思春期なアレン少年の闘気訓練

 昼食を終えた塔矢たちは、ハーピーの羽休み亭の裏庭にいた。


 クロエは木陰に腰かけ昨日買った魔術書を読み、塔矢とアレンは向かい合っていた。


 アレンが塔矢に聞く。

「なあ、塔矢が殺戮の魔術師を倒したって本当か?」


「そうだが、どこで知ったんだ?」


「宿屋のおばさんと話してただろ、あのおばさん声が大きいから、俺にも簡単に聞こえたよ。……塔矢って強いんだな……」


「まあ、弱いとは言わねーけど、俺が勝てない相手はいるし、まだまだ俺は俺が納得できる強さに達していない」


「そっか……俺も強くなりたい、一人でなんでも守れる強さがほしい」


――一人でなんでも守れる強さか……。

 アレンが欲しいと言っている強さ、それは塔矢にも理解できる気がした。

「いいよ、教えよう」

 だから塔矢はそう言った。


「ありがとう、でも塔矢のこと尊敬してないから師匠とは呼ばない」


「いきなり失礼な奴だな、それで……アレンは魔術か異能を使えるのか?」


 塔矢の質問にアレンは答える。

「使えないけど、悪いかよ」


「いや、悪くない、ただの適性の話だからな。人間なら誰だって得意不得意がある。……それに魔術も異能も使えないなら闘気を覚えればいい」


「……分かった、納得するよ」

 渋々納得するアレンを見て、塔矢は思う。

――気に食わないことにはすぐに噛みつく、感情的な奴だ。そしてそれは、強い闘気使いによくいるタイプでもある……。


「心配するな、お前は強くなるよ」

 塔矢は初めてベルムハイデに来た日、アレンが見せたギラギラとした獣のような視線を思い出しながら言った。

――ああいう目をする奴が弱者のままでいるとは思えない。


 塔矢は木陰で本を読むクロエに話しかける。

「クロエさん、昨日少しだけ魔術を覚えたんだろ、あの木に撃ってくれないか?」


「いいですけど、あまり期待しないでくださいね」

 魔術書を閉じたクロエは、太もものホルスターからノー・トリック・リボルバーを抜いた。


 そして、塔矢が指差す裏庭の木に照準を定める。

「射撃術式、構築」

 ノー・トリック・リボルバーの前面にゆっくりとぎこちなくだが、魔法陣が展開される。

「……フゥ、射撃術式、起動」

 一息ついた彼女は魔法陣に魔力を注ぎ回転させた。


着弾し燃え上がるプロクスフェア

 クロエが撃った弾丸が中庭の木に当たり、その木を炎上させた。


「邪魔したなクロエさん、もう読書に戻っていいよ」


「分かりました」

 クロエは読書を再開した。


「それにしても昨日の今日で、もうこんな攻撃的な魔術が使えるのか、すごいな」

 塔矢は感心しながら燃え上がる木に近づく。


「牡丹雪」

 塔矢は異能を使った。

 塔矢の手元に細かい文字が刻まれた氷の剣が生成された。


 塔矢は牡丹雪を振るう。

 燃え上がる木が細切れになり、凍りついた。


 塔矢は牡丹雪を消す。

 そして、凍りついた木片を掴み、アレンへ投げた。


 アレンはキャッチし、凍りついた木片をまじまじと見た。


 クロエの魔術と自身の異能を見せた塔矢は聞く。

「今の見て、どう思った?」


 アレンは嫌そうに言う。

「……俺は木を吹き飛ばしたり、凍らしたりなんて特別なことをできないと思った」


 そして、アレンは凍りついた木片を地面に落とし踏みつける。

 パリンと砕け散った。


 塔矢は話す。

「普通の奴はそう考えるよな。……アレンのような魔術や異能を使えない奴が闘気を覚える時、大抵は魔術や異能の才能がない、持たざる者の自覚がある。そして普通じゃない奴はそもそもそんなことを気にしない奴。……どちらが優れた闘気使いになるかは俺も知らない、幸い俺は異能の才能があったからな」


「自慢?」


「違う」

 塔矢は咄嗟に否定する。


「魔術は幻想、異能は理解、闘気は激情をトリガーにして急激に強くなると言われている。……さっきアレンは言ったな、俺やクロエのようなことはできないと……その通りだと俺も思う、そして特別な力がないと分かっていてもアレンは強くなろうとしている。……もう一度、言おう、お前は強くなるよ」


「え?」

 塔矢が話すにつれ顔を俯けていたアレンだが、最後の言葉に顔を上げた。


「持たざる者の強くなろうという強さへの執着は、いつか闘気を急成長させる。……何故なら闘気が強くなるトリガーは激情だからな」


 塔矢はアレンを見る。

 アレンはまだ、塔矢の話を信じきれていないようだ。


 塔矢は話を続ける。

「感情の話を抜きにして、アレンが強くなる根拠を話そうか。……俺のように異能と闘気を併用する奴は、闘気の訓練をしながら異能の訓練もしなければならない。だが闘気は、異能の訓練をしながら極められるほど甘くない」


 塔矢は過去に戦って来た闘気使いを振り返った。

「実際、俺が見てきた優れた闘気使いは、皆、異能と魔術を使っていなかった。……闘気を極めた奴らは、力強くて、速い、動体視力にも優れ、勘もいい、そしてとにかく頑丈だ。……あいつらは肉体の強度も高く自己回復力にも優れている、だから何度倒したと思っても立ち上がる。……な? 聞いているだけで厄介だろ」


 アレンは頷いた。

 たしかに厄介そうだ。


「しかも、闘気を極めるにつれ、魔術や異能の耐性、リアリティコントロールも強化されているから搦手も通用しづらい。……所詮、俺の異能もただの氷細工だ、そういう小細工を使わない真の強さをアレンは目指せ」


 アレンは力強く頷く。

「……分かった、それで何をすればいいの?」


「闘気の習得に必要なのは自分の体の理解だ。俺の場合はとにかく戦い、体を動かすことで覚えたが……」

 塔矢はアレンの折れた右腕を見た。


「腕が折れてんだ、瞑想でもするか?」



 その日から塔矢は、日中アレンの闘気習得の訓練につき合い、夜はハーピーの羽休み亭の外へ出掛け、朝に帰るという生活を続けた。


 ある日のこと、アレンが闘気の訓練をしている間、クロエは木陰で本を読み、塔矢は幻想領域に関する学問、幻想学の学術書を読んでいた。


 アレンは塔矢に聞いた。

「ねえ、闘気って身体能力を強化する以外できないの?」


 塔矢は学術書を脇に置き答える。

「……基本的にはな」


「基本的にということは何かあるんだね」


「ああ」

 肯定した塔矢はアレンを見る。


 アレンが身にまとう闘気は弱々しくぎこちない。

「だが、教えるのは気が進まないな、まだ基本の身体強化もままならないじゃないか」


「いいから教えてよ」


 塔矢は生意気な口を聞くアレンにため息を吐く。

「ハァ……分かった。」


――冬茜。

 彼は立ち上がり、細かい文字が刻まれた氷のナイフ【冬茜】を生成する。


「闘気で強化できるのは自身の身体能力だけではない、馴染み深い形の物も強化できる。……俺の場合は剣やナイフだ」


 そう言って塔矢は闘気で強化した冬茜を地面へ投げる。

 冬茜が地面に刺さり、地割れを起こした。


 ただのナイフでは、ここまでの威力は出ない。


「武器を闘気で強化し、攻撃力を上げるのは単純だが有効だ」


「武器を強化か……」

 そう呟いたアレンはクロエを見る。

 彼女の太もものホルスターにはノー・トリック・リボルバーが装備されていた。


「クロエさんの太ももに関心があるのか?」


「違うよ!」

 からかうように言った塔矢の言葉にアレンは頬を赤く染める。

「武器を強化できるというなら、クロエお姉ちゃんのみたいな銃も闘気で強化できるの?」


 アレンの疑問に塔矢は答える。

「できるけど、おすすめはしねーよ」


「なんで?」


「銃みたいな構造が複雑なものは闘気で強化しにくいからな、それに遠距離武器なのも良くない」


「どうして?」


「闘気使いは遠距離戦に向いてないことが多いからな」


 そう言って塔矢は、闘気使いのリアリティコントロールについて、話し始める。

「当たり前のことだが、リアリティコントロールも人によって違いがある。……リアリティコントロールってのは、自身を含めた周囲の状況をコントロールし、相手の魔術や異能を無効化するイメージなんだが……。例えば、魔術師のクロエはリアリティコントロールの効果範囲は広いが無効化する力は少し弱い。そして、異能力者は効果範囲はそこそこ、無効化する力もそこそこなことが多い、最後に純粋な闘気使いは……」


 アレンは塔矢の話を予測して、話を引き継ぐ。

「効果範囲は狭いが無効化する力は強力……なんだね」


「ああ、そうだ。どのリアリティコントロールが優れているって話ではないが、魔術師のリアリティコントロールは力が弱いだけあり、魔術や異能が当たるとやっぱりもろい、しかし、効果範囲が広いから距離さえ取れば、そもそも自分に当たる前に無効化することができる。そしてこれは、魔術師が遠距離戦闘が得意な理由でもある。……対して闘気使いだが、リアリティコントロールの効果範囲が狭いから相手の魔術や異能が自分に届くまでに無効化しきるのは難しい、でも無効化する力自体は強いから多少相手の攻撃が届いても耐えることができる。これは闘気使いが近接戦を好む理由だ」


 塔矢は話を続ける。

「まだ、アレンのリアリティコントロールの特徴が分からないから、拳銃はやめた方がいいと断言はできないが、一般的な闘気使いは銃を選ばないとは言っておく」


 長々と話した塔矢にアレンは言う。

「……塔矢って、まじめに指導できたんだね」


「おいっ」


「ごめん、意外だったから」


 塔矢はため息を吐いて話を変える。

「ハァ……闘気でできるのは武器の強化だけじゃない。……他人の自己治癒力を強化することができる」


「……ならなんで俺を回復させないんだよ」

 アレンは不満そうに折れた右腕を指差した。

 たしかに回復させる手段があるのに、骨折を放置しているなら、嫌がらせが過ぎる。

 しかし、塔矢の場合は事情が違う。

 どういうことかというと……

「他人を回復させる技術が俺にないからだ」


「塔矢の闘気って未熟なの?」


「ちげーよ、失礼だな。……言っただろ、闘気は激情で強くなるって。……つまり心の持ちようで闘気は質を変えるんだ。……そして、人を傷つける意志と人を助ける意志、その相反する感情は決して両立しない。アレンも闘気を極めるなら考えた方がいい、自分がどういう強さを望んでいるのかを……」


 塔矢は闘気を解放して自身の手を見る。

 闘気は肌を刺すようにピリつき、その手は多くの命を屠ってきた。

 塔矢の闘気は攻撃的だ、他人を回復させるようにできていない。


「俺も二年前、人を傷つける闘気と人を癒す闘気を選択する瞬間があった。……でも俺が助けたいと思っている人は俺の闘気で回復させられるような状態じゃないからな、俺は敵を倒すことで助けたい人を守りたいと思った。……それに心配されたくない、一人で強くなりたいというなら、俺と同じ他人を害する闘気をおすすめする。……とにかく、その時が来れば選択を間違えるなよ」


 塔矢の話を聞いたアレンは目を丸くする。

「やっぱり、まともな指導をする塔矢には、違和感があるよ」


 塔矢はため息を吐く。

「ハァ……うるさい」

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この退屈な世界地図を描き変えるの! とクラスメイトが世界へ宣戦布告をした 真田しのぐ @sinogu7

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