第6話 氷の病室
「でさ、広瀬、俺の頭太陽みたいだって言い出してさ。失礼だろ?」
「うん…」
「広瀬がクラスの女子挑発したから、俺はやりたくもないサッカー部に入れられるし、散々だぜ。それにな、広瀬、最近ストーカー出来たみたいで、すっげー怖がってるから、広瀬が見舞いに来たときは話聞いてやってくれよな!」
「うん…」
「ん?美麗?どうした?元気ないな」
「…別に…明日もサッカー部の朝練、あるんでしょ?もう帰ったら?」
「そんな事に時間割くのはもったいねーもん。俺は一秒でも長く美麗の傍にいてやりたいんだ」
「…いて…やりたい?馬鹿!!それじゃああたしだけが准を望んでるだけみたいじゃない!准だってもっとあたしの事見ててよ!」
「見てるよ!毎日顔見に来てるだろ!?」
「それだけ!?たったそれだけ!?」
「じゃあ、この髪の毛は!?俺、1週間に一度は自分でカラーしてんだぜ!?」
「髪の毛が傷むのと、あたしが衰弱してくのと、どっちが怖いの!?最近は奈々子ちゃんの話ばっか!やっぱり、中1の子供じゃ…限界があるんだよ!!丸坊主のあたしと、ロングヘア―の可愛い奈々子ちゃんじゃ、どう天秤にかけても奈々子ちゃんが勝っちゃうじゃない!」
「んな事勝手に決めつけんなよ!俺は…俺だって怖いんだよ!!人生で初めて好きになった子がどんどんやせ細っていくのと、中学で初めて出会って、たまたま同じクラスになっただけの奴と、どっちが大切かなんて、口に出さなくても解るだろ!?」
「解んない!解んない!解んない!もういい!准なんてもう嫌い!!出てけ!!」
「く…っ」
泣き喚く美麗と、理解しえないはずなど何もないと、美麗を信じ、守ってきた准。
こんな句違いが起きたのは何故なのか…。いきなり、あからさまな拒否と距離を置かれたのには、何の誤解があるのだろう?
そのまま、准は出て行かざるを得なくなった。
面会時間の過ぎた夜9時。
ガラ!!
ものすごい勢いで、誰かが美麗の病室に入って来た。
「馬鹿だね、美麗も。只の中坊が一言一句あんたの心を読んで、してほしいことや、
して欲しくない事を、全部頭に入ってるとでも思うの?」
「楓ちゃん…」
美麗と謎の関係な内田楓が、突然、現れ、美麗をたしなめた。
「でも、楓ちゃん、准は…准は…奈々子ちゃんが好きでしょう?奈々子ちゃんも、准が好きでしょう?私は…もう要らないでしょ?」
「なんで?」
「え?」
「上原が誰を今1番に考えてるのか、それは美麗なんだよ。奈々子とは、只の友達」
「でも…私が死んだら…、准は奈々子ちゃんを好きなるでしょう?私の事を忘れるでしょう?」
「そうでしょうね」
「!楓ちゃんのバカ!」
「でもね、美麗、大切なのは今なんだよ。ヤキモチなんて焼いてないで、ちゃんと上原と向き合え。美麗が生きてる今を大切にしな。あんたは、死んでからも上原を束縛するの?上原の幸せを奪うの?解放できないって言うの?自由にしてあげないって言うの?」
「…それは…」
「美麗、あんたの言葉の中に、1つ、正解がある。奈々子は、准が好きだよ、でも、奈々子の事、嫌い?」
「…」
何も返すことが出来ない美麗。
「あ、でも、一つ一言っとく。奈々子は鈍いから、美麗がなんで自分を避けるのが、いつか美麗が死んで、悲しみを超えた時に、なんで、奈々子を准が好きになるのか、それすらわからないくらい奈々子は鈍いよ?」
「そう…なの?」
「あんたが、怒るのは解る。寂しいし、悲しいし、辛いんだよ。みんな…苦しんでるのが、解らない?」
「…」
「じゃあねー!」
楓は、自分の言いたいことだけ言うと、胸を張って、意気揚々と帰っていった。
まだ、中学生で、白血病だの、心臓だの、2人とも普通ではない世界にいる。いつ死ぬか解らないんだ。怖いに決まってる。そこに、奈々子と言うサブキャラが現れ、それは良い子で、しかも同い年で、病に侵されている。
どちらとも友達になったのだ。
どっちに死なれたら困る?
と聞かれ、たじろがない中1がいるだろうか?
次の日、奈々子の車が、中学校のロビーに止まる前、いきなり、誰かが車の前に立ち、車の行く先を塞いだ。すぐさま奈々子が様子見で、窓から顔を出した。
「上原君!?どうしたの!?」
「ちょっといいか?」
「最っ低!!上原く…ううん、上原
!!美麗ちゃんが1番大切だって言ってあげればいいの!なんで天秤かけるのが私と美麗ちゃんなの!?」
「天秤になんてかけてねぇよ!あいつがあんまりわけわかんない事ばっか言うから!それにお前だって美麗の友達なんだろ!?こんな誤解が起きないように俺とは距離とって、もう病院行かねぇとかあんだろ!!」
「出来ない!それだけは出来ないの!」
「なんで!」
思わずカッ!!となった。運動は出来ない、とは告白出来たけど、不整脈が起きたら、命さえ危ない…なんて、登校する生徒がぼちぼち出始めた昇降口の前の車の横で、言える訳がなかった。
「解った。病院に行かないことは出来ないけど、もう美麗ちゃんに近づかない。それで良いんでしょ?」
そう言うと、奈々子は昇降口に向かった。
「…っ!!」
准は、何が起きたのか、まるで解らなかった。奈々子には少し心を開く事が出来た。のに…急に2人が自分を拒んだ。
そうして、昇降口の前で固まる准に、ある人物が話しかけた。
「確か、上原准君、だったよね?」
声のする方に顔を向けると、
「あ…いつも広瀬の傍で広瀬が具合悪くなったら困るから、って付いてるお医者さん…ですよね?」
「うん」
「その先生が俺に何の用?」
「もう、奈々子ちゃんには…近づかないで欲しいんだ」
それは聴き間違いか?と思った。大人のらしくないジョークか?…とも。
「な…んで?」
「君には伝えておいた方が良いと思うんだ。これからいう事、誰にも言わない、その覚悟はあるかい?」
「広瀬の…ことですか?」
「あぁ。とりあえず、他の生徒さんにも聞かせる訳にはいかないから、車に乗ってくれる?」
「はい…」
車に乗ると、機械と、医療道具が大量に積まれていた。
(すげー…めっちゃ色んなものある…)
そんな准の好奇心を、まず落ち着かす為、室川はいきなりこう言った。
「この機械は、奈々子ちゃんの命だ。心臓に発作が起きる事はまぁまぁあるけど、気付かなかった?奈々子ちゃんの左の人差し指に」
「…あ。確か…体温計…?みたいのが…」
「…あれはね、奈々子ちゃんの心臓だ。あの機械は、不整脈を感知する役目をする機械なんだ。」
「ふ…不整脈?」
「あぁ。その不整脈が起こると、直ちに命に係わる状態になってしまう。君と喧嘩している時も、私はとても怖かったんだ。色んな感情がいつ奈々子ちゃんの心臓に異変をきたすか解らない。私はみれいさんと言う人と奈々子ちゃんが1週間に1度、病院で色々な検査をした後で、楽しそうなんだけど、いつもいつも我々主治医をはじめ、奈々子ちゃんに関わる人たちには、楽しい事をセーブするように奈々子ちゃんに言ってある。中学生なのに、とても可哀想だけど、余命は、はっきりしないけど、後持って4~5年だ」
「…え…広瀬って…そんな病気…重いんですか…?」
「あぁ。そうなんだ。だから、過度なストレスを与えたり、ましてや走るなんて絶対しちゃいけない病気なんだ。さっき、奈々子ちゃんが、感情的になって、昇降口まで少し早足だったろ?あの時、私は車を飛び出して、奈々子ちゃんの手を掴んで落ち着かせたいと思った。幸運なことに、あの時は、大丈夫そうだったけど」
「…」
「今日は、病院に行く日なんだ。なるべく、奈々子ちゃんが穏やかに病院に通っているということを心配してくれると嬉しいんだ」
「……は……い……」
(死ぬのか?広瀬が?不整脈で?俺が美麗との喧嘩に巻き込んだから…。もしもそうなら、美麗にも伝えた方が良いのか?いや、でも、広瀬のことばっか話すって言われたばっかだし…。もう訳解んねぇよ…)
―3日後―
3日間、准は自分の中で色々整理して考えていた。その3日間、初めて美麗のお見舞いに行かず。今、自分は、美麗と奈々子の、よく解らないが、真ん中にいる。それでも、好きなのは美麗に決まってる。だけれど、白血病になって、もうステージ4に至っていた美麗にかけてあげられる言葉は…死なないで…それしかなかった。
どんなに傍にいると言っても、美麗の世界は病院だ。自分も病院でそのとても狭い世界で、美麗にずっとついていてあげれば、美麗はホッとするのだろうか?
美麗は、見舞いに行くと、必ず聞いてた。
『中学ってどんな感じ?校舎は奇麗?何クラスあるの?部活は?私はバレー部に入りたかったな。その制服も良いね。女子のブレザー、ちょっと絵に描いてよ!』
『はい描いた。』
『あはは。准相変わらず絵ドへったくそ』
『うるせー』
美麗は、中学校に通いたいのだ。こんな消毒臭い病院と言う隔離された場所で、毎日1人で過ごして、寂しくないはずがない。つまらないはずがない。1日が、どんなに長いだろう?
しかも、自分はもうすぐ死ぬ…。
以前、入院した当時、美麗はひたすら泣いていた。
それから、間もなく、治療が始まり、薬の副作用で、ただならぬ吐き気に襲われ、髪の毛もどんどん抜けて、丸坊主状態。どんどんやせ細っていく自分の体。
その頃だ。
美麗が、准に1つ我儘を言ったのは。
【私の帽子と同じ色の髪の毛にして】
准は、考え込むようなそぶりは一切見せず、
【いいよ。お揃いだな】
その時、その言葉で、美麗は、泣いた。
「准、ありがと…でも…もう一つお願いがあるの」
「うん。何でも聞くよ」
「准は、これから…私が死んだあと、きっと…絶対、好きな子が出来るでしょ?でも、私が死ぬまで…私が生きている間は、誰も好きにならないで。私を好きでいて?」
「当たり前だろ」
寝転がったベッドで、泣きそうになった顔を隠す為、布団で顔を覆った。
コンコン…。
「……」
コンコンコン。
「……誰?」
「俺、准。入ってもいいか?」
「…ん」
病室に入ると、わざと、すねて、窓の方へプイッと顔を見せない美麗がいた。
「ごめんな、美麗。俺マジで空気読めてなかったわ。って言うか、美麗の気持ちに気付いてなかった。美麗を不安にさせてたのは、広瀬じゃなくて、俺にだったんだよな…。ごめんな。俺は…やっぱり美麗が好きだよ」
そう言うと、美麗が上半身を起こし、何とも言えない表情で、准を見つめて…泣き出してしまった。
「ごめんね…私…奈々子ちゃんが羨ましくて…学校で、毎日会えるでしょ?あたしとは会えてる時間も奈々子ちゃんには敵わない。あんなに可愛い子が自分の席の後ろに居たら、誰だって嬉しくないはずないよね…。でも…信じたかったんだ…准は奈々子ちゃんの話を嬉しそうに言うから、もしかして奈々子ちゃんの事を好きになっちゃったんじゃないかって…」
「そんなはずないだろ?美麗、約束しただろ?美麗が生きているうちは誰も好きにならないって。でも、それは違うんだ」
「…違うの?」
約束は果たせない?…奈々子じゃなくても他に好きな人が出来たのだろうかと、美麗は急に怖くなった。
「俺はもう、もう恋はしたくない。美麗も怖いと思うけど、俺も、怖いんだ。また、恋をして、その人がまた美麗みたいに余命宣告されたら…次は、俺は…死んでしまうかも知れない…。だから、美麗が一番最初で、一番最後の彼女だよ」
「…がと…ありがとね、准」
やっと、美麗に笑顔が戻った。
准は、やっとホッとした。
だけど、どうした事だろう?何か…引っかかった。何か心に残るものがった。嘘や誤魔化しとでも言おうか…、何だかとてつもない秘密を抱えてしまったかのような、大きな罪悪感に苛まれるように、その日は普段、美麗といる時より少し早めに病室を跡にした。
そうして、帰路に着こうと、1階の出口に向かった。扉を開け、外に出ると、壁に寄りかかって花束を持つ奈々子に出くわした。
「広瀬…」
「仲直りは済んだ?」
「あぁ…まぁ。ごめんな…広瀬」
「…何が?」
「…室川って言う先生に聞いたんだ。広瀬の病気の事。よく知らなくて…広瀬ばっか責めて…」
「あっそ」
「え…驚かないのかよ!学校内では、心臓病の事は告白したみたいだけど、不整脈って言うの来たらやばいんだろ?」
「そう…だね」
「…」
奈々子の様子があからさまにおかしい。何故なのか…聞こうとすると、それをタイミングを知っていたのかと思うほど、さらっと流され、小さな花束を、准に手渡した。
「何?誰に?」
「決まってるでしょ!美麗ちゃんに!」
「あ…だよな。でもなんで自分から渡さないんだよ」
「上原って馬鹿なの?」
「は!?なんだと!?」
本気9笑い1の対決で、まぁそのまま怒って…いや、セイブした。室川に言われた事を思い出したからだ。
「上原が言ったんでしょ?もう美麗に近づくな、って。でも、これは毎日贈るから。私にはもうそれしか出来ないでしょ?」
「広瀬から、って言って良いんだな?」
「ううん。5000円て言えば、解る」
「5000円!?この花束、そんなにすんのか!?」
「良いから!じゃあね」
そう言うと、いつもの様に、車に乗って奈々子は病院を出て行った。
まだ、面会時間は少し残っている。花なんだから、新鮮なうちに届けておこう。そう思って、准は再び美麗の病室に入った。
「美麗、これ」
「え?くれるの?准らしくない!」
「俺らしくなくて当然。それ、5000円の人からだから」
「5000円!?そんな高い花束…もらったっけ?…」
『何あれ。あの花束5000円もしたのに…』
『これ…さっきの人たちのは5000円したみたいなんですけど、私、1500しかなくて…』
その話声は病室にも聞こえた。
「…奈々子…ちゃん?」
一瞬、頬が赤くなったが、そのうち、美麗は唇を噛み、それをゴミ箱に捨てた。
「な!何すんだよ!せっかく広瀬…が…」
と言いかけて、慌てて口をつむんだ。
「…要らない…顔も見たくない…」
(あ…また奈々子ちゃんに冷たくしちゃった…)
楓に言われた事を、早速できない自分にも腹が立った。
しかし、一度出てしまった言葉だ。
冷たい顔も、冷たい声も、病室を凍らせた。
「なんで…」
「私…あの人嫌い」
“奈々子ちゃん”が“あの人”に変わった。
「まだ、気にしてるのかよ、広瀬の事」
「うるさい…あの人の話するなら出てって」
せっかく一つ問題が解決したのに、また問題が起こりそうな美麗の病室だった…。
「奈々子ちゃ…あの人、絶対准の事好き…嫌ッ!嫌ッ!准は誰にも渡さない!」
美麗は、必死に奈々子の事を拒んだ。
楓に言われた事を、全く聞かなことになったような態度で。
しかし、楓に言われた事すべてが、嘘ではないという事も解っていた。美麗は、奈々子に冷たくしてしまう事に、本当は心が痛んでいた。
冷静になった美麗は、公衆電話で、奈々子に電話をしてみる事にした。
(冷静に…冷静に…)
♬♩🎵
午前2時、いきなり、奈々子のスマホが鳴った。
「公衆電話?やばいとこからの電話かな?でも…あ!もしかして……!も…もしもし?」
色々心配して、大丈夫かな?と、想いながら、電話に出た。
「…美麗です…」
「美麗ちゃん!?どっどうしたの?」
「話があって…。ごめんね、夜遅く…」
「そんな事、どうでもいいよ!電話くれて…ありがとう!」
その奈々子の反応に、美麗はなんだか、嫉妬心が溶けていくのが解った。
「ねぇ、明日、准が来る前に、私の病室来れる?」
「うん!」
「じゃあ、来て欲しいの」
「良いよ!必ず行くから!!」
「うん。じゃあ」
プツン…。
電話は短かったが、奈々子は涙が出るくらい嬉しかった。
次の日、奈々子は、絶対准より先に行くと、言ったから、もうその日は学校を休んだ。
その奈々子がいない事に准は違和感を抱いた。
しかし…、誰も知らない秘密の再会を果たしている2人がいた。
コンコン…、ちょっと遠慮がちに、奈々子は扉を叩いた。
「…はい」
「おはよう、美麗ちゃん…」
「ふふ…准が来るのは夕方だよ?朝からくるなんて思わなかった」
「100%上原君に見られちゃいけないと思って…つい…」
「ありがと、来てくれて…」
「ううん。どうか…したの?」
しばらく、美麗が沈黙した。
「み…れい…ちゃん?」
「お願いが…あるの…私が死んだら…准…を…准の事を奈々子ちゃんに任せたい。
奈々子ちゃん、准の事、好きでしょ?私はもう…長くないから、奈々子ちゃんが一生、准を幸せにしてあげて欲しいの…」
奈々子は、ずっと下を向いていた。
「ごめんね、美麗ちゃん。実は…私も…心臓病で…いつ死ぬか…解らないんだ」
「え?」
「多分…多分だけど、不整脈が起きたら、命はない。もしかしたら、明日死ぬかも…知れないの…」
「な…なんで!?なんでそんなこと言うの!?大丈夫だって言ってよ!任せてって言ってよ!一生傍にいるって約束してよぉ!!!いやあああああああああ!!!!!」
美麗は病院中に聴こえるような悲鳴をあげた。
「嫌だよ!奈々子ちゃん以外の人に准を支えてくれる人なんていない!絶対…」
「ごめんね…。美麗ちゃん…ごめんなさい」
美麗の最後の願いは、この病室ごと凍りついて、それを溶かすことは、本来、ぬくもりのある2人分の涙でさえ温める事は出来なかった…。
が起きたのは何故なのか…。いきなり、あからさまな拒否と距離を置かれたのには、何の誤解があるのだろう?
やはり、幼い心では答えががすぐ見つかるものではないし、何せ経験値が足りない。
ある程度の大人なら、すぐに分かる、とても容易い想いだ。
そう。“ヤキモチ”だ。
只、これは、普通のカップルなら…と言う条件のもとについて定義される。まだ、中学生で、白血病だの、心臓だの、2人とも普通ではない世界にいる。いつ死ぬか解らないんだ。怖いに決まってる。そこに、奈々子と言うサブキャラが現れ、それは良い子で、しかも同い年で、病に侵されている。
どちらとも友達になったのだ。
どっちに死なれたら困る?
と聞かれ、たじろがない中1がいるだろうか?
次の日、奈々子の車が、中学校のロビーに止まる前、いきなり、誰かが車の前に立ち、車の行く先を塞いだ。すぐさま奈々子が様子見で、窓から顔を出した。
「上原君!?どうしたの!?」
「ちょっといいか?」
「最っ低!!上原く…ううん、上原
!!美麗ちゃんが1番大切だって言ってあげればいいの!なんで天秤かけるのが私と美麗ちゃんなの!?」
「天秤になんてかけてねぇよ!あいつがあんまりわけわかんない事ばっか言うから!それにお前だって美麗の友達なんだろ!?こんな誤解が起きないように俺とは距離とって、もう病院行かねぇとかあんだろ!!」
「出来ない!それだけは出来ないの!」
「なんで!」
思わずカッ!!となった。運動は出来ない、とは告白出来たけど、不整脈が起きたら、命さえ危ない…なんて、登校する生徒がぼちぼち出始めた昇降口の前の車の横で、言える訳がなかった。
「解った。病院に行かないことは出来ないけど、もう美麗ちゃんに近づかない。それで良いんでしょ?」
そう言うと、奈々子は昇降口に向かった。
「…っ!!」
准は、何が起きたのか、まるで解らなかった。奈々子には少し心を開く事が出来た。のに…急に2人が自分を拒んだ。
そうして、昇降口の前で固まる准に、ある人物が話しかけた。
「確か、上原准君、だったよね?」
声のする方に顔を向けると、
「あ…いつも広瀬の傍で広瀬が具合悪くなったら困るから、って付いてるお医者さん…ですよね?」
「うん」
「その先生が俺に何の用?」
「もう、奈々子ちゃんには…近づかないで欲しいんだ」
それは聴き間違いか?と思った。大人のらしくないジョークか?…とも。
「な…んで?」
「君には伝えておいた方が良いと思うんだ。これからいう事、誰にも言わない、その覚悟はあるかい?」
「広瀬の…ことですか?」
「あぁ。とりあえず、他の生徒さんにも聞かせる訳にはいかないから、車に乗ってくれる?」
「はい…」
車に乗ると、機械と、医療道具が大量に積まれていた。
(すげー…めっちゃ色んなものある…)
そんな准の好奇心を、まず落ち着かす為、室川はいきなりこう言った。
「この機械は、奈々子ちゃんの命だ。心臓に発作が起きる事はまぁまぁあるけど、気付かなかった?奈々子ちゃんの左の人差し指に」
「…あ。確か…体温計…?みたいのが…」
「…あれはね、奈々子ちゃんの心臓だ。あの機械は、不整脈を感知する役目をする機械なんだ。」
「ふ…不整脈?」
「あぁ。その不整脈が起こると、直ちに命に係わる状態になってしまう。君と喧嘩している時も、私はとても怖かったんだ。色んな感情がいつ奈々子ちゃんの心臓に異変をきたすか解らない。私はみれいさんと言う人と奈々子ちゃんが1週間に1度、病院で色々な検査をした後で、楽しそうなんだけど、いつもいつも我々主治医をはじめ、奈々子ちゃんに関わる人たちには、楽しい事をセーブするように奈々子ちゃんに言ってある。中学生なのに、とても可哀想だけど、余命は、はっきりしないけど、後持って4~5年だ」
「…え…広瀬って…そんな病気…重いんですか…?」
「あぁ。そうなんだ。だから、過度なストレスを与えたり、ましてや走るなんて絶対しちゃいけない病気なんだ。さっき、奈々子ちゃんが、感情的になって、昇降口まで少し早足だったろ?あの時、私は車を飛び出して、奈々子ちゃんの手を掴んで落ち着かせたいと思った。幸運なことに、あの時は、大丈夫そうだったけど」
「…」
「今日は、病院に行く日なんだ。なるべく、奈々子ちゃんが穏やかに病院に通っているということを心配してくれると嬉しいんだ」
「……は……い……」
(死ぬのか?広瀬が?不整脈で?俺が美麗との喧嘩に巻き込んだから…。もしもそうなら、美麗にも伝えた方が良いのか?いや、でも、広瀬のことばっか話すって言われたばっかだし…。もう訳解んねぇよ…)
―3日後―
3日間、准は自分の中で色々整理して考えていた。その3日間、初めて美麗のお見舞いに行かず。今、自分は、美麗と奈々子の、よく解らないが、真ん中にいる。それでも、好きなのは美麗に決まってる。だけれど、白血病になって、もうステージ4に至っていた美麗にかけてあげられる言葉は…死なないで…それしかなかった。
どんなに傍にいると言っても、美麗の世界は病院だ。自分も病院でそのとても狭い世界で、美麗にずっとついていてあげれば、美麗はホッとするのだろうか?
美麗は、見舞いに行くと、必ず聞いてた。
『中学ってどんな感じ?校舎は奇麗?何クラスあるの?部活は?私はバレー部に入りたかったな。その制服も良いね。女子のブレザー、ちょっと絵に描いてよ!』
『はい描いた。』
『あはは。准相変わらず絵ドへったくそ』
『うるせー』
美麗は、中学校に通いたいのだ。こんな消毒臭い病院と言う隔離された場所で、毎日1人で過ごして、寂しくないはずがない。つまらないはずがない。1日が、どんなに長いだろう?
しかも、自分はもうすぐ死ぬ…。
以前、入院した当時、美麗はひたすら泣いていた。
それから、間もなく、治療が始まり、薬の副作用で、ただならぬ吐き気に襲われ、髪の毛もどんどん抜けて、丸坊主状態。どんどんやせ細っていく自分の体。
その頃だ。
美麗が、准に1つ我儘を言ったのは。
【私の帽子と同じ色の髪の毛にして】
准は、考え込むようなそぶりは一切見せず、
【いいよ。お揃いだな】
その時、その言葉で、美麗は、泣いた。
「准、ありがと…でも…もう一つお願いがあるの」
「うん。何でも聞くよ」
「准は、これから…私が死んだあと、きっと…絶対、好きな子が出来るでしょ?でも、私が死ぬまで…私が生きている間は、誰も好きにならないで。私を好きでいて?」
「当たり前だろ」
寝転がったベッドで、泣きそうになった顔を隠す為、布団で顔を覆った。
コンコン…。
「……」
コンコンコン。
「……誰?」
「俺、准。入ってもいいか?」
「…ん」
病室に入ると、わざと、すねて、窓の方へプイッと顔を見せない美麗がいた。
「ごめんな、美麗。俺マジで空気読めてなかったわ。って言うか、美麗の気持ちに気付いてなかった。美麗を不安にさせてたのは、広瀬じゃなくて、俺にだったんだよな…。ごめんな。俺は…やっぱり美麗が好きだよ」
そう言うと、美麗が上半身を起こし、何とも言えない表情で、准を見つめて…泣き出してしまった。
「ごめんね…私…奈々子ちゃんが羨ましくて…学校で、毎日会えるでしょ?あたしとは会えてる時間も奈々子ちゃんには敵わない。あんなに可愛い子が自分の席の後ろに居たら、誰だって嬉しくないはずないよね…。でも…信じたかったんだ…准は奈々子ちゃんの話を嬉しそうに言うから、もしかして奈々子ちゃんの事を好きになっちゃったんじゃないかって…」
「そんなはずないだろ?美麗、約束しただろ?美麗が生きているうちは誰も好きにならないって。でも、それは違うんだ」
「…違うの?」
約束は果たせない?…奈々子じゃなくても他に好きな人が出来たのだろうかと、美麗は急に怖くなった。
「俺はもう、もう恋はしたくない。美麗も怖いと思うけど、俺も、怖いんだ。また、恋をして、その人がまた美麗みたいに余命宣告されたら…次は、俺は…死んでしまうかも知れない…。だから、美麗が一番最初で、一番最後の彼女だよ」
「…がと…ありがとね、准」
やっと、美麗に笑顔が戻った。
准は、やっとホッとした。
だけど、どうした事だろう?何か…引っかかった。何か心に残るものがった。嘘や誤魔化しとでも言おうか…、何だかとてつもない秘密を抱えてしまったかのような、大きな罪悪感に苛まれるように、その日は普段、美麗といる時より少し早めに病室を跡にした。
そうして、帰路に着こうと、1階の出口に向かった。扉を開け、外に出ると、壁に寄りかかって花束を持つ奈々子に出くわした。
「広瀬…」
「仲直りは済んだ?」
「あぁ…まぁ。ごめんな…広瀬」
「…何が?」
「…室川って言う先生に聞いたんだ。広瀬の病気の事。よく知らなくて…広瀬ばっか責めて…」
「あっそ」
「え…驚かないのかよ!学校内では、心臓病の事は告白したみたいだけど、不整脈って言うの来たらやばいんだろ?」
「そう…だね」
「…」
奈々子の様子があからさまにおかしい。何故なのか…聞こうとすると、それをタイミングを知っていたのかと思うほど、さらっと流され、小さな花束を、准に手渡した。
「何?誰に?」
「決まってるでしょ!美麗ちゃんに!」
「あ…だな。でもなんで自分から渡さないんだよ」
「上原って馬鹿なの?」
「は!?なんだと!?」
本気9笑い1の対決で、まぁそのまま怒って…いや、セイブした。室川に言われた事を思い出したからだ。
「上原が言ったんでしょ?もう美麗に近づくな、って。でも、これは毎日贈るから。私にはもうそれしか出来ないでしょ?」
「広瀬から、って言って良いんだな?」
「ううん。5000円て言えば、解る」
「5000円!?この花束、そんなにすんのか!?」
「良いから!じゃあね」
そう言うと、いつもの様に、車に乗って奈々子は病院を出て行った。
まだ、面会時間は少し残っている。花なんだから、新鮮なうちに届けておこう。そう思って、准は再び美麗の病室に入った。
「美麗、これ」
「え?くれるの?准らしくない!」
「俺らしくなくて当然。それ、5000円の人からだから」
「5000円!?そんな高い花束…もらったっけ?…」
『何あれ。あの花束5000円もしたのに…』
『これ…さっきの人たちのは5000円したみたいなんですけど、私、1500しかなくて…』
その話声は病室にも聞こえた。
「…奈々子…ちゃん?」
一瞬、頬が赤くなったが、そのうち、美麗は唇を噛み、それをゴミ箱に捨てた。
「な!何すんだよ!せっかく広瀬…が…」
と言いかけて、慌てて口をつむんだ。
「…要らない…顔も見たくない…」
冷たい顔と、冷たい声が、病室を凍らせた。
「なんで…」
「私…あの人嫌い」
“奈々子ちゃん”が“あの人”に変わった。
「まだ、気にしてるのかよ、広瀬の事」
「うるさい…あの人の話するなら出てって」
せっかく一つ問題が解決したのに、また問題が起こりそうな美麗の病室だった…。
「奈々子ちゃ…あの人、絶対准の事好き…嫌ッ!嫌ッ!准は誰にも渡さない!」
美麗は、必死に奈々子の事を拒んだ。
しかし、美麗は、奈々子に冷たくしてしまう事に、本当は心が痛んでいた。
冷静になった美麗は、公衆電話で、奈々子に電話をしてみる事にした。
(冷静に…冷静に…)
♬♩🎵
午前2時、いきなり、奈々子のスマホが鳴った。
「公衆電話?やばいとこからの電話かな?でも…あ!もしかして……!も…もしもし?」
色々心配して、大丈夫かな?と、想いながら、電話に出た。
「…美麗です…」
「美麗ちゃん!?どっどうしたの?」
「話があって…。ごめんね、夜遅く…」
「そんな事、どうでもいいよ!電話くれて…ありがとう!」
その奈々子の反応に、美麗はなんだか、嫉妬心が溶けていくのが解った。
「ねぇ、明日、准が来る前に、私の病室来れる?」
「うん!」
「じゃあ、来て欲しいの」
「良いよ!必ず行くから!!」
「うん。じゃあ」
プツン…。
電話は短かったが、奈々子は涙が出るくらい嬉しかった。
次の日、奈々子は、絶対准より先に行くと、言ったから、もうその日は学校を休んだ。
その奈々子がいない事に准は違和感を抱いた。
しかし…、誰も知らない秘密の再会を果たしている2人がいた。
コンコン…、ちょっと遠慮がちに、奈々子は扉を叩いた。
「…はい」
「おはよう、美麗ちゃん…」
「ふふ…准が来るのは夕方だよ?朝からくるなんて思わなかった」
「100%上原君に見られちゃいけないと思って…つい…」
「ありがと、来てくれて…」
「ううん。どうか…したの?」
しばらく、美麗が沈黙した。
「み…れい…ちゃん?」
「お願いが…あるの…私が死んだら…准…を…准の事を奈々子ちゃんに任せたい。
奈々子ちゃん、准の事、好きでしょ?私はもう…長くないから、奈々子ちゃんが一生、准を幸せにしてあげて欲しいの…」
奈々子は、ずっと下を向いていた。
「ごめんね、美麗ちゃん。実は…私も…心臓病で…いつ死ぬか…解らないんだ」
「え?」
「多分…多分だけど、不整脈が起きたら、命はない。もしかしたら、明日死ぬかも…知れないの…」
「な…なんで!?なんでそんなこと言うの!?大丈夫だって言ってよ!任せてって言ってよ!一生傍にいるって約束してよぉ!!!あああああああああああ!!!!!」
美麗は病院中に聴こえるような悲鳴をあげた。
「嫌だよ!奈々子ちゃん以外の人に准を支えてくれる人なんていない!絶対…」
「ごめんね…。美麗ちゃん…ごめんなさい」
美麗の最後の願いは、この病室ごと凍りついて、それを溶かすことは、本来、ぬくもりのある2人分の涙でさえ温める事は出来なかった…。
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