異世界料理研究家、リュウジ短編集③〜KAC2022に参加します〜
ふぃふてぃ
山と食欲とゾンビ
「キャー、ゾンビ。フィリス、ゾンビ、ゾンビ!」
「慈悲深き光の女神アスティカの恩恵。星々の祝福。我が御霊より授かりし純潔の契りを導きに変えて」
俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。
「イヤー!リュウジ。ゾンビ、ゾンビ来たー」
「もう、喚くな!」
腐敗した腕をフライパンで跳ね除ける
「ホーリーライト!」
修道女の詠唱……からの、眩い閃光。光と共に消え去る多数のゾンビ達。
此処は古き都リゼルハイムより西北、ゾンビ討伐のクエストが発生して間もない、アルバンス廃坑の奥地。薄暗い廃坑の岩肌に松明の光が揺れる。
「ふぅ〜、キツイわね」
「キツイわね。じゃねーよ。ルティはさっきから何もしてないだろ」
「煩いな!アンタだって、フライパンで防いでるだけじゃない」
「だいたいな、オマエが強引にクエストやろうって」
「二つとも来ます」
会話を遮るフィリスの声。廃坑に木霊する呻き声。ワラワラと溢れ出す腐肉をフライパンで遮り、修道女が魔法を放つ。聖なる光にゾンビは掻き消され、ルティは地べたに、しゃがみ込む。
「別に怖くないわよ。魔力の温存よ」
「アッ、ゾンビ」
「ギャー!もう、ゾンビってなんなのよ」
「ゾンビとは死してなお、魂が体に束縛された。言わば、生き霊と死霊の狭間の存在なのじゃ」
「……なのじゃ?」
俺の目線の先。ほんのりと青紫色の白肌をした幼女。10歳になるかならないかの幼いゾンビは、他の腐肉と比べれば血色が良く、むしろ、モチ肌のようにつるんとしている。
目の前の小さな幼女ゾンビは手を後ろに組み、コツコツと歩みを進めながら、流暢に話しだす。さすがのルティも喚く事なく、ポカンと口を開けていた。
「聞け、おバカな人間どもよ。魂からの魔力供給によってのみ生命体として蠢く、その腐体は彷徨うための仮の入れ物に過ぎないのじゃ。それは感覚を失い、痛覚すらも……」
どことなく鼻につく物言いに、俺は抑えきれず右手を伸ばした。
「痛いれす。痛いれす。ほっぺを抓るの止めてくらはい」
「リュウジさん。その……ゾンビさんが痛がってます」
「だって痛覚が無いって言うから」
「巫山戯るでない。愚民共が、この高尚なボクに手を触れて良いと……痛いれす。痛いれす」
彼女いわく、ゾンビはヒトの持つ、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がない代わりに、生命力を探知する第六感が備わっているのだと言う。
「生命力、すなわち波長なのじゃ。体内の残存魔力によって放たれる電磁波。安心するが良い。この空間は電磁シールドによって、聞いておるのかバカモノ共、空間魔力波をだな……」
自称発明家にして、目の前の幼女ゾンビは言う。コイツが作った空間魔力なんちゃらかんちゃらで、この場所にはゾンビが侵入して来ないらしい。
そして、この幼女は、人の五感とゾンビの生命探知を兼ね備えた二刀流なのだと……
「これぞ叡智による永遠の命。人の五感と腐肉の魔力探知を第六感として兼ね備えた新人類の完璧な姿……だったハズなのじゃが」
「なの……じゃが?」
どうも幼女は決まりが悪そうに口を噤む
「……ただ、どうしても味覚というモノがイマイチなのじゃ。味が分からんというわけではない。ただ、昔のように美味いとか、不味いという感覚がないのじゃ」
彼女の差し出したのは缶詰。
「どうじゃ、ボクが発明したカンヅメじゃ。おどろいたじゃろ。加熱殺菌により無菌状態をつくり出し、腐敗させる菌や微生物を……」
「分かった。スゲェーのは、分かったって」
「えへん!」と胸を張る幼女も、暫くすると落胆の顔に変わり出す。
「でも、美味しくないのじゃ……不味くも。何も感じないのじゃ」
「ったく、しょうがねぇーな」
「まさか……リュウジ。ゾンビ飯を料理しようってんじゃ」
「そのまさか、だ」
「さすがに得体の知れないものが入ってるわよ」
さび付いた鉄製の缶詰をルティがダガーで抉じ開ける。訝し気に中身を覗いていた。とろりとした液体に浸かる具材。
「それは貝じゃ!おぬしは貝も知らんのか」
「貝くらい知ってるわよ。貝ってのはね、硬い殻に入ってんの。こんなサビサビの入れ物になんか……」
「まっ、どうにかなるっしょ。コレで」
リュックから取り出したるは、この日の為に用意した四角い鉄製の弁当箱にもなる飯盒。
「なんじゃ。その弁当箱は?」
「飯盒だ。今日はコレで飯を炊くぞ」
水を吸わせた米を飯盒に投入。そこに醤油とバリンジュの根を刻み入れ、混ぜ終えたら缶詰の中身を汁ごと投入。
「中身は……確かに幼女が言うように貝で間違いないな。アサリのようだが」
「嘘をつくわけないじゃろ。何の貝かはしらんがな」
洞窟に薪の爆ぜる音が響く。二十分ほど火にかけてから布地を巻いて蒸す。蒸し時間は十分程度。
「アンタ、名前は?」
「ソフィアじゃ」
「可愛いほっぺですね」
「触れるでない。でも、まあ、その……ちょっとくらいは良いぞ」
久しぶりの来客に幼女は笑みをこぼす。「まだか、まだなのか」と急かすソフィアの腹が鳴り出し、さらに幼女はドタバタとボロ布ワンピースをひらひらとさせ、待ちきれない様子を現した。
「まるで、子供だな」
「いや、子供でしょ」
「崇高なボクを子供呼ばわりするでない」
蒸し終わり開封する。焚き火とは異なる、ふんわりと広がる湯気。水分を含んだ甘い湯気の中に独特な潮の香りが漂う。
さっくりと木ベラでかき混ぜ、器に装っていく。
「ほぉ、飯じゃ。凄いノォ。窯以外で飯が炊けるのか!食べて良いのか?良いのか」
「あぁ、腹減ったな。みんなで食べよぜ」
洞窟に、ほのかに薫る海の匂い。
「おぉ、美味い!美味いのぉ。貝の塩味とデンプンの甘味。素晴らしい組み合わせじゃ。貴様、科学者か」
「料理研究家だ。美味いか、そりゃ良かった」
俺も一口。飯盒は炊けるまで味見は出来ない、一発勝負だが……美味くできたな。アサリの弾力を失うことなく炊き上げ、バリンジュの根の辛味と歯ごたえがアクセントになって、予想通りだ。
「うん、美味いな」「美味しいですね」
「カンヅメまだあるの。リュウジ、おかわりよ、おかわり」
「俺、食べ始めたばかりなんだけど……」
「ボクも、おかわりなのじゃ。おかわり!」
「はい、はい。分かったよ」
焚火が爆ぜる。その上を四角い飯盒から沸々と液体が漏れる。そのたびに「パチリ、パチリ」と音が洞窟に木霊した。
「器用なものよノォ。これで美味い飯が炊けるか。おぬしも第六感とやらを持っているのではなかろうな」
「そんなスキルは、ねぇーよ。作り方を覚えれば誰でもできるさ」
「そんなことはありません。リュウジさんにしか出来ないことです」
「まっ、リュウジには
ルティが悔しそうに顔を出した。
「余計なお世話だ」
「でも、ほんと、リュウジが作ったご飯は美味しいわよね」
「別に俺は関係ないさ。誰もが美味い飯を食える感覚があるんだ。仲間や家族や友人と、楽しくワイワイ食べる。そんな簡単な、感覚を俺達は、いつの間にか忘れちまってんだよ」
「食の第六感ですね」
「目、耳、舌触り、味、匂い。そして、仲間意識。確かに、美味しく食べるのに必要な第六感だな」
何もない。陽の光さえ届かない洞窟に揺れる松明。温かな湯気を囲む大小の影が揺らめく。時より聞こえる幼女の笑い声。
彼女の名前はソフェア・ライラック。目の前の幼女が遠い昔の友人だったことに、フィリスが気づくのは、まだ先の話となる。
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