第5話 恋がしたい
「あああああああああああああああああ」
自分の部屋で、奈々子はうなっていた。
(いいなぁ…美麗ちゃん…。私も恋…してみたいな…でも…)
美麗の心は本当に切羽詰まっている。どんなに幼く、脆い恋でも、美麗は生きたがってる。その、大切な人の為…いや、もしかして…もしかしてなんて要らない。1番にその人の前からいなくなる瞬間、独りにする、その瞬間、どれくらいの記憶を持って、どれくらいの想い出を抱えて、どれくらいの涙を流して、奈々子を強く強くそんなに抱き締めたら死んじゃうよって…冗談で言いたいのに、私と美麗ちゃんは、心から願っていることがあった。強く心から想ってくれた人の心を…食べてしまいたい。
そして、その人たちの記憶を、消したい。忘れられるのは、本当に辛い。だけど、何年も何年も、准を、両親を、友達を…無理矢理引きずって歩いて行くのは、余りにも重たいだろう。
刹那に囚われた、本当に、短い恋。 『忘れて…。…忘れないで…。』
どっちも本当の気持ちだ。
「どう?この考えに、上原君賛成?」
と、美麗は強がって、泣かずに話したけれど、本当は、震えて…頭からつま先まで、ぎゅんっとこれでもか!と言うくらい、固まっていた。
「まずかったら…美麗ちゃんに怒られるよ?上原君…」
小声で、届くはずのない准に忠告した。
自分に言ってやる事は出来なかったけれど…。
何故なら、奈々子には彼氏がいないから。そんな事?と思う人もいるかも知れない。けれど、好きになった人すらいない奈々子に、期待と夢は大きくあった。
―次の週―
奈々子はいつも通り大学病院に来ていた。
(今日はいないのかな?美麗ちゃん…お話したかったのにな…)
とぼんやりしていると、
「奈々子ちゃん!」
振り返ると、満面の笑みで、美麗は、車椅子に乗って現れた。
「あ、美麗ちゃん!」
「今ね、南病棟の3階の305号室、あの部屋から奈々子ちゃん見えたから、私に会いに来てくれたのかな?と思って、急いで来ちゃった!」
「ありがとう!来てくれて!」
2人は、奈々子が来て、30分くらい、話し込んでしまった。
「そのときね、准、超ビビってたの!笑えない?男のくせに、お化け屋敷苦手
とか。もう私が先に行かざるを得なくなって、それでも、叫んでたのは准だったんだよ」
「へー…そのビビり君に、先週、散々言われたよ?私」
「何?」
「自己紹介の時にね、私、うまく言えなくて…その帰り、上原君に言われたの。ガクガクふるやがってぇ、とか、言葉詰まらせやがってぇ、とか、意気地なしのお嬢様かよ、とか…酷くない?あなたのカ・レ・シ」
「あはは!なんか目に浮かぶなぁ…。准はね、自分にとって、まぁ偏見って言えばその通りなんだけど、気に入った人はとことん大事にする性格なの。でも、ちょっとお前違うだろ!って人には大分厳しい」
「うわー…じゃあ私、初対面でお前違うだろのお前になったんだね…最悪…」
笑いながら、こっちを向く美麗ちゃんが、何だか愛おしく思えた。
そして、こんな元気に笑っている美麗ちゃんが、もう遠からず逝く…。
〔准に好きな人が出来たらどうしよう…〕
そう言って、こわばる手、震える頬、いつも、どんな時も、死んでゆく自分を忘れないで…と、言った美麗ちゃんがとてもとても愛おしく…。
もう長くない。
そう言われているのに、こんなに笑える人はどれほどいるだろう?まだ寿命が解らないから、もしかして10年後も生きていられるかも…と思っている私は、可哀想がられてる。
(…ううん。私、可哀想に見てもらいたいんだ…)
だって、その方がずっと楽に生きていける。
“大丈夫?”“具合悪い時はすぐ言ってね”
そんな言葉が時に悲しく、時に何だか、腹が立った。
たった一度の人生、可哀そうに生きてどうする?
もっともっと謳歌すればいいじゃないか。少なくとも、美麗ちゃんはそうやって生きてる。それに真っ向から向き合ってる、上原君がいる。これは、奇跡…だ、と思った。
そして、准が、入学式の時、深々と先生と上級生の前でお辞儀をしたのは、『美麗の為なんです。許してください』と言う無言の、許しを請う姿だったのだ。そんなに想ってくれる人が…彼氏がいてくれるのは、とても幸福な事だ。
私だって、パパがいる。ママもいる。そして、唯一無二の存在、楓だって…いてくれる。彼氏だけに縛られることではない。だけど……。
「私、頑張れてる?自己紹介でも、私は私で、恥じても恥じなくても、ちゃんとみんなに伝える事が大切だったんだ…私は可哀想なんかじゃない!」
と奮起した奈々子は、次の日、担任の杉祥子にある事を頼んだ。
ホームルームの時間を知らせるベルが鳴り、生徒は何も促されることなく、ほぼ無言でみんな席に着いた。
まだ、入学して2週間とちょっと。友達作りはまだ始まったばかりだ。
「今日のホームルームで、広瀬奈々子さんから皆さんに言っておきたいことがある、という事で、広瀬さん、どうぞ」
杉先生が、合図をすると、奈々子は、うつむいていた顔を上げ、席を立ち、教壇に上がると、ペコリと礼をすると、静かに話しだした。
「ホームルームにすみません。突然ですが、私は、心臓病にかかっています。保育園の時に初めての発作が起き、それから私は運動が一切出来ません。小学生になって、体育の見学を1人でしていました。そして、ドッジボールのボールが、転がって来たんです。私は、みんながそう思うように、それを友達に転がして届けました。…けど、〈運動が出来ない〉と言う言葉が、強く頭に流れ込んできて、つい動揺して、先生に泣きつきました。その次の日からは、見学ではなく、欠席と言う形を選びました。そのまま、怖がって、怖がって、唯々怖がって…。そうしたら、友達がいなくなりました。その寂しさを、虚しさを、痛みをもう味わいたくありません。だから、私は、中学校生活を謳歌したいです!みんなと仲良くなりたいです!お願いします!」
パチパチパチパチ…♬と拍手が上がった。その誘い人は、楓だ。
(楓、ありがとう!)
深呼吸をして、奈々子は自分の席に戻った。
そして、何もかも真っ赤に染める雄大な太陽を見つめ、背中に、テレパシーを送った。
(私、意気地なしじゃなくなったからね!上原君!見てた?聴いてた?どう思った?)
奈々子は、太陽に近づきたい…このままどうせ燃えて、無くなるなら、私はこの太陽に焼かれて死にたい…、そう…思った。
そんな気持ちを、この世でどんな風に呼ばれているのか鈍感な奈々子は、中々気付けなかった。
それは、“好きだ”と言う感情が生まれたサインであることが、美麗の存在があったからとはいえ、奈々子にも、何となく、解りかけていた。
『あの赤い太陽で焼かれて死んでいきたい…』
そう、席が、太陽の後ろだったから、その理由も解ったから、
奈々子は准のことが好きになっていた。
その髪の毛も、私が好きになる前からずっと前から、奈々子は、ある意味、美麗を羨ましく思った。
「私…酷い…上原君が好きなのは美麗ちゃんなのに、どんな顔でこれから美麗ちゃんのお見舞いに行くの?どんな想いで上原君に…、恋と言う感情を引き連れて、これからどうやって話しかけたり、笑い方や、明るい美麗ちゃんと話をすればいいの?」
病院の中庭で、1人、混乱し、泣くしかない自分が、情けなくて、泣いた。もう、准の事が好きで好きでたまらない、奈々子の中に確実に大きくなって、叶わないと分かっても、奈々子は思った。
恋がこんなに辛いなら、恋なんてしなきゃよかった…。むしろ、出会わなければ良かったんだ。美麗ちゃんに。私…恋したいな、ってずっと思ってたのに、恋ってこんなに切ないものだったんだ…。ならもう、要らない。欲しくない。消えて!!
そうこんなタイミングで…。
だって、美麗ちゃんの想いは痛いほど知っているから、自分が死んでから彼女が出来るのが1番怖い、と泣いた美麗に、どんな顔で会いに行ったらいいのか…。美麗ちゃんは、私を一生、許してくれないだろう…。
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「帰ってよ!2度と来ないで!!」
その怒鳴り声の上、枕が、305号室から飛び出してきた。
「キャッ!!」
その次は、叫びながら、1人の女の子が飛び出してきた。続いて、大きな花束がもう1人出て来た女の子の顔を目がけて、大袈裟に振り回され、散ってしまった。
(美麗…ちゃんの部屋…だよね…?)
何が起きたのか…なんで、あんなに可愛くて一緒に居て、楓とも変わらないほど奈々子を理解してくれた、美麗ちゃんのはずない…と奈々子は思った。
「やっぱり、近藤さん、ダメだね。せっかく花束だって、クラスの募金募って5000円もしたのに…もう駄目だね」
「うん。みんな同情して、可哀想だから、顔出したり話し相手になってあげようと思ってきてるのに、もう女子も男子も関係なく、敵視してる…」
「ほんとにね。イラつく…」
「でも、死んでくれたら、准君、またフリーだよ?告白するなら、弱ってる今か、次へと歩き出す時じゃない?」
「「うん今は我慢だね」」
奈々子の耳に流れ込んできたのは、病院にお見舞いに来る人の言葉ではない。思わず、奈々子は2人の前に立ちふさがり、2人の頬を叩いた。
「…いった―…何よ、あんた!何すんの!?」
「信じらんない!初対面でビンタするとか…あり得ない!!」
「あんたたちには解らない!今美麗ちゃんがどんな想いでいるか…あんたたちみたいな人たちがいるから、美麗ちゃんが怖がるの!あんたたちが買ってきた花束はお見舞いなんかじゃない!心配もしてないくせに…そんなあんたたちが美麗ちゃんを傷つけないでよ!!!」
「…もうなんなの?近藤さんもあんたも…バカじゃない?行こ」
「うん」
「…………」
奈々子はくちびるを噛んで竦んでる足と、零れてきそうになる涙を何とか出口から出さないように、震えながらも、抑え込むことに成功した。
そっと病室のドアを叩いた。
「…」
ドアの向こうからは返事がない。やはり、さっきのあの子たちのせいだろう。
「…美麗ちゃん?良い?」
奈々子はちょっとドキドキしながら、ドアに向かって声をかけた。すると、扉が全開になって中から、美麗が奈々子の胸に飛び来んで来た。
泣いている―…。
「美麗ちゃん…もう大丈夫だよ。あの人たちにはお仕置き、しておいたから。安心して」
顔を奈々子の胸にくっつけたまま、
「…お仕置き?」
と尋ねて来た。
「ビンタ!!」
「ふふ…ありがと」
「ベッド…戻ろっか」
こくん。
「でも…1つ美麗ちゃんに謝らなきゃ」
「え?何?」
美麗はベッドの手すりに手をかけ、顔を上げた。
「あの人たちの花束、5000円したらしいんだけど、私…1500円の花束しか買えなかった。すまぬ!」
「あはは。やっぱり奈々子ちゃん面白い。ていうか一緒に居て、楽だな…もっと早く…奈々子ちゃんに会えてれば良かった…」
(私は会ってしまって、こんなに後悔してるの…)
そんな言葉を泣きそうになりながら、言われると、こっちまで泣きそうになる。奈々子も、准が好きだから。
「花束…嬉しいって思ったの…奈々子ちゃんだけ。だから、これからも1500円で良いからね。それが良いんだからね」
「うん…そのくらいしかお小遣いないから、任せて」
その言葉に、また少しほっとしたような顔をした美麗。
すると、突如、病室のドアが開いた。
「…誰だ?誰だよ、お前!美麗、大丈夫だ!俺がつまみ出すから、泣くな!」
「え????」
つい、ついていけない状況で、准が現れ、自分をつまみ出す?
「良いの!良いんだよ、准!奈々子ちゃんは、友達だから!」
「え…?美麗が友達?」
「です。ついでに、3回目の自己紹介します。私は広瀬奈々子。今上原君と同じクラスです」
「あ…あぁ…意気地なしのお嬢様か…」
「こら!准、奈々子ちゃんは私の大事なたった一人の友達なんだから、もっといつもみたいに大切にしてよ」
「おう。だな。えっと名字なんだっけ?」
「広瀬だってば!」
「「「あははは」」」
しばらく、3人で話した。特に突っ込まれたのは、奈々子からの准と美麗の成染話だったけれど。
「でね、いきなり私の手を掴んで、ゴミ捨て場まで離してくれなくて」
「な!?それは美麗だろ!めっちゃ強く握ってたじゃねぇかよ!」
「あぁあぁあ…男の言い訳って情けないなぁ。ちゅうでもしてあげれば、良かったのに…」
「ちゅ………」
「ちょ、奈々子ちゃん、それ准だけじゃなくて、私も恥ずかしいから!」
「うわー!2人とも顔真っ赤!」
全身のオーラが上原君の髪色に染まってゆくように、2人ともやっぱり幼い恋で、それでも一生懸命で、もうその理由も、信頼関係も、恰好良かった。
それなのに、奈々子の心には、後ろめたい気持ちが存分に育ち始めていた。さっきみたいに、奈々子がが病室入っていると、すぐ、追い払おうとした准。そこに他の人への想いは当然ない。
(私が…もしも上原君に好きだって言っても、美麗ちゃんに優しくしてたのは、そうやって善人ずらして、早く美麗が死ねばいい…って思ってたんだろ!?って、きっと上原君は怒るよね…)
だけど、そこだけは、自信をもって言える。
美麗ちゃんは、本当に良い子。これほどのナイスカップルはいない。
つまり、奈々子の失恋は決まっている事なんだ。
「キスは出来なくても、何度でもその手を握ってあげてね、上原君」
「あぁ、ずっと握るからな、美麗!」
「「おおー格好いい!!」」
「えっ!ひっかけ!?」
「お坊ちゃんはすぐ美麗ちゃんの手を握ってくれるそうでーす」
「そうね、いくらでも握って良いぞよ?准殿」
「なんなんだよ!お前ら!」
「あ…私そろそろ帰らなくちゃ。また来週ね、美麗ちゃん!」
「おい、俺は無しか?」
「ん?要るの?」
と不機嫌そうな声で、美麗がからかった。
「要りません」
「「「あはははは!!!」」」
ドアを閉めると、なんでか解らないけれど、奈々子の頬に涙が伝った。
それは、やっぱり死ぬ事が怖かったり、それはもう昔から変わらないが、それ以上に、美麗と准の関係が素敵だった。
今更だけど、准君は、すごく格好いい。こんなんでは、幾らでも告白殺到間違いない。
しかし、学校の准君は冷たくて、笑わなくて、無言で、女子どころか、男子とも話すところを見た事はほとんどない。
なので、美麗ちゃんが1番怖がっている新しい恋人は、未だこの辺りにはいないと見た。
でも、1人告白者殺到の火付け役なる、数え忘れている人がいる事に、奈々子は気付かなかった。
「今日も真っ赤な太陽が昇る…良い1日に違いない…」
「……人の髪見てアテレコすんのやめろ」
「あはは。おはよう、上原君」
「おう」
その2人の会話で、何人の人…女子が聞いたか…そして、驚いたか。
あんな奈々子のギャグに付き合うような、そんな人だったのか、とクラス中がざわめいた。
(あ…!やば!男子は良いとして、女子!女子はやばい!!)
そんな空気を、准も感じ取ったんだろう。いきなり、美麗への愛溢れる行動に出る。
「
「え…何?や、未だ仮だけど、サッカー部かな?あ、サッカー部志願者はこのクラスで
「へー…俺もサッカーにすっかな」
「なぁ…名前聞いた時、あれ?ッと思ったんだけど、上原ってKジュニアサッカーサークルで、得点王になった上原准か?」
「あぁ…そうだけど」
「おい!それ早く言えよ!絶対お前をサッカー部に入れる!!」
「勝手に決めんな」
「なんだよ、准さん、今日から学校ですか?もう2週間以上たってますけどぉ」
「うっせ!」
(クラスに…馴染んだ!?)
「う…上原く…」
「わり、トイレ」
すぐメスたちが待ちきれず、准に話しかけようとしたが、すぐいつも通りの冷たい上原君に戻った。
(あ、女子には今まで通り冷たい…。じゃあ、あたしも冷たくされてなきゃおかしいのか…。良かった…初めに気付いて…)
それから、もう学校中に奈々子の心臓病は告知され、誰も無理させるような真似をする生徒はいなかった。
クラスでの、話を、聞いたという人たちは、理解を示し、しかし、悲しいかな、人の心には、愛も友情もあるけれど、逆に、同じくらい誹謗中傷はついてくるのだ。
〈病気くらいで登下校あんな運転手付きのいい車でくんなよ!〉
〈心臓マッサージしてあげるよ、君、結構胸、あるもんね。もちろん、人工呼吸だって!可愛いもんね!奈々子ちゃん〉
もはやストーカーですら出始めた。
確かに、奈々子は可愛かった。小学校で欠席するようになって、一気に元気がなくなって、下を…下しか見なくなった奈々子は、もう楓の顔しか解らなかった。友達を望む気力さえむし取られてしまった。そんな奈々子を好きなる人はいなかった。
しかし、両親や楓のおかげで中学校へ行く勇気は出た。
プラス、楓のサプライズで、本当に怖さが半減した。
「広瀬!大丈夫か?」
下駄箱で車がやってくるまで、待っていた奈々子に、後ろから声がした。思わず、
「ひゃっ」
と小さく悲鳴をあげる奈々子。
「あ…」
声の主が解ると、本当に安心した、と言う顔になった。声の主は、准だった。
この日、また、美麗の心が歪む出来事が起きる。
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