第11話 2人の未来が始まる
准は、奈々子が亡くなって、喪失感でいっぱいになり、学校にはただ、本当に来てるだけ…のような状態だった。普通、こういう時、学校には来ないんじゃないだろうか?と、クラスメイトは思っていた。
何故か、その理由は奈々子の笑顔があった、奈々子の声がした…。そんな、幻影が溢れる場所だったからだ。病院は嫌だ。あそこは、美麗と奈々子が逝った場所。そんな悲しい場所には行きたくなかった。苦しそうで、青ざめた顔が『もう駄目なんだよ。ごめんね、准』と冷たく瞳は閉じている。それをこんな短期間に、2人、見送った准。だから、病院は駄目だ。
それでも、准は、奈々子の姿を探すように、反対方向の道を帰り道のように奈々子の家に着いたら、必ず、お線香をあげた。
何故、共働きの、両親がいない家に入れるのか、と言うと、病院での姿を見て、この子なら大丈夫…。2人がそう判断した。
そして、合鍵を准にくれたのだ。
「美麗、奈々子、今日な、夢を見たんだ。すごく悲しい夢を…。まだ、美麗と、奈々子が生きている夢。悲しかったな…。俺、自分の涙で起きたんだ。いつまで…こんな地獄が続くんだろうな…。俺も…一緒に死ねたら良かったのにな…」
今でも、奈々子の座っていた机を見つめると、奈々子が振り返りそうだった。
それは、笑ったり、怒ったり、すねたり、美麗の事を気にしてくれたり、美麗を失くした後、一緒に泣いてくれた奈々子。そんな奈々子が同情の意を示した。准にとって、そして、美麗にとってもそれは、全く悪意のある同情などでは決してなかった。
本当に想いのある、奈々子の命の重さを知っている、奈々子だけが解りうる2人の心の音だった。
ぼんやり、窓の外を眺め、お昼ご飯は、奈々子と楓の教室では食べなくなった。
奈々子からの手紙を何度も何度も読み返す准。
『必ずいい子が現れる』と書いてあったが、こんな短期間に、恋人を2人も失う事がどれほど心に負荷をかけるか、誰が想像し得よう。
「上原君、これ、飲みなよ。ウィダーインゼリー。全然食べてないじゃん」
そう准に話かけて来たのは、クラスでも、地味な方に区別される
「あぁ…ありがとう…でも、食欲なくて…」
「広瀬さん…だよね」
「…」
ぐりぐりと、胸の中をかき混ぜられるような、興味本位の言葉だとしか思えなかった。
「…何が…日々野に…何がわかんだよ…」
「解んないよ。でも、広瀬さん、よく笑ってる子だったから、上野君も、内田さんも、みんな本当によく笑ってたから…!それがないと…一気に学校が暗くなったみたいで、暗闇みたいで怖いから…。広瀬さんは、その中でも笑顔がとっても多かったから、いつもこの部屋を照らしてくれてるみたいな人だったから!上原君がそんな顔でどうするの!?」
「…」
日比野は、正解を言った。これ以上ない正解を。
「でも…、まだ…ダメなんだ…どうしても、楽しい気持ちにはなれないんだ…」
「誰が、楽しい気持ちになれって言った?」
「え…?」
「今、上原君、泣いてる広瀬さんしか頭の中にいないんじゃない?」
「…」
「そうじゃないよ。広瀬さんが上原君の頭の中に、心の中に浮かんでて欲しいのは笑顔で、元気いっぱいの広瀬さんなんじゃない?」
「解ってるよ…解ってるけど…」
「解ってるって、何が?普通に考えなよ!生きてる方がよっぽど良いじゃない!笑ったり、怒ったり、いつか結婚して、可愛い子供が生まれて、未来は無限に続いていくものなんだよ!上原君は、同情を欲してるだけなんじゃないの!?悲劇の人間になりきってるみたいだけど、それ、全然違うから!奈々子ちゃんが本当に上原君に泣いてて欲しいとでも思ってるって言いたいの?ふざけんな!!そんなやつ、奈々子ちゃんは好きじゃない!」
「それより…内田さん、もっと酷いらしいよ?行ってあげなくて良いの?」
「え?」
慌てて楓の教室に向かうと、楓は、机の上に頭を突っ伏して、大声で泣いていた。
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁあ!!奈々子おぉ!!なんで?なんで死ぬの?この間まで…元気だったじゃん!!なのに…なんでよぅ!!」
周りを囲うように、何かやばい人がいる…。とでも言いたげなクラスメイト。
「楓!楓!しっかりしろ!楓!」
「…准…?」
「何泣いてんだよ!自分からいじめの対象にしてください、みたいなことしてんじゃねぇよ!!」
「だって…だって奈々子が…奈々子が死んじゃった…死んじゃったんだもん…私、どうすれば良いの?」
「まず、涙ふけ!泣くのやめろ!」
それでも泣きやまない楓。すると…、
「ねぇ、内田さん、ちょっといい?」
女子が一人、楓の傍に来て、話しかけた。
「あ…あ・・ぁぁあ」
楓は恐怖のあまり、席を立った。
「ご…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!何もしません!何も言いません!いう事なら何でも聞きます!ごめんなさい!!!」
傍で、楓の動揺を目の当たりにした准は、一体、小学校で何をされて、それはどのくらいのレベルのいじめだったのか…きっと楓にしか解らない、壮絶な日々だったのだろう。
准は、その時、初めて解った。
奈々子が亡くなって、1番苦しいのは自分だ、と思ってたこと、ご両親よりも、どんな友達よりも、自分が1番可哀想だ…なんて、とんでもない誤解をしていた。楓が、あんなパニックに陥るほど、奈々子は楓の支えだったんだ。
それは、奈々子に関わった人なら、みんな、おんなじくらい、苦しいし、悲しいし、きっと、みんな喪失感でいっぱいなんだ…。
(俺…サイテーだな…)
しゃがみ込み、震え、『ごめんなさい』を連発している過去の楓にどれほどの傷があって、どれほど恐ろしいことがあって、きっと毎日奈々子が楓を守って来たとしたら、楓の恐怖も計り知れない。
「内田さん…楓ちゃん…て、呼んで良い?」
ブルブル体を小刻みに震えるようすの楓に、優しく話しかける。
「私の事、知ってくれてるか解らないけど、私、クラス委員長の
「はっなし…?」
「うん。きっととても嬉しい話」
「な…っどんな話?」
「奈々子ちゃんが入院して、その手紙が送られてきたの。私、えっと一応いうけど、私、クラス委員なんだそれで、私の所に、奈々子ちゃんから『楓をお願い』って1行目から楓ちゃんの名前があったの。内田さんの事は、広瀬さんから全部聞いてるの。いじめられてたこと、広瀬さんがいないと、パニックを起こすこと、1度泣き出したらもうその日は泣き続けるだろう…ってことも。でもね、私たちはもう楓ちゃんの笑顔も、冗談も、悪戯好きなとことも、広瀬さんの横にいるところを見て、良い子だなって、可愛い子だなって、格好いいところがある事も、みーんな知ってるの。だから、もう1人で苦しまないで?広瀬さんがいた頃のように…は難しいかもしれないけど、クラス一丸となって、内田さんの傷、癒せるように、努力するから。ね?」
「奈々子が…?そう…言ってくれたの?」
「そうよ。素敵な友達だったんだね…」
「ここは…怖くない、場所なの?」
「うん。大歓迎の場所!」
じーっと委員長を凝視する楓。
「いんちょー…少し、奈々子に似てる目をしてるね…。きっと優しい人だ。…うん。あたし、頑張る。奈々子が残してくれた場所だから…」
7時間目の、授業が終わり、生徒たちがそれぞれ歩き出す。
廊下で、准と、楓が行き違った時、お互い右手を上げ、パシン!と叩き、
(やって行こう!!)
と無言で誓い合った。
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