第12話 高校卒業 新たな道へ

「卒業証書授与」


3月9日、准と楓は高校を卒業した。

もちろん、奈々子の卒業証書にも、卒業アルバムにも奈々子の名前は刻まれている。


「遅ればせながら、卒業証書授与!3年B組、広瀬奈々子。今日、この晴れ晴れとした空のもと、あなたの卒業を認めます!」

「はい!」

「本当に、有難うございました。あなたが居てくれて、救われた人がたくさんいる事と思います。僕もその一人です。美麗の事を俺以上に大切にしてくれて本当にありがとう。2人なら、うまくやれると思います。どうか、あなたの居る場所が、温かな場所であります様に」

「奈々子ちゃん、もう18年間、一緒に居てくれて本当にありがとう。初めて奈々子ちゃんにメイクを褒められ、いつかこの趣味で道を開いていこうと思います。18年間、本当にありがとう…」





みんなが帰って人気のない校舎の裏庭。そこに、2人の卒業生がいた。



奈々子が亡くなって、初めは准も、楓も、肩を落とし、笑えない准を見て、教室で、クラスメイトがたじろぐほど泣いていた楓も、何とか、普通にクラスメイトと話せるようになり、いじめ恐怖症を克服した。


准は、奈々子と言う彼女がいなくなり、さぞモテただろう。…しかし、奈々子が亡くなってから、人っ子一人告白してくることはなかった。

みんな、准を好きな女子なら、解ったんだ。

奈々子の存在は、まだ、准の中にしっかりと刻まれている。今、どんなに准の事を好きでも、本当に本当に好きでも、…本当に本当に好きだからこそ、奈々子の存在の大きさは、傍から見ても、絶大な大きさを誇る煌めきだったことが、准の身振り手振りで解った。


准は、時々ベランダに出て、しゃがみこみ、ぎゅっと自分の腕をクロスさせて、奈々子を抱きしめるようなそぶりを見せた。

そして、周りに誰もいないのを用心深く確かめると、左目ポロリ、右目ポロポロ、リズムが崩れ乱れた涙が、


准の中には、まだ温かな奈々子の温度が残っているのだろう。その感覚を、忘れないために…いや、忘れたくないが為に、1回1回、心ごと抱き締めるみたいに、涙を一粒流して、奈々子を抱くように幻を抱き締めた。



楓は、

「内田さん、ちょっと良い?」

「なっなななに?はっ長谷川さん」

「え…私の名前、憶えてくれてたの?」

「…知ってる。みんな知っている。みんなと…仲良くなりたくて、全員、男子も女子も全員覚えたよ」


声は震えていた。今まで、奈々子がいる時は、何処までも奈々子に任せっぱなしで、友達を作る事を諦めていた楓がいた。しかし、奈々子はクラス中の光みたいに、色々な人が話しかけて来た。

「ねぇ、奈々子ちゃん、このバンドの名前って解る?」

(大して音楽好きでも無いのに、なんで奈々子に聞くんだろう?)

と、楓は不思議だった。しかし、奈々子は、見事、そのバンド名を言ってのけた。


「奈々子ってバンドとか詳しかったっけ?」

「ううん。友達の為になりそうなものは、四次元ポケットに入れてあるの」

と笑った。

「…」

その時、楓は奈々子を尊敬した。

自分は、ずっと逃げて、泣いて、立ち向かおうなんて、一切出来なかった。

「奈々子は…すごいね…」

ポロンと奈々子へのリスペクトが心の音になって、大きく鳴り響いた。



その時は、まだもう後少しで奈々子が亡くなるなんて、想いもしなかった。不整脈が起きなかったら、まだまだ一緒に居られる。まだ怖くない。怖くない、怖くない!と言い聞かせた。



しかし、時は来てしまった。

奈々子は、亡くなってしまった。


胸が…胸が…壊れそうだった。心臓病が移ったんじゃないかと思うくらい、恐怖が楓を支配した。


その、がどんな形で今度は自分を襲うだろう?

一緒に髪を切ってくれる、本当に大切な友達が、いなくなってしまった。


その経験から、奈々子が亡くなったあの夜、楓はあんなに取り乱し、泣いたのだ。背中を撫でる奈々子の母親。

「楓ちゃん、今までありがとうね。あの子も楓ちゃんみたいな素敵な子と友達になれて本当に嬉しく思ってるわ」

「違うんです…違うんです…私、奈々子じゃないと…奈々子がいないと、学校にさえ通えないんです…どうしよう…おばさん、どうすれば良いの!?」


「どうすれば良いかは、奈々子本人に聞いてみたらどうかしら?」

「え…でも…もう奈々子は…」

「手紙を…預かってるの。私が死んだら、楓は絶対泣くから、その時、渡して欲しい、って」


そこには、奈々子が想う楓への想いがつづられていた。

読み終えると、胸に手紙を押し付け、心に仕舞うかのように、まあるくしゃがみこんだ。


「上原君、あなたへの手紙も預かってます。読んでやってください」

「…はい。ありがとうございます…」

きっと自分も、楓ほど取り乱さないとは思っていたが、自信喪失状態だったため、場所を、違う場所に移して、手紙を読んだ。思った通りだ。涙が、溢れ止まらない。


「男なのにな…」

つい、奈々子に話しかけた。その瞬間、もういないんだ…。


そう思った瞬間、

(あーこれ、奈々子に馬鹿にされるパターンだ…)



『本当だよ!何泣いてんの?准!解った!私がいなくなったから、子供みたいに、鼻垂らして泣いてるんでしょう?男らしくない』


(やっぱりな…)


そう、奈々子にからかわれるような、奈々子の幻に、手を伸ばした。それは、恐ろしいほど鮮明で、そこに居て、両手を開いて、抱き締めてもらいたがってる奈々子が、見えた。


「奈々子…」

抱き締めようと、近づく准。すると、近寄れば近寄るほど、奈々子の影は薄れていくばかりだった。


「いないんだな…奈々子、お前はもう…いないんだな…」


そう呟くと、病室の前で楓がまだ泣いているのを見て、

「大丈夫だ、楓。奈々子になんか、アドバイスでもされたんだろ?」

「…」

何も言わず、こくんと頷いた。

「奈々子がどんな気持ちでこの手紙書いたか、楓にだって解るだろう?俺たちの事が心配だったからだよ。俺たちよりずっと、奈々子は大人だったって事だよ。」

「でも…あたし…奈々子なしじゃ生きてく自信ないよ…」

「馬鹿やろー!それこそ奈々子の死を、奈々子の生前の意思を、粉々にしちまうだけだろ!!楓、大丈夫だ。きっと、奈々子は色んな魔法を俺たちにかけて、それからあの笑顔で天国へ逝ったんだよ」

「…魔法?」

「あぁ。…きっと」







その准の勘は当たっていた。





奈々子は、もう碌に動かない手指で、今にも閉じそうな眼をこじ開け、あの2通のの手紙を書き上げたのだ。

それほどの気力を使っただろう?文字は微かに震えている。


「なぁ、楓、もっと自由に生きてみないか?奈々子がいた時みたいに、奈々子の分まで。楓は?」

「…解らない…」

「怖いか?」

「…うん、怖い」

「でもさ、楓、ここで強くなれなきゃ、奈々子は死に損だぞ」

「…そう…だけど…」

楓だって、それくらい理解している。中学からの付き合いの准より、小学校から一緒だった楓にとって、奈々子は亡くなっても、傍にいてくれる存在なのだから。

「でも…あたし、奈々子パワーなめてたわ」

いきなり、奈々子が亡くなる前の楓の口調になった。

「奈々子は、どんな時だって強かった。小学校の頃、奈々子の付き添いって言って、保健室に入り浸って、毎日のように奈々子の傍にいた。そこで、奈々子は嬉しそうに話すの。『楓殿、本日は、クレープいただきながら、わたくしの車に乗ってお帰りになりませんこと?』って、笑いながら、話すの。少し青ざめた顔の時も、冗談言って、私を落ち着かせようとするの。どっちが病人だか解んないくらい、顔色以外は楽しそうに話してくれてたの。それ、失ったら、こんなに混乱して、昔の事…思い出して…本当に情けない。でも、奈々子の手紙と、准に言われた事、その2人の私が出来る事、これから探そうと思う。強く…なるために…」



楓が、口調を取り戻したと言うことは、もう何をすべきか、決まっているのだろう。



「楓はどうすんの?」

「うん、とりあえず、メイクの専門学校に行くつもり。そこで、奈々子が信じくれた、私の強いところ、どんどん出して、色んな人にメイクの仕方教えて、ハッピーになってもらうの!」

「おお!すげーな。こんな進学校から、専門学校行くなんて」

「奈々子は、すっごいメイクへたくそでさ、私が、初めてマスカラ見せたら、『髪の毛に生え際に塗るの?』だって!!白髪染めじゃないんだから!!」


「あははは!何か想像できるな。楓は、高校の入学式からバリバリメイクしてたけど、奈々子は、どんくさいだけだったのか…」

「そうなの。あの子はどんくさいの!」


「もう、あの日に決まっていたのかな。私がメイクの専門学校に行くこと。それすら、奈々子のおかげなんだよね。きっと」


「俺は、もう1回…恋人を…好きになれる人を探そうかなと思う。大学行きながら。奈々子の手紙に、そう書いてあったんだ。だから…医学の路を行く。その中で、奈々子を1番近くで見て来たものとして、美麗と奈々子、2人、この青春の真っただ中で、失った俺だから、出来る事がきっとあると思うんだ。美麗も、奈々子も、俺はどちらかを選べって言われても絶対応えられない。2人の苦しみを、天秤にかけるようなこと、絶対できない。2人とも、苦しんだんだ…って事は、病気の人、みんながみんな苦しいんだ。辛いんだ。怖いんだ…。そんな人に寄り添って、一緒に闘う医師になりたい」


「入学首席。卒業首席。おめでたい限りで」


「なんだよ。楓だってテスト毎回10位以内には入ってたじゃん」

「ふふふ…だって、本気出しちゃったら、あたし、首位独占だよ?授業も奈々子が具合悪そうだったら、付き添い―とか言って保健室に逃げてたし、そもそも奈々子だって、病気がなければ、相当だよ?知らなかったの?恋人のくせに」


「なんか…恥ずかしくなってきた…。俺って首席、2人にとられたかもしれないって事?」

「ですな」

「マジかー!めっちゃ格好よく医師になるとか1人優等生みたいなこと言ってたのかー!恥―!!俺!!」



校内に響く鐘の響きがすっと2人の耳をかすめて行く。



もう…お別れだ…。


2人はお互いの頭をくしゃくしゃ撫でまわして、最後に友情一杯で抱き締め合った。


「准!沢山、命救えよ!」

「楓!沢山、ハッピーにしろよ!」


2人は泣いて、最後くらいは良いよね、って、抱き締め合ってるのは、友情だからなと美麗と奈々子に言って、あたしは、もういじめられっ子は卒業したからね、と奈々子と美麗に誓った。



2人の路は、ここを分岐点とし、また、新たな未来へ歩んでゆく。

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