第4話 赤い髪
入学式が始まり、新入生の入場で幕を上げた。歓迎の先輩たちの拍手と、校歌がデモテープで流れる。
その時、全校生徒が驚き、睨んだり、目を丸くしたり、息を呑んだり、体育館がざわついた。
(一体、何の騒ぎ?なんか…先輩たち怖い…?)
新入生の一部は、その先輩たちの反応の理由が解っていた。
自分のクラスの列に並んでいた為、奈々子も、その理由を目視することに成功した。
(あ…赤い…髪の毛…真っ赤だ…!え?中学でカラーって…すごい勇気だな…、てかみんなの反感かっていじめられそう…)
(ねぇ、奈々子ちゃん、あんなにからーして、退学にはならないの?)
(解んない。でも多分メンタルすごく強そうだし…)
(そっか。そうだね…)
奈々子と、同じ顔をしている生徒がいれば、『1年のくせに調子こくなよ…!』なんて、応援団長と思われる鉢巻をして、学ランで、ジッとその男子生徒を睨んでいるのが、先輩方にはもちろん、新入生の中でもひそひそと小声が行き交った。
その少年A君は、そんな事何の気にもしない…と思った感じで、無表情だし、でもその中に信念があるんだ…なんて、奈々子は思った。
その少年Aがどんな想いでその髪色にしてるのかそんな事を想像をして、何故か、
(誰かの為じゃないかな?た…ぶん…)
と思った。
未だざわつく生徒に、
「静かにしてください」
と先生の声が体育館中に響き渡った。
その先生の甲斐もなく、またこの体育館はざわつく事になる。
少年A…いや、
この人は反発心から、そんな行動には出ているわけではない。反省ではなく、ある意味の許しを求めるお辞儀だ。そんな行動だ。
『誰の為…?』
危うく、奈々子は准に聞きそうになった。
「では、新入生の皆さんは、指定されたクラスに入ってください」
奈々子は、何だかこの人を知りたい…。そう思った。
(なんでそんな髪の色をしてるの?大事な理由があるんでしょ?それは、あなた自身の?それとも誰かの為?)
そんな事を考えながら、促されるまま、教室に入った。すると、目の前が真っ赤だ。そう。准の真後ろの席が奈々子の席だった。
「今日は軽くあいさつ程度に自己紹介してください」
担任の、
窓際の生徒から順に自己紹介が始まった。みんな言うことと言ったら、名前だけや、言っても、何処の小学校から入学したか…くらいだ。
(やばい…みんな滅茶苦茶何も言わない。私…あんな長い自己紹介書いて、それ…読むの?やばい!どうしよう…)
悩める奈々子の机の前で少し椅子が奈々子の机に当たった。
(あ!次!私じゃん!どうしよう!どうしよう!)
かなり焦る奈々子。
(でも、上原君も色々事情ありげだし、お願い!長文を!)
「上原准です」
以上。(泣)
(どうしよう…私ばかり目立っちゃう…みんなと友達になりたいけど…可哀想って離れて行ってしまうのも辛い…)
准が程化した嫌な空気だけが教室中を満遍なく広がってしまった。
「広瀬さん?どうぞ」
「あ…はい…えっと…ひ、広瀬奈々子です…あ…の…」
(体の事を言わなければ…明るい子だって思われなくちゃ…みんなに馴染まなきゃ…!)
先生の許可…室川先生も一日が終わるまで来賓室で待機している。
しかし、とうとう、名前だけ言って、体の事は何一つ伝えられなかった。
「あぁあ…出来なかった、自己紹介…。また、みんなと距離が出来ちゃう…」
「まぁまぁ、あたしがいるじゃない!」
それは、本当に心強かった。
「少しずつ知ってってもらわなきゃ。みんなだっていきなり病気だ、なんて言われても、引くかも知れないし、1個1個伝えていこう!」
「うぅ…楓、大好き」
「あたしもー」
「「あはは」」
「何だ、笑えんのか…」
「え?」
何だか聞き覚えのある、いや、ついさっき聞いたような、ちょっと怖い声で…。
「うっ上原君!?…今の…何?」
「世の中、そんな笑って生きていけない人間だっているんだ。なのに、ガタガタ震えながら、言葉も詰まりながら、自己紹介するから、なんかあるんかと思ったけど、只の意気地なしのお嬢様か…」
「え?お嬢様?」
「後ろ、あれ、あんたの送迎車だろ?」
「あ…あれは…」
ちゃんとした、本当の理由も言えないスピードで准は帰路に着こうとしたら、
「やめてよ!この子は…すごい爆弾抱えて…それでも一生懸命生きてるの!あんたみたいになんも知らないのになんで奈々子に意気地なしとか言われなきゃいけないの!?」
「あ?」
「楓、もういいよ。私は大丈夫だから。ありがとう。今日、診察だし…」
こそっとそう楓に伝えると、楓も、これ以上奈々子の心臓に負担をかける訳にもいかない、と、口論を止めた。
「じゃあね、楓。いつもみたく、送ってあげられなくてごめんね」
「何言ってんの!あたしは奈々子と少しでも長くいられたら、それだけでいいの。別に楽だから!…なんて甘えは…」
「持ってるな!楓!」
「「ふふふ」」
そんな二人のやり取りを遠くから、准は見ていた。
(どっちなんだ…)
=====================================
「こんにちは。
生野は、奈々子の主治医だ。
「はい。こんにちは。どう?調子は?」
「時々、怖くなります。家では怖くて…泣いてしまいます。この人差し指が鳴らす音…もしかして、今…この後すぐ…鳴り出すんじゃないかって…それが…1番怖いです」
「そうですか。それは僕も罪悪感を覚えます。ごめんなさい」
「…いえ…」
そう言うと、奈々子は泣きだした。
「先生…怖いよ…私…死ぬの、嫌です。嫌です!嫌です!!」
そうして、そんな悲痛な声を聴いても、辛そうな奈々子を見ても、いくら腕の良い医者でも無力になってしまう。すべての病気を絶対治せる、そんな医者も化学の進化も日進月歩、と言われつつも、いつその薬が出来上がるか、みんな解らない。みんな想像しても、無い。
〔いつか…いつか…〕
そのいつかは本当にいつかの域を出ない。だから、1週間に1度この大学病院の心臓外科に通っていた。
そして、しばらく泣きながら、『怖い』と言い続けた後とは思えない発言をした。
涙を拭い、生野の目を見て、こう言った。
「ね、せんせ、私ね、死ぬ前にしておきたいことが、たった一つあるの…」
「ん?何かな?」
「んー…せんせ、笑いそうでヤダな。やっぱり言うのやめよっかな」
「なんだよー、先生には聞く権利があるよ?」
「…したい…」
「ん?もう1度聞いて良い?」
「私…、恋がしたい!」
「…うん。そうだね。奈々子ちゃんの場合、思春期でもあるから、そう言う思いは確かにあるかも知れないね」
「…好きな人が出来たら…好きになって良い?」
「うん。良いよ。ただし、ご両親やお友達にもそして室川さんにも、苦しかったり、あんまりドキドキさせるのも心臓に響く…という事だけ、覚えておいてね」
「はい…」
診察を終え、奈々子は室川の許可を取り、1人、中庭のベンチに座って泣いていた。
『せっかく女の子に生まれて、そしたら病気になって、体育の時間いなかったら、それだけでみんな離れていっちゃった…。またかな?中学でもおんなじことの繰り返し?ちょっと格好いいと思ってた
奈々子は、嬉しくない、泣き笑いで、ぼそぼそ呟いていた。
「どうしたの?」
いきなり、車いすが横に着いた。誰かと思うと、知ってる訳でもない子が、俯いて泣いていた奈々子に可愛らしい声で隣から気遣いの言葉をかけられた。
「あ…の…なんでもないです…ごめんなさい…」
「嘘つき」
「え?」
「何でもない時には涙も出ないし、ぶつぶつ口から小声は漏れないよ?どうしたの?」
「恋が…したいなぁ…って思って…」
「…そっか。あなた、お名前は?」
「…広瀬…奈々子…。あなたは?」
「
「え?私も今日から中学生。何中?」
「O中」
「あー残念!中学は一緒じゃないや。私はN中」
「え?そうなの!?」
「うん。そうだけど…」
「じゃあ、みんな戸惑ったでしょう!」
「ん?何に?」
「赤い髪の毛!!」
「えー!?美麗ちゃん、なんで知ってるの?」
「それ、あたしの彼氏だから」
「!!そうなの!?」
「うん。小5からの付き合い!」
「え――――!!!すご―い!!!私なんてまだ初恋すらした事ないのに!」
奈々子と、美麗は、もう瞬時に友達になれた。
ここが、病院だったから。そして、奈々子が泣いていたから。だから、美麗も素直に話しかける事ができたのだと思う。
それは、美麗の通常の行動ではなく、誰かに話しかけたりすることなど、そうそうない事だった。
美麗は小5で准と付き合いだして、たった1か月で白血病になった。だから、何だか話しかけやすそうだな、と奈々子に関して思ったのだろう。
「奈々子ちゃん、もう隠してても仕方ないから、言っちゃうけど、私、白血病なの」
「え…あ…そっ…っな…」
「もう准と付き合ってから1か月でなっちゃって…准の邪魔になりたくなかったから、別れようって言ったんだけど、俺が支える…とか、只の小学生のガキが何言ってんだ…って思ったけど、すごく嬉しかったんだ」
「それと、上原君の髪の毛、どう関係してるの?」
「私が准に、言ったの。何でもいいから、今からいう事、してくれる?って聞いたら、『OK』って言ってくれて…それが、髪の毛を真っ赤に染める事だったの」
「なんで…赤い髪なの…?」
さっきまでの生き生きした笑顔が、曇ってゆく。
「私さ、あと数か月の命なんだよね…。こんな帽子かぶってれば、大体わかると思うけど、もう、髪の毛ないんだ。ほとんど…。だから、この赤いニット帽とおんなじ色に髪の毛染めて、いつも好きって合図にして!…って…我儘にもほどがあるよね…それくらい怖いんだ。准が…誰か…私じゃない誰かを好きになる事が…そして…私以上の愛を准から注がれるその2人の未来が…どうしても…耐えきれない…」
(あ…それ…私…それはまだ知らない感情だな…でも…美麗ちゃん、さっきまでの話し方と表情が全然違う…怖いんだ…すごくすごく…怖いんだね…)
死ぬかも知れない病気を抱えてる人が、若ければ若いほど、それが1番怖い。
そうして、さっきまで笑顔だった美麗が、急に泣き出した。
「ねぇ、奈々子ちゃん、准は…私の事、嫌いにならないかな?あんな我儘言っといて、今更ながら、思っちゃうけど…私が死ぬまで…ううん…私が死んでも忘れないでいてくれるかな?」
…それは…その気持ちは大いに理解できた。楓以外友達も彼氏もいないけど、パパとママと楓は、私が死んだら、どれくらい悲しみを引きずってくれるだろう…。
なんて…これかから生きて行く人たちの、心の真ん中に、いつも置いておいて欲しいと思うけど、それでも、残された人たちを、縛りたいわけではない。
むしろ、忘れて、って、もう良いんだよ、って、言ってあげるべきなんだ。
だけど、どうしてだろう?死んだ後、まぁ、普通に寿命を…90年の人生を全うしたと言えるのなら、それなりに忘れられていくのだろう。
でも、奈々子と美麗はまだ中学生。忘れられるには人生、13年は短すぎる。儚い。とてつもなく、儚い…。
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ちょっとおませな恋人同士の物語を聞いて欲しい。
出逢いは、小学校5年生の時のクラス替えから。
准は、スポーツだけではなく、勉強も小学校では一番だった。その上、サッカーが、すごい得意な、暴れん坊だった。でも、リーダーシップもあったし、とっても明るい存在だったから、准に好意をよせる女子はたくさんいた。
その中に、近藤美麗と言う何だか文字だけ見ると、可愛い系なんだろか?それとも美人系なんだろうか?
と、みんな思うかも知れない。
けれど、その存在は、本当に惹かれるものだった。シンボルマークは高い位置にあるポニーテール。細くて、背は低く、下手をすれば、同学年の子供より、頭1つ低い。その可愛らしさに、好意を持たれることは何人いたか…。
そこに現れたのが、准だった。美麗のもっと先を行く、長身で、サッカーが大好きだった。
ある日、運動会で行われる、バトンリレーの練習で、准も美麗も足を捻挫してしまった。そのため、二人は並んで、見学をしていた。
「近藤は足、速いんだな」
「え?まぁね。でも上原もサッカーサークルで、滅茶苦茶活躍してるじゃん」
「まぁ…それなり?」
「うわ!いやらしいな、その自慢げ(笑)」
「あははは!近藤面白いから良いな」
「もう!上原も面白いよ。ていうかお調子者?」
「うわー…最低な称号。お調子者は勘弁して」
「称号って…あはは!笑える」
「こらこら!見学もちゃんと練習みて、参考にしなさい」
「…ぷっ…怒られちゃったじゃん!上原君、君のせいだよ」
「なんでよ、近藤だって笑ってたじゃん」
それから、2人はいつも一緒にいて、気が付いたらお互い好きになっていた。
ある日、視聴覚室の掃除に2人が指名され、視聴覚室の整頓と掃除、そして、ゴミ捨てに行こうとした時、乱暴に左手でゴミ箱を掴み、右手で美麗の許可も得ず、美麗の右手を握ると、顔を…多分、赤くして准はゴミ捨て場までずっとダッシュで、階段を駆け下り、ゴミを指定の場所に持って行くと、ゴミを捨てた。それから、何秒、何十秒、…どのくらいの時間が過ぎただろう?
准からは何の言葉も聞こえない。美麗もまだ繋がれている右手がなんだかくすぐったくて、何を言おうか、どんな言葉を准は待ってるのだろう…。
「「好き…なんだけど…」」
こんな運命的な告白、きっと小5で繰り広げるミュージカルは、上原准と近藤美麗にしかできない。
「マジ?」
「そっちだって…」
2人は同じことを言ったくせに、2人とも恥ずかし過ぎて、只々、掃除の時間が終わるまでずっと、手を繋いでいた。
「…私、我儘だよ?」
「だから?」
「…私、本当は泣き虫だよ?」
「…だから?」
「もう…泣きそうだよ?」
「うん。泣いて良いよ。でも、それ、俺のための涙でしょ?」
「え?」
「この後、嬉しいとか、やったーとか、わ…私も…とか続いてくんだろ?」
「…」
「ちっ…もしかして違う!?」
焦りに焦った准は、ようやく美麗の顔を見る為振り返った。
「うん。大好き!」
【これって、小学生の話ですよね?】
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