモリだ。後で、戻してね。』鈴木教授は、そう言うと僕にUSBメモリーを手渡して、足早に去って行った。

‘おいおい、試験2週間前だぞ!何考えてんだ?もしかして、やっかみ?’などと考えていたら、‘あはは、日本人って、不思議な生き物なんだね。’シューベルトの突っ込みが来た。

さすがに、英語の堪能な奴に頼むわけにもいかず、自力で寝る間を惜しんで翻訳した。

3日後に、鈴木教授が、僕を見つけるなり、大声をかけてきた。『大分君、先日の論文の翻訳は出来上がったかい?』

『鈴木教授、もしかして、中身を見てないんですか?』僕は、教授に聞き返した。『そのまま、コピーして君に渡したからね~。』鈴木教授は、僕から目を背けながら言った。

チラッと、こちらを見たかと思ったら、小走りに去って行った。

‘おいおい、丸投げかよ。’とか思ってたら、シューベルトがメッセージを送ってきた。‘翻訳、手伝おうか!興味あるし。’

‘シューベルト、神!’って思ったら、‘ケンシ―、ミーは、神ではないよ。’と返してきた。

‘ああ、そこは、通じない訳ね。

まあ、いいや、有難う、シューベルト。’僕は、ちゃんとお礼を言った。

翻訳は、半分までは、なんとか片づけていた。

さあ、残り半分と思いきや。いざ、翻訳にとりかかると‘ケンシ―、これって、どんな物なんだい?’とか、‘ケンシ―、この言葉の説明を頼むよ。’とか、やたらシューベルトの質問が多くて、翻訳が進まない。

とうとう僕は、シューベルト、お休み、後は1人でやるから。

‘なんだよ、その言い草!さっきは、とっても喜んでたじゃないか?’シューベルトがむくれた。

‘シューベルト、さっきから、君は、全く翻訳をせず、僕より先に論文を楽しんでる。

今、僕の頭で、それをされると、効率が悪いんだ、とっても。だから、頭の中から出てくれないか!

僕は、もう5日間も、満足に寝れてないんだ。

’通常なら、怒鳴るなりして、ストレスの緩和になるのだろうけど、全て頭の中で済むのは、身体に悪い気すらした。

2日後、翻訳は、済んだ。

そして、とりあえず、USBメモリー2つ分に記録すると、僕のカバンとビニール袋に密封して米櫃の中に入れた。

最悪、どちらかが教授の手元に届くだろうから。

僕は、気を失うように眠った。

24時間後だった、教授にせかされて僕を呼びに部屋まで来た福田君が起こしてくれたのは。

『大分、大丈夫か、おい!』福田君は、かなり焦って、起こしていた。

『あ~あ、寝た。少し眠り足りないけど・・・。5時か、こんなに朝早く、どうしたんだい福田君。』僕は、呑気に声をかけた。

『大分、もう、夕方だよ。それに、鈴木教授がカンカンだよ。「何度、電話しても、出やしない。あいつは、何をしているんだ?」って、言ってたぜ。』そう、福田君に言われて、驚いた。そして、明朝から、試験が始まる恐怖が忍び寄ってきた。

『そうそう、教授が、今日中にUSBを持って来いって、言ってたぞ。電話ぐらい、したらどうだ。』福田君がアドバイスしてくれた。

『福田君、僕が聞いていた方が良いことって、これで全部かい?』話が少しずつしか進まない癖のある福田君に、念を押してみた。

『そういえば、君のパソコンが見当たらないけど、どうしたんだい?』

『えっ?パソコンは、机の上にあるはずだよ。』と言いながら、ベッドから身を起こしてみたが、愛用のノートパソコンは無かった。

僕は、慌てて、カバンの中を見た。

カバンの中のUSBメモリーも消えていた。

『なんてことだ、7日間もかかって、翻訳したのに。それに、なけなしのバイト代で買ったパソコンまで・・・。』僕は、ここで初めて気づいた。

『福田君、どうやって、部屋に入ったんだい?』そう、福田君に聞いた。

『何、それ、俺が犯人扱いかよ。カギが開いてたんだ、誰だって入れるさ。』福田君は、そう言うと怒って、出て行った。

僕は、ベッドから抜け出し、記憶をたどり、米櫃の中に手を突っ込んだ。

‘あった!良かった!’僕は、最後のUSBを無くさないようにジャンパーのポケットに入れ、ポケットのファスナーを閉めた。

‘まずは、大学に行かないと!’落ち着き始めた頭で判断し、アパートの階段を駆け下りた。

階段の陰に見慣れた塊があった。僕のノートパソコンとパソコン関連の物を入れてるポーチだった。

残念ながら、USBはそこには無かった。

‘この論文を僕に読ませたくない奴がいる。’

僕は、そう、悟った。

僕は、ノートパソコンとポーチを部屋の玄関に置くと、しっかりと戸締りをして、大学へ向かった。

幸い、教授はまだ、教授室にいた。

僕は、大まかな説明をして、鈴木教授に、論文のプリントアウトの為に、教授のパソコンを使わせてもらった。

もちろん、自前のUSBではあったが、教授の分が無くなった以上、翻訳済みの論文入りの僕のUSBを渡すしかなかった。

‘こんな事なら、安いUSBにすればよかった!’と思っていると、『大分君、全部で、120枚の紙がいるけど!』教授が言った。

『すみません、教授、明日には、真新しいコピー用紙をお届けしますので、お借りできませんか?』かなりムカついたが、ここは、プリンターを使わせて頂いた身、丁重に!『いや、現金でいいよ。1000円ね。』即答だった。

教授は、すでに、パソコンの画面を見入っていた。

僕は、論文のコピーを大事に持って、アパートに帰った。



やっと、試験が終わった。

僕は、学食で特定食を頼んだ。金欠だったが、ご褒美は必要だ。

明日には、バイト代が入ってくるし。

久しぶりの特定食は、美味しかった。

僕にとって、ごちそうだった。

完食し、満腹を堪能していたら、背後から声がした。

『良かった。まだ、学内にいたんだね、大分君。』この頼み事の時だけ、柔らかい口調になる教授の性格だけは好きになれない。

『君、とっても御厨先生に好かれてるんだね。また、メールが来たよ。はい。』鈴木教授は、当たり前というより、メールの世話をしてやったぞ的な態度で、僕が差し上げたUSBメモリーをテーブルに置いた。

もと来た道を戻りかけて、顔だけこちらを向いて、『そうそう、大分君、僕、これから、ちょっと忙しくなるんだ。早めに翻訳を出してね。』とだけ言って、去って行った。

‘わ~、我がままだね~。’シューベルトが面白がる感じの口調で出てきた。

あの論文の翻訳の喧嘩以来だ。

あれを喧嘩というかどうかは、置いておいて、僕はシューベルトに聞きたいことがあった。

‘ねえ、シューベルト!君はいつから、爆睡中の僕の体を動かせるようになったんだい?’僕は、食後のお茶をすすりながらイメージした。

‘えっ、そんな事、出来る訳ないじゃん。’

ちょっと、慌て気味にシューベルトが答えた。僕には、これで十分だった。

‘まあ、いいや。翻訳と聞こえて、出て来たんだろうけど、パソコンは壊れてるから中身は見れないよ。

’僕は、食事を終わらせて、食器の片づけを始めながら、イメージしていた。‘教授は能天気だから、すっかり忘れてるし。

僕からコピー代1,000円巻き上げたことも忘れてるんじゃないかな?’もう、独り言だった。

‘へ~、そうなんだ。’シューベルトが反応した。‘そうそう、USBメモリーが1つ、見つかんないんだよ。どこに片づけたか覚えてないかい?シューベルト。’とイメージすると意外なことに知らぬふりをするかと思ったら、隠し場所を教えてくれたのだ。

‘え~っと、確か、右奥の植木鉢の中にあると思うよ。ケンシ―が慌てて走ってた時に、落としたじゃないか。ケンシ―、全然、話を聞いてくれないし。’とイメージを送ってきたので僕は、とりあえず探ってみた。

出て来た教授のUSBメモリー。

‘シューベルト、有難う。これで、真新しい、僕のUSBメモリーが戻ってくるよ。’

僕は、急いでアパートに帰って、汚れをふき取って充電だけを済ませておいたノートパソコンに、教授のUSBメモリーをセットした。

ノートパソコンは起動して、教授のUSBメモリーの中身も、そのままだった。

‘ケンシ―、パソコン、大丈夫じゃん。教授のUSBの中身、翻訳してしまおうぜ。

ミーも手伝うよ。’シューベルトが急かしてきた。

‘なあ、シューベルト。君、この大学で、僕が御厨先生と仲良くなることを知ってたんじゃないのかい?君の世界の歴史で’

部屋の中に1人でいたから、構わず声に出して呟いた。

‘へえ~、ケンシ―、思ったより頭良かったんだ。使えると思ったのにな~。’

シューベルトの口調が急変した。

‘それで、この世界に、僕みたいに飼いならした人間は、何人いるんだい?’

僕はこの2週間ほどの間で検証した可能性を1つ1つ聞いていくつもりだった。

‘バカは、考えなくていいんだよ。言われた通りにやってりゃ~良いんだよ。’

シューベルトは、激怒しながらイメージを送ってくる。

‘地球をあんな風にした奴らを止めたいんだろう?じゃあ、考えるなよ。ケンシ―はバカなんだから。’

僕は、冷静に言った。

‘想像した通りで、驚いているよ、シューベルト。ここまで、想像が的中したってことは、地球を壊したのは、御厨先生ではなく、お前だよな、シューベルト。’

その一言を最後に、シューベルトのイメージは、入ってこなくなった。

『僕の想像は完璧だったんだ。そうすると、御厨先生と僕に他の人間の手がおよんでしまう。どうしよう?』思わず呟いてしまった。

シューベルトとの対峙で緊張したせいか、手や背中は汗だくだった。体が冷えてきた。とりあえず、着替えて、コーヒーを入れた。





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