第7話 美麗との闘い

次の日、

凍った病室でのやり取りを知らない准は、昨日、奈々子が欠席した事が、少し気になった。

けれど、奈々子が行った所には心当たりがあった。美麗に会いに行ったんじゃないか…と。

そうなら、美麗の病室で、奈々子と美麗が何を話したのか、准には解らない。

聞きたいけど、きっと聞いてはいけないんだろうな…と、勘が働いたのだ。


そして、美麗を想う、自分の心の中に、こんなんじゃダメなのに、こんなの嘘になるのに、こんなの美麗にも奈々子にも、言えない感情が准の体中で渦巻いていた。




その日の放課後、美麗の部屋でずっと泣いていた、美麗と、奈々子は、なんと5時間も泣きっぱなしだった。

「…み、麗ちゃん…私、そろそろ帰るね。上原君が来る頃だから…」



「もう嫌い…やっぱりもう嫌い!!奈々子ちゃんなんて大っ嫌い!」


「み…!」

そして、枕を投げられ、廊下に追い出されてしまった。

仕方なく、奈々子は半泣きで病院を出ようとした。

すると、病院の入り口で、奈々子と准が鉢合わせになった。


泣きっぱなしで、喉が渇き、飲み物を買おうと2階のロータリーへ降りて来ていた、病院の入り口で、奈々子が見える。…、2階のロータリーに美麗が飲み物を買うため、そこに来ていた。そして、とてつもなく嫌な予感がする景色が待っていた。



准と奈々子の2ショット、笑顔付き。



(どうして?昨日…約束出来ないって言ったのに…奈々子ちゃんは…、ダメだって言ったのに…なんでまだ仲良くするの?奈々子ちゃんだって、生きられないって…言ったくせに…寿命だって長くないって言ったくせに…!本当は准を奪うためだけに病気のふりしてたの!?信じらんない!)


美麗は、睨むように、2人にビームを飛ばした。

それを一早く気が付いたのは、准だった。

准は慌てて走り出した。何の行動か解らなかったけれど、奈々子は、准が見上げていた2階のロータリーに目をやった。

そこには奈々子を、心底恨むような顔で、涙を流す美麗がいた。そして、とても苦しそうな顔をして、目をギュっと閉じると、一目散に車椅子をこぎ出した。


(美麗…ちゃん…何でそんな顔するの?さっきまで私に頼んだって言ったのに、嫌われちゃったの?それもそうか…私にやっと…やっと気持ちをぶつけてくれたのに、私まで近く死ぬ…なんて言っちゃえば、普通、怒るよね…)


奈々子は、楓以外に心から笑える友達になれると、想ったのに…。やっぱり、この病気は私から友達を青春を、とことん奪いたいようだ。


「美麗!!」

焦り、慌て、廊下をひたすら走り、階段を1段飛びでかけ上がる、准とそれを目で追う奈々子。



もしも走ることが出来たら、車椅子なんかじゃなければ准が追ってくるのから逃れられるのに…。もうこんな風に喧嘩もしないで済むし、そもそも、うんとうんと准を信じて、絶対絶対奈々子ちゃんと友達になって、2人とも大好きなる事が出来るのに…。


准から逃げている間ずっと、そう思っていた。


(どうして!?どうして!?2人ともこんなあたしに優しくしてくれるのに…准の事が大好きなのに…奈々子ちゃんだって中庭で泣いてたのに…すごくすごく苦しそうなのに、どうして、私はこんな風にしか生きられないんだろう…?)


そうは思うのに、体と、炎のように燃え上がる心。その炎は必ず、准と奈々子が関わる。

2人とも向き合ってくれているのだと、頭は理解している。でも、准への想いが病気になって、好きではなく、お荷物になった。そんな事、准が気にしてるはずもないのに…。それを信じきれない、美麗は、奈々子に出会った准に…、奈々子と笑い合うその光景が、心に刺さらないはずはない。

急いで、エレベーターに乗ると、エレベーターが動かない。ハッと後ろを向くと、そこには准がいた。前向きに入ったから、ボタンを押せない。逃げ場がない。


「なに…あんな怖ぇ顔してんだよ」

准の息が切れていている。

「…だって奈々子ちゃんが…笑ってたから…准も笑ってたから…私にどうしろって言うの!?」

「それはそっちだろ…」

「え?」

「俺は美麗が好きだ。広瀬はただの定期健診。そこで顔合わせただけ」

「でも…笑ってた。2人とも笑ってたじゃない!!」

駄々をこねる美麗に、准が美麗のくちびるにキスをした。

「絶対しない。もう誰ともしない。広瀬や他の女子には笑ったりするかもしれないけど、キスだけは美麗としかしない。だから俺を信じてくれ」


「…准…」


思わず頬が火照る。


「良いか?俺は…美麗だけの俺だからな!」

「ふふふ、カッコつけ…。恥ずかしくないの?そんなセリフ…」

「なんだよ、好きだから言っただけだ」


「も1回して?」


2人はまたキスをした。


その時、エレベーターの扉が開き、そこに別のエレベーターでやっと2人に追いついた1人の女の子がボーっとして二人の後ろ姿を見る形で立っていた。

しかし、入り口と反対側には鏡が設置されている。その鏡越しに、キスをする2人の姿が映っていた。そして2人が目を開け、鏡を見ると、奈々子が目を丸くして、一粒涙が鏡だから、右じゃなくて左の頬だ、から流れてた。

奈々子は、そこから1歩、2歩、後ずさりすると、回れ右をして、心臓に負担がかからないように、ゆっくり去って行こうと…した時、

「広瀬!!」

と思わず、准が叫んだ…。

それでも振り向こうとしない奈々子。一瞬、手すりの上に乗せた美麗の手に准の手を重ねていた事を忘れ、奈々子を追いかけ掛けそうになった。

「准!!」

ハッ…!

やっと美麗と繋がったのに、仲直り出来たのに、自分の気持ちにだって嘘は無いのに、すべてが、『広瀬!!』で台無しになってしまった。





(何泣いてんだろう?私…。だって普通の事じゃない。2人は恋人同士だよ?ハグしたりキス…したり…あるでしょ。そこでなんで私が泣かなきゃいけないの?なんて謝って、美麗ちゃんを安心させるお願いを…それを拒絶したのは、他の誰でもなく、私なのに…)




またもや難解な心の問題に、答えは出ない。

しかし、美麗ちゃんは大切な友達だ。そのことだけは自信があった。



次の週、奈々子はまた1500円の花束を届けに美麗の部屋を訪れた。


コンコン

「美麗ちゃん?奈々子です。入ってもいいですか?」

返事はない。

(やっぱり、先週私が泣いたりしたから、美麗ちゃん不安になっちゃたのかな?怒って…るのかな?)

それでも入ろうと扉を開けようとした時、

「入ってこないで!!」

その強い抵抗に、奈々子は、びっくりして、思わず言われた通りドアから手を離した。

「あんた、最初から准が好きで、すぐ死にそうな…私から、准を奪いに来ただけでしょう!?だから私に親切にして、准の気を引こうと思ってるんでしょう!?人の病気餌にするなんて最っっ低!!!その上…もしかして、病気も嘘なんじゃないの!?もう…友達でも何でもないから、2度と来ないで!」

「美麗ちゃん…」



やはり、美麗はあのエレベーターでの涙を見ていた。それに、その次准が取ろうとした行動が示すように、もしかしたら奈々子の事を、准は好きで、もういつ死んでもいい奴にはやっぱり愛情から同情に変わる。それくらいしか残っていない時間のほとんどを、ここの窓からから見える変わらない景色のように、だんだん飽きて行くのと同じで、これから一緒に生きていける人…奈々子をどうしても許せない美麗がいた。


そして、美麗がトイレに行こうと、病室を出ると、入り口に、花束が置かれてあった。

(このサイズは…1500円…奈々子ちゃんか…)

花を持つと、美麗は、病室に一旦戻り、1500円の花束を…ゴミ箱に捨てた…。


その様子を見て、1人、奈々子は泣いた。



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次の日、奈々子はいつもより、だいぶ早く学校に来た。が昇る前に。そして、太陽が来た。すると、すぐ、奈々子は席を立った。


「楓トイレ行かない?」

「うん。私、ちょうど我慢してた(笑)」

「なんでよ、まだ一時間目まで時間あるじゃん」

「だって寂しかったのよぉ」

「は?なんで?」

「だって奈々子は最近太陽君と仲いいじゃん。親友としても寂しかったのですぅ」

「…その心配は…もう大丈夫でーす」

「えー?何があったのよ、太陽君と」

「別に。絶交しただけ」

「絶交!?なんで?」

「なんででも!」

(楓、ごめん…今回のは複雑すぎて、軽々しく第三者に話す訳にはいかないんだ…)




その日のお昼休み、奈々子と楓は、第2体育館の木の匂いを嗅いでいた。

「やっぱり…こっちの匂いのが良いな…ね?そう思わない?楓」

「うん。お見舞い行ったときはやっぱり消毒臭かったね」

「ごめんね親友に守ってもらってばっかりで、私は楓に何も返してあげられないよ…」

「あるじゃん!あたしの為に出来る事!」

「え!?そんな壮大な魔法があるの!?」

「…なるべく…長く…生きてよね…」

「!」

奈々子は楓が親友で本当に良かったと思った。

「ありがと…楓…もう!泣けちゃうじゃん!!」

「そっちこそ!奈々子が泣いたらあたしも泣いちゃうの、知らないの!?」

2人は、背中合わせになって、それぞれ色々な話をした。



「ねぇ、心臓落ち着いたら、ディズニーランド行こうよ!スプラッシュマウンテン、乗って、水で全身濡れるの!で、写真もらって、可愛いご飯食べて、パレードも見てさ、2人で24時間、一緒に遊ぼう…!ね!」

「うん!でも、私、シーも良いなぁって。タワー・オブ・テラーに乗りたい!」

「うわー!それかなり勇気いるな」

「え?楓でも無理な事あるの?」

「ん?何その人を人と思わないような言い方!あたしだって怖いものあるの!」

「なあに?」

背中が少し位置を変えた。肩甲骨まであった背中の温もりが、腰までになって、震えている。

「ん?どうしたの?楓」

「あたしは…奈々子を失うのが怖い…これからも、生きてて欲しい…」

「……楓……ありがと…ごめんね」

「ヤダ!その謝罪は拒否する!!……なんて…ごめん…」

「へへ…」


お互いの涙を見たくないから、2人は背中合わせでお昼休みが終わる、ギリギリまで話をした。どれも、奈々子が生きているという想定の上で。



―放課後―



下校の車の中へ奈々子と、楓が乗り込んだ。(1週間に6日楓は奈々子の車で帰る。もちろん奈々子のお願いあったからだ)

(やっぱり、どうしても解らないから、美麗ちゃんと准の事を楓に話した)



「ねぇ、楓、どうしても、どうしても友達になりたい人がいて、でも、すごい拒まれて、贈り物まで捨てられちゃって、そんな時、誤解を解くと言うか…仲直りしてもらうには、どうすれば良いの?」

「拒まれたって…一体何したの」

「病院が一緒でね、上原君の彼女が入院してるの。それで…上原君を任せる…って言われたんだけど、…幻だったのかな?」

「その子の機嫌悪くなるようなことしたの?」

「その後、上原君が来て、入り口で少し話しただけ…なんだけど…」


「うーん…それだな。出来ないって言った直後、上原と話ししたりすれば、病気だってどうせ嘘だったんだ…って、思われなくもないでしょ?」

「そ…か…。私って本当にダメだな…。美麗ちゃん…ごめんね…」



「ねぇ、奈々子、1つ、聞いておかなければならぬことがある」

「何でござるか…?」

「なんで、泣いたの?」

「へ?」

「だって変じゃん。上原君と、その美麗ちゃん?その2人は付き合ってて、キスまでする仲で、むしろそれは自然な事でしょ?なのに、それを見たら、奈々子は涙が出た。でしょ?」

「う…うん、まぁそんなところ…」

「そんなの、奈々子が上原を好きなだけじゃん!」

「!?へっっっっっっっ!?」

「本当に昔から鈍いんだから。困った子だよ」

「私が?上原君を!?なんでそうなるの?」

「例えば、上原君の優しいところ見たとか、病院で会って、親近感があったとか…」

「親近感かぁ…なくはないかも。でも、全然違う。そんなのんびりした感情じゃないの!上原君の美麗ちゃんへの接し方はいつも美麗ちゃんを安心させるためで、好きだからこそ、上原君は頑張る訳で…そっか…そう言う2人が羨ましかったんだ。きっと…」

「これだから奈々子ちゃんは…」

「何よ。楓は他に原因があると言うのかい?」

「美麗ちゃんって子が、奈々子と上原の事羨ましいって思ってるってこと」

「え?逆じゃ…」

「だって、小5で付き合いだして、1か月で病気になっちゃったんでしょ?本来なら、“彼氏彼女”はこれからじゃない。そんなやっと実った恋が、もうすぐ終わる…悲しくなって当たり前だよ。悔しくなって当然だよ。その美麗ちゃんの事、もう少し解ってあげれば良いんじゃない?」

「例えば?」

「さっき、言ってたよね?毎週花束持ってって言ってたでしょ?それを続けるの。根気よく、そして話してあげればいいよ」

「話す?何を?」

「避けられても、ひたすら伝えるんだよ。そこから、美麗ちゃんが、上原がクラスでどんなう風に過ごしてるのか、好きな科目は?とか。中学で英語の授業が増えたし、上原、最初は一匹狼だったけど、少しずつ打ち解けて行った事や、女子の会話には絶対入らないし、その分美麗ちゃんと話す事だけ忘れないように、余計な記憶は、残さないで、美麗ちゃんの言葉、一つ一つ、頭の真ん中にずっと冷凍保存じゃなくて、温かな想い出としてずっと、美麗ちゃんが死ぬ時、全部、きっとキスとかして、美麗ちゃんに形にならない、『ありがとう』や『大好き』とか『もっと一緒に居たかった』とか目に映らない恋の魔法を、天国に持って逝ってもらう為に」



「楓…なんでそんなに二人の事解るの?」

「んー…内緒♡」

「何さ、でも…ありがとう。頑張る」


そして、診察の日が来た。奈々子は、いつも通り検査をし、以上は診られないと言われたら、急いで…ゆっくり歩いているけれど、心は猛スピードで美麗の病室に飛んでいけそうだった。


コンコン

「美麗ちゃん?いる?」

「…」

「少し話があるの」

「あんたの話なんて聞きたくない!帰って!」

「美麗ちゃんが聞きたくなくても、私は聴いてほしいの。だから、少し話すね。扉越しでも構わないから」



「私、実は心臓の病気で、不整脈が出るともう命は無いと思うって言われてるの。怖いんだ。毎日いつ、この人差し指が鳴るのか…。それでね、私、毎日登下校、車で通わなくちゃいけなくて、その時、自己紹介の時、ガタガタ震えんなとか、言葉に詰まるほどの事言ってなかったじゃん、とか、散々言われた。腹は立ったよ?でも、ちゃんと言わなきゃ、伝わらないよね。勇気出さなきゃ、って思えたんだよね…。それが初めて上原君と交わした言葉だった」

「…」

「それからも、私と上原君は会う事は容易だった。私は週に1度、病院に来るけど、上原君は毎日でしょ?すごいことだよ。中1でそこまで、普通出来ないと思う。これは、心底上原君が美麗ちゃんを好きでいるって事でしょ?」

「…」

「私が涙を流したのは、そんな2人が羨ましかっただけなんだ。なのに、私の理解不足で、本当に申し訳なかったと思うんだけど、美麗ちゃん、私が上原君を好きだって思ってる事は全部誤解だよ?私は美麗ちゃんみたいな優しい子には病院でも会ったことない。みんなせかせかしてて…。初めて会った時、美麗ちゃん話しかけてくれたよね?あれ、すごく嬉しかった。その時の美麗ちゃんは病気なんてあるの?って思うくらい、元気そうで、眩しかったなぁ…。あれは…上原君からの愛が…あったからなんだね…」




その日、やはり、美麗は、奈々子を自分の病室に入れてはくれなかった。

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