第14話 死んでごめんね
―エピソード 准―
上原准。小学校5年生。
准には好きな子がいた。同じクラスの近藤美麗と言う少し小柄な子だ。
明るくて、何処か抜けてて、人を安心させるような空気を体中から放っていた。
美麗と准は、何かにつけて目が…視線が合った。
(なんか近藤…可愛いよな…。何だろう…癒し…な感じが…)
そんな風に近藤に恋心を抱くようになったのは、すごく早かった。5年生になって、クラス替えが行われて同じクラスになった、その日に、もう一目惚れしていた訳なんだ。
そんな事初めてで―…、つまりは、初恋だったわけで…。
いつも笑って、女子同士で他愛のないやり取りを、わざと男友達と話すふりをして、少しでもそのやり取りを、聞いていたいと、耳を最大限にすましながら、聞いていると、
〔今、好きな人居る子!〕と囁き声がした。心臓が飛び出しそうだった。その名前に自分が入らなければ、この恋は途端に難しい道をたどる事になるだろう。廊下側と、窓側、教室でも、意外と、言葉が聴こえてくる。
そして、一人ずつ、
〔まだいないかな?男子ってみんなアホだから!〕
(なんだと!?)
〔あはは!男子ってそもそも鈍いよね?〕
(あ…近藤の声だ…鈍い…とは?どういう事だ?)
(でも、それは、もう好きな人がいて、俺は失恋…て…こと?)
一気に胸が痛くなって、
(好きでいるだけの時より、こんなにダメージがすごいのか…。失恋て…。ああぁああ…泣きて―…)
その時、近藤が、いや、さっきまで群れでいた女子達全員が、群れから少しずつ離れて行き、多方面へと散り散りになってあちらこちらの男子に近づいていって行くのが見えた。
(なんだ?公開告白の嵐か?)
しかし、ポツポツと聴こえる会話では、告白ではないらしかった。
何か質問をされているようすが耳の中に入って来た。
(まぁ…近藤に好かれなきゃ意味ないし…失恋失恋…なんて…俺自信ないな…。本当に情けないな…俺…)
准は、1度心が折れると、中々復活できず、3日は引きずって、落ち込むようなことが多かった。その時、群れがばらけた時、それ以上見たくなくて、ずっと下を向いて、本当に情けなく、このホームルームが終わったら、一目散に帰ろう…と思っていた。
本当に情けない奴だ。
少しずつ何かが近づいてくる。
(あー…告白か?誰にだよ…近藤…佐々木か?上野か?もういいや…失恋失恋…)
ずずずとドアの横でしゃがみこんだ…その時、視線を合わせようと、その近づいてきた誰かが、しゃがみこんだ。顔を上げてみると、近藤だった。
(…近…道?)
まさか!!と一瞬、准は、
(まさか…告…)
かと思い、目の前が輝いた。
「上原君、好きな食べ物って何?」
「は…?」
「今話してたの。将来、好きなった人が、食べ物で、どれくらい好き嫌い多いのか、とか、知っておきたいな、って。嫌いなものと好きなもの作ってあげらればいいなぁ…とか」
「え?そんな事?でも、俺じゃなくても…」
「そうだよ。他にも聞くつもり。だから、上原君のも聞いておきたくて」
「あ、あぁ。嫌いなものだよね?ん―…グリンピースと、桃と、なすと、コーンとキャベツと…」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!!え?そんなに嫌いなもの多いの?」
「うん。親に怒られても食べないって決めてる」
「そ…そうなんだ…。」
あからさまにいつもの、はきはきした美麗ではなかった。
「!じゃあ…好きなものは?」
「だし巻き卵と、ウィンナーと、ブロッコリーとたこ焼き…とかかな?」
「たこ焼き、お弁当箱の中に入ってるの?」
「うん。保育園の時に、弁当の日は、母親に絶対入れてくれ、って言ってから。」
「そっか!そうなんだ!うん参考にしとく!ありがと!」
そう言うと、准が1番好きな、明るくて嬉しそうな顔をして、散り散りになっていた女子達と合流し、その後は、いつもと同じ、笑顔で、また女子と笑いながらおしゃべりに戻った。
(あれ?佐々木や上野には聞かないの?)
と思ったのは、佐々木と上原だけではなかった。
「なぁ、俺たちには聞いてくれないの?近藤ちゃん…」
「だ…よな…」
あからさまに、テンションの下がった佐々木と上野。
「俺…近藤ちゃん…好きなんだけど…近藤ちゃんは…どうやらお前の事が好きらしいな」
佐々木が、とんでもないことを言い出した。
「え?」
「お前だよ!准!」
「え…?マジで!?」
「気付かんお前がめでたいな」
「マジかー…俺もショックだぁ…」
と上野すら言い出した。
「え、やでも…今ので何の意味があるんだよ?」
「いやー知らないけどさ…きっと、あれだ、な」
「あぁ…あれしかないな…」
「んだよ!俺、マジ解んないんだけど!」
「「弁当!!」」
「は?」
「今度の木曜、弁当持ってくるように言われただろ?この学校の少女たちは、それが目的なのだと思うぞ?」
「マジか!!」
そう言われた瞬間、桜が舞った。
さっきまでの落ち込みは、きれいさっぱり飛行船のように、空に浮き上がり、そして、自分が乗ってそこに近藤がいて、抱き締め合う…。
小学生のくせに、なんという想像力だ。
そのまま、足が地についてないような、足取りで顔をお風呂に入ったばかりのポッカポッカさせた、ほっぺのような気分で、帰路に着いた。
―木曜日―
嫌いな食べものと、好きな食べものを、聞かれなかった男子は、しょんぼりしていた。
そして、他の、好き嫌いを聴かれた男子は、早くお昼にならないか、と言う想いが駄々洩れて、授業なんて2の次、3の次だ。
そして、4時間目の終わりのチャイムが鳴ると、男子はとりあえず、机に座って、目的の子を、または自分に片想いをしてくれている女子を待っていた。
そして、5分後、少しずつ女子が動き始めた。
「米沢君、このお弁当と米沢君のお弁当、交換してくれない?」
「あ…うん」
「あんまり…おいしくないかも知れないけど…」
「良いよ。気持ちだけで嬉しい」
そう言うと、米沢は、
「おぉ!うまそー!サンキュー!!でもごめん」
(え…フラれる?)
作ってきた初の心臓が高鳴った。
「俺んちの母さん料理得意じゃないんだ。こんなうまそうなの作ってくれたのに、俺の弁当じゃかわいそうだな…」
「良いよ!この味が、米沢君の食べて来たご飯でしょ?それが食べたい!」
「ふ、ありがとう」
「ううん。全然!」
(早く、近藤来てくれないかな?腹も減ったし…)
と、近藤が来てくれるのを待った。
しかし、5分経っても、10分経っても、近藤がさっぱり来ない。
そして、机に座ったまま、近藤は動かなかった。
そして、いてもたってもいられず、机から離れ、近藤の席に行ってみた。
「近藤?どうした?」
「あ…上原君…。……さい…」
「え?」
「ごめんなさい!」
(え!?俺、フラれんの1?)
一気に心が縮まってしまった。
「私…料理下手で…ぐちゃぐちゃのお弁当になっちゃって…こんなの上原君にあげられない…」
「なんだ!そんな事か!」
そう言うと、
「開けて良い?」
「う…うん…」
「おー美味そうー!!」
「嘘!そんな事ないよ!ごめんね…。みんな焼きすぎて、黒焦げになっちゃったの…ごめんなさい…」
と、近藤は泣き出してしまった。急いでお弁当の中身を見て、待ってましたと言う気持ちは変わらず、近藤が作ってくれたお弁当を食べた。
「うわー、このだし巻き卵、すげーうまい!!」
「え…でも…」
「良いの良いの!料理は見た目じゃない!味が勝負だから!マジ、卵焼きもたこ焼き!これ、滅茶苦茶おいしいよ!近藤!!」
泣いた顔が、一気に華やいだ。本当に近藤のお弁当はおいしかったんだ。
その時、美味しそうにバクバク口の中に、入れ込んで、笑って、『美味い!美味い!』とかきこんで3分で食べ終えた。
「あーこんな美味い弁当、生まれて初めてだよ。サンキュー。ごちそうさまでした!!」
「…」
何と言う表状で、近藤は今の俺のリアクションを見ているのだろうか…。気になった准は、思わず見つめ合ってしまうほど、近藤は優しく笑っていた。
そして、2人はなんだかこそばゆい感覚を覚え、この時間がずっと続けばいいのに…、そう思った…その瞬間から目覚めた時、准は、勝手に近藤の手を握っていた
。それを、恥ずかしく思ったのは、2人同時だった。
「ご…ごめん!」
「ふふ。全然いいよ!これからも、また握ってくれる?」
そんなこんなで、2人の気持ちは、固く、繋がれた。
「ねぇ、美麗、って呼んでくれない?クラスの時以外で」
「良いの?なんか、俺、図々しくない?」
「全然へーき。ってゆうか、呼んでくれなかったら、一生無視する!」
「あはは!みっ…美麗って怖いな」
「何?文句ある?准!」
甘えて脅して、今度は准の名前を呼び捨てにする。
(何?このツンデレ…可愛すぎる…)
次の日から、2人はクラス中、黙認のカップルとして、ちょっと冷やかされながら、日々を重ねた。
大学生になった准は、小児科医になるために、必死で勉強をした。
そして、初期研修へが行われる事となった日。
内科、外科、小児科、産婦人科とそれぞれをローテーションで周り、医師の第一歩を踏み出す。
元々頭の良い准は、教授からの信頼も厚かった。
しかし―…、
それは、小児科で6歳の女の子が、亡くなった時、美麗と奈々子の影を、見たように、優等生の准であるが、トイレの中で、その時はつい、泣いてしまった。
しかし、これは、厳しい修行だ、と考えを改め、『もう、泣かない』と、先に天国へと旅立った2人に誓った。そうして、彼女を、白血病と心臓病で失い、どん底にいた准が、前を向き、歩き出した。研修中も、色々な刺激と、時には退院していく、晴れ晴れとして患者さんが治ってゆくのを、嬉しく思ったり、美麗や、奈々子のように、何の力にすらなれず、病室で泣き崩れる遺族の方々と泣きたくなるくらいだった。
「そんな事で泣いてどうする!君は、我々医師だけは、病気に対して、真正面に闘わなければならない。例え、その患者さんが病気に打ち勝てなかったしても、その時その時泣いてなどいられないんだ!すぐに立ち上がり、前を向きなさい!」
「「「はい!」」」
その力強い「はい!」に、もちろん准の声もあった。准は、覚悟を決めたのだ。2人が亡くなった時、思う存分に泣いたのだ。まだ幼かったこともあったが、その2人の死を乗り越えなければ、本当の医者にはなれない。いつだって冷静で、でも、患者さんに頼ってもらえる、医師になろう。
美麗と、奈々子の死は、ここで与えられるための強さだったんだ。
その決意がメラメラ燃え出し、もう泣いたら駄目だ…。これを乗り越えないと、美麗と奈々子にきっと怒られる。
『医師になる』
病気の2人が両方彼女で、どちらにも、自分が出来る事が、こんなに無いんだ…。それは、とてつもない喪失感だった。けれど、後ろばかり気にしていると、救える患者さんに、未来をあげられない…。
「俺は、強くなる。だから、見ててくれ、美麗、奈々子」
准は、後期研修もトップでやり遂げ、後は、本当の医師になるための後期講習に入る。
上原准、10年後、開業医になり、内科、小児科を診る事になった。
小5でおませな自らの経験も、役に立った。
「せんせ、私、好きな子がいるの。せんせもいる?」
「いるよ。でも内緒。せんせはね、2人、大好きな人がいたんだ」
「2人も?」
「真似しちゃだめだよ?」
「クスクス…うん、内緒!」
准は、大の大人の男でも、まだ、あの頃の記憶は鮮明に、この胸を覆って、涙を誘う。
医大で学んだ患者さんの不安と、恐怖、そして、諦め、もう長くないと、もうあと3ヶ月だと、与命の宣告をされる前から気付く人は少なくない。
その時、医者として、言ってあげられるのは、
「たくさんの、思い出を作ってね。雛ちゃんは、強い子だから、もう入院して1年だ。これが何を示唆しているのか、雛ちゃんには解ってしまっているのかもしれないけど、最後まで光ってて。最後まで、周りの人たちに、温かい1500円の花束を贈ってあげてください」
「…1500円…?」
「そう。魔法の花。相容れない2人がまた心から繋がるそんな魔法の花束だから。その花を渡しに行くときは、少し素直になれなかった女の子でも、病気で諦めてしまった、その子にでもいい。勇気を出して、自分が消えてゆく時、誰かに…1500円の花束を贈った誰かにきっと何か伝わわるはずだから…」
「1500円の…花束…。それって、先生の想い出?」
「あはは。バレたか…でも、1500円の花束は嘘じゃないよ。本当に2人をほぼ同時に僕は、愛していた人に逝かれてしまった。雛ちゃんがもし自分の中で感じた時は、手紙を書くと良い。頑張ってね」
「…治療は痛いし、もう嫌!!思うし…けど…好きな人はいるんだ…。伝え…られるかな…?先生の教えてくれたように告白したら、驚くかな?そいつ、只の幼馴染だし…。今まで女らしいところなんて見せた事も無いし…」
「大丈夫だよ。雛ちゃんがずっと想ってていてくれた事、彼にも、きっと伝わる。頑張って」
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「はぁはぁ…」
救急車の中で、息が途切れ途切れになっていたのは、
「頑張ろう!雛ちゃん!大丈夫!大丈夫だから!!」
しばらく、苦しそうな雛だったが、その途切れ途切れで聞き取れたのは、
「15…00円…あ…ドバイスありが…と…と、す…き…」
「大丈夫!安心して!絶対伝えるから!そして、雛は搬送先の病院で息を引き取った。
初めて、自分の病院から死亡患者が出て、しかし、それはもう雛の本望だった。苦しくなったら、上原先生に電話して!それから…『ごめんね、
「おね…がい…」
病院に着くと、中学生だろうか?1人、右手に花束を握りしめた少年が佇んでいた。それは雛ちゃんの言っていた、『幼馴染』の男の子だろうか…?
准は、パニックを起こすかも知れないと、最初はためらったけれど、しかし、あの花束を見逃すことは出来なかった。
「君、卓志君?」
「うん…」
「ここにいて、その花束を持って居るって事は、雛ちゃんの好きな人が、卓志君で、卓志君の好きな人も…雛ちゃん…だったって事か…」
「なんでだよ!なんで雛を助けてくれなかったんだよ!!お前医者だろ!!だったら治せよ!!なんでだよ!なんでなんだよぁ!!!」
准は、卓志を抱き締め、こう言った。
「よく、雛ちゃんの想いをもらってくれたね。雛ちゃんと君は本当にいつかの僕によく似てる」
「知ってるよ!魔法の1500円だろ!?」
「え…?」
一瞬…いや、大分考え込んで、もしかして!と、どんなに記憶を、どんな人生を歩んできたか、それを考ええた時、
「それって…僕とな…広瀬奈々子さんとの話ですか?」
「当たり前じゃん!それに、押し花のアルバムなら、内田楓先輩から寄贈されて、図書館で読める」
「そうなんですか!?」
途端に赤くなる准。
「1500円の花束贈ると、恋が成就するって、今も恋の告白場所としてこの病院は有名なんだ!だから、ここは告白の聖地なんだ!」
「そうか…じゃあ、悲しい大好きだって…きっとあったはずだよね?そもそも、ここには色々な病気やけがをした人が沢山の命と闘ってる。雛ちゃんのように、最後に卓志君に告白出来た人もいれば、出来ずに終わってしまう人もいる。だから、ここは本当の聖地ではないんだ。命を弄ばなくてもいいだろう?」
「弄んでなんかいない!死んでいく…もう自分は長くない、そのサインが、この1500円の花束なんだ!もちろん、いい意味で、本当に退院して普通の日常を取り戻せた人は、それを押し花にして、永遠を誓うし、この辺の中高のクラスにはそれぞれ違う押し花のアルバムがたくさんある!だから!ここは本当に聖地なんだ!先生が作ってくれた、恋の聖地なんだ!!」
余りの大人びた卓志の語りに、准はもう恥ずかしさや、照れは何処にもなかった。
「ありがとう、卓志君。僕は…その聖地で、2人も大事な人を失くした。1人目の恋人の時は、白血病でね、発見された時にはもうあらゆるところに転移って言うのをしててね、手術も出来ない状態だった。只の死を待つ人、になっちゃった。辛そうだった。そんな彼女を見て、何が出来るか…もう解らなくなって…毎日自分の部屋で泣いてたなぁ…」
「先生も…泣いたの?」
「あぁ。うんと泣いた」
「ただ、寂しくしないように、毎日面会してた。車椅子でしか動けなくなった彼女を、無理矢理笑ってるって解る、強がりな彼女を、嘘が下手な彼女を半年、彼女は逝ったんだ…」
「そして、2人目は、小学校から心臓に病気があってね、ドッジボールもバスケットもバレーボールも、つまりは、走る事が1番駄目だったんだ。行も帰りも、専用の車の中で、彼女が見てるのは、病院と車の中だけの光景。そこに、内田楓と俺が時々一緒に乗るようになって…」
「2人目の子が天国へ逝ったとき、しばらく、僕は、壊れていたんだ。唯
、教室にいて、授業が終わってお昼の時間も何も食べられなくて、そんな時、日々野って言う同じクラスの奴が、俺に文句…助言かな?してくれた事があって…」
「うん」
「奈々子は明るくて、そこに俺と楓って言う人がいたんだけど、その日比野が言ったんだ。上原君は頭の中で悲しそうな広瀬さんの顔しか見えてないんじゃないか、って。
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